今日は久し振りに幻想郷の外での休日だ。 釣りに行くというので意気揚々と来てみたはいいのだが……。 「だからさぁ血の繋がった妹なんていないんだって。逆もまた然り。分かんないかなぁ血縁にない女の子を妹と呼ぶ逆説的な真理が」 「義理だからこその背徳感ってか? 馬っ鹿それなら高橋お前、俄然実の妹の方が燃えるだろうが。所詮表面上の関係でしかない義妹とに真実の萌えは存在しないと思うね俺は」 久々の休日を田中と高橋に誘われて来てみればこれである。 いつも通りのアホな討論。無論僕にとっては何の興味も持てない話なので適当に聞き流している。 まったく、男三人が海辺で釣り糸垂らして何やってるんだか。 というか二人とも話に夢中で竿が引いてのに気付いてないし。 「おい当たりが来てるぞ。おいって」 「なんだよ今話の途中だって……」 「おおそうだ、こいつの意見も聞いてみるべきじゃないかココは」 「それもそうだな。我々だけでは話の視野が狭まりかねん」 いやだから竿が……って聞いてないし。 というか僕を巻き込むな。以前も似たような話題で僕が酷い不名誉を被ったんだからな! 「土樹、お前はどう思うよ? 血の繋がらない妹こそが真理だって、お前なら理解してくれるはずだ」 それは実の妹がいる僕に対する挑戦か。 というかそれを理解してしまえば色々と終わりだろう、人として。というか前も似たようなことを言ってなかったか? …………やはりコイツとは真剣に付き合いを考えねばならんかも。高橋、お前とはいい友人だと思ったんだが、それも僕の見込み違いか? あまり悲しい真似をさせないでくれ。 「はぁ……」 「おいなんだよその今生の別れみたいな表情は!? クッ田中、コイツ妹がいるからって調子乗ってやがるぜ!」 「結局お前が羨ましいだけなんじゃねぇか。それに土樹だって分かってんだよ、義理の関係に萌えは無いってな」 「おいそれも違うぞ。ていうかまるで僕がそういう趣味みたいに言うなよな!」 「ケッ、これだからハーレム持ちはよぉ」 「きっと毎晩毎晩とっかえひっかえなんだぜ。羨ましいったらありゃしない!」 こいつら二人とも海に突き落としてやろうか。 というかこんな話してたらまたスキマツアーとかになりそうだ。アイツならどこかで盗み聞きしててもおかしくなさそうだし。 「可愛いよなぁ写真の娘たち……今時あんな美少女揃いだなんて信じられん」 「おまけに小さいしなぁ。小さいのは良いことだよなぁ」 「だからそれには関わるなと何度言えば。そして高橋、お前は黙れ。ふつーに犯罪だ」 「いいよなぁハーレム、巫女タン……モテモテだろうなぁ」 「いいよなぁモテモテ。あんな娘の彼女が欲し〜」 いやそれはどうだろうか。あの連中が誰かと付き合う云々とか、天地がひっくり返っても考えられん。 それ以前に食糧、あるいは玩具扱いだな、うん。寧ろあんなのに惚れられても困る。彼女となると命がいくつあっても足りないぞ、いやマジで。 もう少し黙ってやれないものかねぇ。というか本来の目的忘れてるだろ。 あまり恥ずかしい真似は晒さないでほしい。一般人の僕には辛いです、ホント。 「はっ、はははは」 ほら見ろ、笑われてるじゃないか。 あまり白熱して他の人の邪魔をするんじゃないぞ。迷惑だろうが。 取り敢えず隣に居た人に頭を下げる。 いやホント、傍迷惑な友人ですみません。 「いやいや気にすることもなかろう。男が女の話をしてもおかしくなどない、いや健康的と言った方がいいかな? 何にせよ初々しいことだ」 「ははは……あんまりフォローにもなってないですけど」 「照れるな照れるな、少年くらいの歳なら当然だ。むしろ推奨するね、いや私のことなど気にせず存分に語らってくれ」 「それはそれでちょっと。というか僕は止めに回りたい派なんですけどね……はぁ」 なんというのか、見知らぬ人にこういう話を奨励されるのもどういったものか。 なんだかとっても複雑な気分だ。それもこれもこの馬鹿二人の所為だが。マトモになれば二人も、なぁ? 彼女くらい出来るだろうに。 しかしこの人、何気に凄い格好してるな。 陣羽織、っていうのか? 極道の親分みたいな格好は、とてもじゃないが釣りをするものではない。今時煙草じゃなくて煙管を使ってるのも珍しいし、女性ながら燻し銀って感じだ。 …………まさか本当にその筋の人じゃないだろうな。僕は嫌だぞ、馬鹿な友人の所為で目を付けられるのは。 だけど、見た目のインパクトだけならスキマ並だな。やたらと美人なのも共通してるし。 なぁんか幻想郷でも通用しそうだ。いやまぁ、流石にそれはないだろうけど。 何故か一瞬スキマの知り合いかとも思ってしまったが、その割には常識人(?)っぽいし、きっと僕の考えすぎだな。うん。 「……? あぁ、煙草の煙は苦手だったかな?」 「あ、いえ構いませんよ。別にここが禁煙ってわけでもないんですし」 「フフ、すまないな。……しかしこれだけでは少し物足りんな。袖触れ合うも多生の縁、ほれ一杯」 と言いつつ懐から取り出したのは酒瓶と盃。一つを僕に手渡し、酌をする。 いや、何故に酒? しかも今話したばかりの他人と……いやでもこんな美人の酒を断るのも気が引けるし……仕方ない。 盃を傾けて、一飲み。酌を返すと、女性は気分良さそうに飲み干した。 ふぅ……何故だか妙に緊張しちゃったな。こんな静かに酒を飲むことも最近は無かったし、というかあそこの連中はどいつもこいつも強引なんだよなぁ。 「中々いける口だな、気に入った」 「いえいえどうも。こちらこそ結構なものを……ていうか美味しいですねこの酒。今まで飲んだなかでもトップクラスですよ」 「はっはっは、それを聞いたらウチの連中も喜ぶだろう。いやなに、つい最近までは楽しんでくれる者もいなくてな。こちらこそ礼を言いたい」 ウチのってことは、どこか有名な酒蔵の人なんだろうか。 それならまぁ、昔気質な格好も分かるというものだろう。釣りを趣味にしててもおかしくはないだろうし。 しかしなんだか気分が良くなってきたな。酒が入った所為かな。 うぅん何だか良い感じだ、丁度良い酔い加減。純粋に酒を楽しむとこうなるのだろうか。やっぱり酒は静かに楽しむもんだよな。 「いやぁ御馳走になっちゃって、ありがとうございます」 「こちらこそ。最近は盃を交わすこともなくてな、少年のような若者と交えるのもまた一興。いや善き哉善き哉」 「あっ、土樹! お前また抜け駆けしてやがるなぁ!?」 「なにぃっ、しかも相手は和風美人だとっ!? 許せんッ!」 「いや元気の良い友人だな、結構結構」 「恥ずかしながら……」 ホントに恥ずかしいからやめてくれ、二人とも。 「お姉さん俺にも一つ! あ、オレ高橋っていいます!」 「俺は田中です! この後暇ですか? 暇なら俺達と一緒にお食事でもヒブゥッ!?」 「いい加減にしろっ!」 「はっはっは、構わん構わん。こちらこそ挨拶が遅れて申し訳無い、私は無明寺八重という。まぁ御近付きに一杯」 「「いただきます!」」 幸せ絶頂の笑顔で盃を受け取る二人。正直言ってキモイ。 とそういや僕もまだ挨拶してなかったな。お酒まで頂いたのに失礼だった。 「どうもすみません、僕は土樹良也っていいます」 「ふむん、土樹……良也か。良い名だ」 「ははは……どうも。八重さんもご立派なお名前ですね」 「フフフ、立派か。いや、お前さんがそう言うのならそうなんだろう。悪い気はしない、良い気分だ」 この人やっぱり変わってるよなぁ。別にそれが悪いってわけじゃないけど。 しかし二人もたった一杯で見事に出来上がってるな。女性の前で調子に乗るのはいつものことだけど、あまり羽目を外し過ぎないといいが……。 「お姉さんお歳はいくつですか!? あ、いや別にそういう意味じゃなくてっ、単純に興味があるだけです!」 「良ければ僕とお付き合いぃいいだだだだだっ!? 土樹痛い痛い痛いッ!!」 「女性に年齢を聞くのは失礼だとっ!」 「ははは、賑やかだな。うむ、良い良い」 「うーい大将お迎えに来ました――――って何やってんすか大将? 賑やかっすね〜」 と現れたのは別の女性。口振りからするに八重さんのお知り合いか。 これまた綺麗な、というよりは姉御肌な感じの美人だ。ライダースーツにプロポーションの良さがよく浮かび出てる……んだけど―――― 「あん? どうした坊主。なんか珍しいモンでもあんのか?」 「いや、別に……バイク凄いですね」 「ん? おお、まぁな。アタシの相棒よ、牛骨丸ってんだ」 「は、はぁ……」 なんというか、走る牛骨? って感じだ。ボディがやたらにリアルな、牛を丸ごと一匹骨にして、そのまま車体にしたようなデザイン。 凄い。凄い、の一言で言い表せないくらいには凄いのだが、その方向性を大いに間違っている気がしてならない。 ていうか常識的に考えてありえんだろうこんなの。だけど本人は気に入ってるようなので口に出しては言えない。そうじゃくても多分言えない。だって見るからに武闘派っぽいし、怒り買って喧嘩になったら余裕で負けると思う、多分。怖いです。 ……もうなんだかその筋の人にしか見えなくなってきた。 八重さんは良い人っぽそうだけど、よくよく考えてみれば任侠とかそういう雰囲気っぽいし。あまり堅気には見えそうにない。 田中と高橋も、いい加減にしておかないとヤバイかも。この状況で因縁付けられたら終わりっぽくない? ねぇ? 「もう時間っすよ大将、これ以上外に出てるとまたアイツにどやされますよ」 「やれやれ仕方ないな……折角良い気分だったというのに。あれにも困ったもんだ」 「胡散臭ぇ因縁つけられる前に帰りましょうや。大姐さんも帰りも待ってますし」 「そうだな。今回はこのぐらいにしておくか。紫が機嫌を損ねる前に帰るとしよう」 っ!? いや、気のせいか……。 今一瞬、一番聞きたくない単語が出た気がするけど、気のせいだろう。そういうことにしておこう、何かあったら怖いし。 「悪いな。今日はここらでお開きとさせていただこう」 「いえいえ、こちらこそ楽しかったですよ。寧ろお騒がせしてしまってすみませんでした」 「お姉さ〜ん!」 「そっちの方も紹介してほしいッス!」 言ったそばからコイツらは……。 「そっちのスポーティなお姉さん、お名前は!? いやぁカッコイイですね!」 「あぁン? 大将コイツらは?」 「おお火輪、ご苦労だな。彼らは盃を交わした友人だよ。乱暴はするんじゃないぞ」 「はぁ……そっすか。こんなのとねぇ」 「ああ! その蔑むような視線が良いッ!」 こいつマジでどうしようもねぇな!? 「なんだかよく分からんが、アタシぁオマエみたいなヤツに興味は無いんでね。ちぃっと旬が過ぎてらぁ」 「ショタ専ですね、わかります!」 「ショタ? なんだそりゃ」 「いやいやお気になさらず」 お前ら二人、後で〆る。 「僕たちももう帰るんで。今日は色々とありがとうございました」 「別に礼を言われるようなことはしておらんがな。ともあれ楽しい時間だった。また逢おう、少年」 「ええ是非、いつか」 「うむ」 そう別れの挨拶を交わすと、八重さんは迎えのバイクに跨り去って行った。 後にはハイになった二人と、忘れ去られ哀愁を漂わせた釣竿が二本。どうやら田中のは海へと落ちたらしい。 やれやれ、何だか疲れたな今日は。 何故だか小宴会となってしまったけど、楽しかったから良いか。二人の始末をつけるのは面倒だけど、ほんと碌なことをしないヤツらだ。 恥塗ってないといいけどなぁ。まぁ今更とやかく言っても仕方あるまい。 取り敢えず今の僕に出来ることは―――― 「よぅっしお前ら、歯ぁ食い縛れ」 調子に乗りすぎた馬鹿を、殴ってクールダウンさせることだった。 ホントに今日は、休んだ気のしない一日だ。 一方その頃。 「大将随分と楽しんでたみたいっすね。あんなガキと飲んで楽しいもんかねぇ」 「いやなに、私の錯覚かもしれんが……」 「どうしたんで?」 「あの少年……土樹良也といったか。何処かで聞いた名だと思って、妙に懐かしい気分だった」 「はぁ、土樹良也っすか。…………ん? 土樹? はて」 「どうした?」 「いやアタシもどっかで聞いた気が……って! そりゃアイツのことじゃねえすか!? ホラ何十年か前にウチにやって来た人間!」 「……? ――――あぁ、思い出した思い出した! 灯也の苗字が確か土樹だったな。いやぁ懐かしい、すると良也はあいつの縁者か!」 「かもしれないっすねぇ。その割にぁ随分貧弱そうでしたけど。アイツ人間の癖にやたら滅法強かったしなぁ」 「はっはっは、あれほど気骨のある男も珍しかったしな! それに数少ない客人だった。妖怪退治だといって挑んできたのが懐かしい」 「大将見事に負けてたんじゃないすか! いくら何でもボケすぎでさぁアレは」 「うん? そうだったか。はっはっは、古室にこの話をしてやれば喜ぶぞ。いい土産話が出来たな」 「おっ死んでないと良いけどなぁ。あれが今じゃ爺様かぁ、人間の流れってのは早いもんすねぇ」 「はっはっは、愉快愉快。いやこんなに楽しいのは久し振りだ! いずれまた会いたいものだ」 「その前に死んでないといいっすけどね」 「くしゅんっ! なんだか妙な悪寒がしたなぁ」 「ハックショイっ! あ゛〜誰かわしの話をしとるんじゃなかろうな」 酒と盃と太公望、あと武神の呟き――――了―――― |
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