目の前には見慣れた扉。
 豪奢というほどではありませんが、曲りなりにもこの地霊殿の主の間、その扉と言うだけあって、無駄に重厚な創りをしています。

 その重さにはいつも難儀しているのですが………案外これからは、その防音性能に頼ることも多いのでしょうか。


 ごくり……


 い、いけませんね………ちょっと………ちょっとだけ、緊張しているようです。

 深呼吸でもしてみましょうか。
 ……ヒッヒッフーッ、ヒッヒフッフー。

 いやいや、違いましたね、これはお産のときの………お産?

 ……………お産………………………………


 ………………………………………………こほん。


 良也さんにはずいぶんお待ちいただいてしまいましたが……

 い、今ならまだ冗談で済むでしょうか?

 いや、ここまでお膳立てを整えて冗談で済まそうとしたら、それこそ襲われかねません。
 それは私の望みではない。

 つまり、もう後には引けない、ということ。


 お風呂上りだと言うのに冷たい汗が出ます。



 ……しかし、足元がスースーしますね。どうしても落ち着かないのはこのせいもあるのでしょう。
 まあ、そういうモノを――――なるべく大人っぽいモノを押入れから引っ張り出してきたのだから、当然なのですが。

 いつものドロワーズでは殿方にとって風情がないでしょうから………


 それともいっそのこと、それさえ身につけず、ただ身に帯びるのはガウン一枚だけで良かったのかもしれませんが……
 さっきあの人の思考から読み取れた、私のイメージの中には………その、半裸のものもありましたから、この選択で間違いと言うこともないでしょう。ええ、そのはずです。

 いつもの服だからこそ…………なんです、その、"そこに至る過程"を楽しむということもあるのではないでしょうか。
 たぶん、男性心理としてはあってるはずです。

 つまり、服を脱がす……私からしてみれば、あの人の手で服を脱がされ……



 …………………………うぅ



 ……色恋沙汰や男女の営みについて、知識では十分以上に知っていたからこそ過程を飛ばして本質に至ろうとした訳ですが……今更ながら、性急に過ぎたでしょうか。


 私は、自分を過剰評価していたのかもしれませんね。
 人の思考や記憶を通して知っていることと、自分の経験。その間に感じた落差の大きさでは生涯最大かもしれません。

 地霊殿を預かる大妖としてふさわしいだけの年月は積み重ねてきたと思いますが、それでも、想う人と肌を交わしたことなど今までなかったのですから。


 あの夜、夜這いをかけられたと思ったときにはそうでもなかったのに……
 今、あの人に触れられると思うと………これからされることを思うと………


 逃げ出したいような恥ずかしさと、そして、それ以上の熱い何かが身体の奥からこみ上げてきます。

 心臓はドクドクと早鐘を打ち、ややもすると足元も定まりません。


 本当、なんなのかしら、未通女でもあるまいし……

 そう思うと、胸にずきりとした痛みが走り、少しだけ冷静になれました。

 この機しかないとばかりに思い切ってドアノブに手をかけ、そろりとドアを開けます。



「あ…………さ、」

 さとりさん、と続く声も消え、恐る恐る(しかし隙あらば飛び掛ろうとする慎重な狼の様に)こちらに相貌を向ける、男性の姿。


「お待たせしました。
 ごめんなさい、女と言うものは沐浴が長いものと昔から決まっていまして」

 顔が上気するのを感じながら、それでも務めて平静に言葉を絞ります。
 大人の女性、という、この男性からの私のイメージは崩したくありませんから。


 灼熱地獄の炎を映す照明はぎりぎりまで絞ったまま。私が身を清めに行く前に暗くしたまま。

 胸元のボタンを一つだけ外して、そっと良也さんの隣に……寝台の上に、よりそうように腰を下ろす。
 薄い寝巻き越しに良也さんの肌の熱さを感じ取ってしまい、またどきりと心臓が跳ねる。
 でもこの鼓動の高鳴りは、嫌なものじゃあない、わね………


 見上げれば、そこにはもう、眼をそらすことさえできなくなった、押し殺した欲望にガチガチと固まった良也さんの、顔。


 そういえば私………人工呼吸の類は別として、口吻だけは、まだ、したことがなかったのでした。















 妄想が妄想でなく現実と成り。どうせ外れと思っていた予想が当たってしまい。

 そっと重ねられた唇のやわらかな感触に、僕の理性の留め金はあっさりと外れて、この薄暗い寝室のどこかへと落ちてしまった。


 後になって考えてみれば、さとりさんは敢えて僕にリードを取らせてくれたんだろう。
 強引にその口内へと侵入する僕の舌をそっと受け止め、自らも小さな舌を精一杯に伸ばし、絡みつかせるように応えてくれた。

 暗く、その顔色も見えない中で、ただ、ときおり口を……いや、舌を離したときに感じられる、乱れた甘い呼気と、ぎゅうっと抱きしめた小柄な身体と、指に吸い付くように滑らかな肌の感触。

 身体、びっくりするくらい柔らかいな………うわぁ。

 石鹸の匂いと、甘い、女性の香りに頭がくらくらする。

 肩口に彼女の手が回されていたことにさえ気がつけない。彼女の手が震えていて、必死に僕にしがみ付くようにしていたことにさえ気がつかず。

「んちゅ…………はふっ………りょ、良也、さんっ………良也さんは、わ、私のこと――――」

 獣性がもう、僕自身にも推し留められないほど高まる中、

「―――――んむっ…………ちゅぷ………………ん、んぅ……」

 僕は、さとりさんの唇を塞いだまま、彼女を布団の上へと押し倒した。

 胸元へ指を埋める……こぶりな、しかし仰向けでもしっかりとその形の良さを保っているソレは、服越しに、触れている手のほうがとろけてしまいそうなほどのやわらかさと、意外な弾力を掌に返してくる。

「ぷはっ……ひゃ……あぁ……くちゅ……んん……」

 ただ息継ぎのためだけに唇を離すと、甘い吐息がまた鼻先をなで、それがまた僕の脳髄を灼熱させる。

 と、思わず、ぎゅっとその、手の内の柔らかいものを揉みしだく力を強めてしまうと、びくん、とさとりさんの身体が震え、その背が僅かにのけぞった。

「んん………くぅっ……」

 唇がまた離れる。
 あ、やば……獣のようにその身体にがっついてしまったけれど……
 つい、酷いことをしてしまってはいないだろうか。


 いつもの、台所に立つさとりさんの背を、彼女の日常の姿を脳裏に浮かべてしまう。
 家庭的、とでも言うべき、その姿を。
 そんな彼女に今、酷い乱暴を働いてしまっているのではと、罪悪感が湧き上がった。

「す、すみません……」

「………………い、いえ、大丈夫……です、よ……」

 ほとんど表情も分からない闇の中、くすり、とさとりさんが微笑んだのが分かった。


「大丈夫、だから……お気になさらないで」

 言葉は尋常でも、その艶を含んだ声音に、思わず赤面する。
 さとりさんの濡れた瞳が、ほの薄い明かりを映し、きらりと光った。
 灼熱地獄の炎の、情熱と淫獄の色を映して。

 ドクドクと鳴りっぱなしの僕の心臓が、胸に痛みが走るくらいに一際強く、ドクリと跳ねた。


「あ……」

 コツリ、と。その額を僕の、いつの間にか脱がされていた裸胸に押し当てて。


「私のことは……好きにしてくれて構わないわ。
 ………大丈夫ですから、私は」


 その色気に、やっぱり、さとりさんはオトナの女性だよなぁ――――――なんて思ったのはずっと後のこと。

 このときは僕はただ、心に浮かんだ罪悪感を忘れ去り、再び欲情に身を任せただけで。
 そしてそのまま、その背と頬に手を回し、一つ覚えのように深い深いキスを交わした。


 そして、唇を離すと、
 いつの間にか、さとりさんの空色のブラウスはほとんど脱がされていた………いや、僕が脱がしたのだ。

 全部を脱がせなかったのは、別に僕が半裸フェチだからとかいうわけではなくて。断じてなくて。
 単に、さとりさんの第三眼から体中に伸びてるコード――――手触りは人肌みたいだった――――が邪魔になったから。
 ひっぱっちゃうとなんか痛そうだし、という程度の配慮はギリギリでできる。

 やっぱり、嫌われたくないしね。


 げ、でも服のボタンが一つちぎれちゃってる。やばっ。

「あ、これ………後で繕いますから……大丈夫ですよ」

 僕の焦りに気がついたのか、さとりさんがフォローを入れてくれた。
 家庭的なさとりさんの、いかにも『らしい』言葉だけど、その口調にははっきりと甘さが混じって。


「服も……汚れても、構いませんから……」

 そして、僕の情欲は再び有頂天に突入せんとする。



 闇の中にうっすらと浮かび上がる、ほっそりとした、白い裸身。

 大人の女性、それが僕の中のさとりさんのイメージだし、実際そうだ。年齢だって、さとりさんのほうがずっとずっと上。
 なのに、こうして見る彼女は、僕よりもずっと小柄で……幼げに見えさえした。

 ごくり、と咽喉がなる。

 さとりさんは服の端を咬み、布団のシーツを掴んで、じっと耐える風情。
 僕が咽喉を鳴らしてしまったのにも気がついた風で、ふい、と視線を外す。

 その様が……何だか、可愛らしくて、今度はその胸に顔を埋めた。


 さとりさんさとりさんさとりさんさとりさん、と。
 もし、僕が能力を解除したら彼女の脳裏に響く言葉はただそれだけだろう。間違いない。


 艶かしいメッツォソプラノの悲鳴を頭上から聞きながら、左手はその胸元をまさぐり、胸元を覆う最後の一枚をのけながら、右手は下のほう、下のほうへと伸ばし、その細い足を撫でた。

 スカートの意外に柔らかな布地が腕に触れる。さとりさんがよく穿いている、あのスカートだ。


「良也さ……ひゃ………や……あぁ………そ、そっちは……ひゃん」


 長いキスで疲れて舌が回らないのか、唾液が絡まって滑るのか、滑舌の悪い声が耳に心地いい。らめぇ、というやつだ。

 触れたときには強ばり、閉じられたその細い足。
 けれど、次第にその強ばりも溶けていくよう。

 そして、すんなりほっそりした感触から、しだいにムチムチとした手ごたえが返ってくる。
 引き締まってはいるものの、凄く、柔らかいこの感触。


 ――――もしさとりさんがミニスカートを穿いていたら、ここはいわゆる絶対領域ラインってことになるところでは――――!?


 などと、さっきから妙なことを考えてしまう辺り、僕はやはり真性のオタクである。

 もうキスはしていないのにも関わらず、はぁっ……はぁっと、息を荒げて喘いでいるさとりさんの吐息が、頭にかかる。
 その脚に触れる度、さとりさんのか細い体がビクリビクリと強ばっては、ほのかに緩む繰り返し。

 そしてついに、僕の指先がその奥。最も深まった部分。即ち……さとりさんの脚の付け根へと――――














【これより先の本文は隙間送りにされました】




















◆後書き
 こういうのを書いてるとき、自分は何を書いてるんだろうとか振り返ってはいけません。今日は。
 いい感じにみんな壊れてますがスルーでお願いしますね。
 しかしこれ、ギリギリOKラインですよね? あからさまな表現はなるべく避けましたし、むしろ18禁にはほど遠いくらいですよね?
 ちょっと不安ですが、大丈夫のはず。全年齢向け小説にあった濡場シーンを参考にソレ、が切り上げた所より早く切り上げましたし。
 ゃあまぁ、もっと直接的なことなしのエロチシズムを探求したいところではあるのですが。
 んん〜……難しいものですね。
 がっついてる良也氏ですが、これはまあ、心情的にしょうがないってことで……
 見返してみるともうちょい上手くかけなかったもんかな自分とも思いますが、今の自分ではあまり大人の恋愛っぽい物は書けません。
 てか、情緒って難しいものですね、やはり。正直不満は残るのですが、キリがないので今回はこれで。
 ま、あんまりこの方面で熟達してしまうのも考え物なのかもしれませんがw
 しかしこんな機会はもうないでしょうかね……
 ただ長々と後書き書いてしまいましたが、この辺で。では。







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