2話「プロローグ2」



「信二さーん」
「んあ? 早苗?」

 素振りを終えて縁側でぐったりしていると、薄緑のフリル付きパジャマを纏った早苗がやってきた。

「どうしたこんな時間に。もう12時だぞ」
「どうしたって、約束したじゃないですか。後でお部屋に行くって」
「ん? あ、あー」

 そういやそんなこと言ってたっけか。
 素振りしたせいでそのことまで記憶から飛ばしちまってたかな。

「悪い悪い、忘れてたわ」
「もう、夕方にした約束くらい覚えててください」
「ごめんって」
「知りません」

 ぷいっ、とそんな擬音がつきそうな感じで頬を膨らませて俺から顔を背けた。可愛いなぁ。

「じゃあ帰ってきたらどっか遊びにつれってやるから。それで許してくれないか?」
「本当ですか!?」

 ぷいっと背けた顔を目を輝かせながらこちらに向きなおした。現金なやつめ。
 まあ今回の依頼は結構な金額が入るみたいだし、俺自身も結構金がたまってるしちょっと奮発して遠出でもしようか。何なら夢の国のネズミがいるテーマパークでもいい。

「許してくれるか?」
「はい! えへへ」

 うん、やっぱり子供はこれくらい無邪気じゃないとな。
 早苗は立場上故かしっかりしてるんだが、しっかりし過ぎなせいかどうも我儘をあまり言わないんだよな。俺の仕事に付いて行きたいというのも「早く一人前になりたい」っていう気持ちの表れからだろうし。
 こっちからこうやって機を見て遊びに連れて行かないと年がら年中修行と勉強漬けだ。
 まあ今回機嫌を損ねさせてしまったのは何だかんだでグッドタイミングだったな。

「それで用事っていうのは?」
「あ、はい実はこれを渡したくて……」

 そういって早苗が差し出したのは御守りだった。
 何か中に折りたたんだ紙切れが一枚入ってるみたいがこれは、……お札?

「なんだこれ、護符か? やけに霊力が籠ってんな」
「実はそれ信二さんへの誕生日プレゼントにしようと思ってたんですけど、何だか危ないお仕事みたいだったので持って行ってもらいたくて」
「へぇ、ありがとうな。でもこんな質の良い護符作れたんだな」
「えっへん」

 無い胸を張って得意げな笑顔を向けてきた。

「で、製作期間は?」
「……半年です、てへっ」

 ぺろっと舌を出す。
 こいつめ何だその可愛いアピールは、撫でてやる。

「あわわ、やめてくださいよ。もう子供じゃないですよー」
「小学生が何言ってんだ」

 マセガキめ。そういうセリフはせめて俺の手を振り払うか、その嬉しそうなにやけ面を止めてから言え。

 一頻り撫で終えた後、早苗も眠そうに欠伸をした
 もう12時だし、仕方ないか。

「ほらもう寝な。明日起きれないぞ」
「ふぁい……。あ、そうだ信二さん」
「どうした?」
「さっきお部屋に行ったんですけど」

 ……うん? お部屋? 俺の? 諏訪子さんになんやかんやされた直後の俺のお部屋?
 そういえば元々俺の部屋に行くって約束でしたっけ。

「何だかちょっと変な匂いがしたので」

 変な匂いってあれですかね。諏訪子さんとのアレですかね。
 その匂いを早苗が嗅いじゃったってことですかね。

「換気しておきましたのでもう大丈夫だと思いますよ」



「ソーナノカー」



 その後俺は酸欠で倒れるまで素振りをし続けた。




 








 朝の8時半。
 俺は準備を整え、神社を出るときに神奈子さんたちに見送りをされていた。

「忘れ物はないね」
「はい、後は旅行用のボディシャンプーその他もろもろを途中で買えば終わりです」

 旅行って訳でもないけど。
 見送りに来てるのは神奈子さんと諏訪子さん、後は早苗だ。早苗の両親は別の仕事で見送りには来ていない。

「じゃああの子に、じゃなかった。村長によろしくね。それとこれ渡しといて」

 はい、と諏訪子さんに渡されたのは手紙と御守りだった。
 ……すっげえ霊力籠められてる。早苗のとは比べ物にならんな。

「何にしようか神奈子と迷ったんだけど、やっぱりこれかなって思ってさ。妖怪もちらほら出るみたいだからこっちのほうが良いだろうしね」
「まあなんだ、たまには用事も何もなくていいから手紙でも寄越しなって言っといてくれ。あいつどうせ依頼もなしに手紙を送るなんて申し訳ないとか思ってるだろうしね。水臭いったらありゃしない」
「分かりました」

 渡された御守りは、バッグに入れておくか。

「後信二にはこれな」
「……これは何でしょう?」
「見ての通り、パワーリストとパワーアンクルだよ?」
「何故これをこれから仕事に行く俺に?」
「一週間も離れるわけだからねえ。修行メニューは渡してあるとはいえそれだけでは心許ないからね」
「さいですか」
「ちなみに市販でも一番重いのを買ってあるからね。可愛い信二のために奮発しといたよ」

 わーいちくしょううれしいなー。

「あの、信二さん。私の御守りは……」
「ああ、ちゃんと持ってるぞ」

 ジャケットの内ポケットから取り出して見せてやる。

「失くさないでくださいね」
「分かってるよ。帰ったら遊びに行こうな」
「はい!」

 満面の笑顔で返事をしてきた。
 こりゃしっかりスケジュール組んで期待に応えないといけないな。

「では行ってきます」
「ええ、気を付けて。粗相しないようにね」
「そんな心配ないよねー」

 注意してくる神奈子さんの後ろからとてもとてもいやらしい、早苗のとは比べ物にならないくらい真っ黒な笑顔で諏訪子さんが顔を出してきた。
 そのセリフと表情で神奈子さんはピンと来たのか諏訪子さんをギロリと睨み付け、早苗は何のことか分からない様だった。そのままの君でいてください。

「じゃ、じゃあ行ってきまーす!」

 そうして俺は誤魔化すように守矢神社を出た。
 大きく手を振る早苗と、首根っこを掴まれて引きずられながらも手を振る諏訪子さんと、それを引きずる鬼の形相をしつつも背を向けながら手を振る神奈子さんを後にして。














 もう帰ることはないと知らずに、俺は守矢神社を出てしまった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「つ、つかれたー……」
 
 時刻は午前11時。電車で大体1時間(席が中々空かずに暫く棒立ち。座ったのは乗車50分後)、駅前のバスが丁度出たところだったらしくバス停で約1時間待ちぼうけ、バスで約30分、そして現在地は××村唯一のバス停。実に2時間半もの時間をかけようやく目的地に到達。
 やっぱり衣服類減らして荷物軽くすべきだったか? しかし秋とはいってもまだ若干暑いし、山の中を歩き回ってたら疲れて汗かくだろうから着替え多めに欲しかったしなぁ。
 まあいいやもう着いたし。村長さんの家までもうひと踏ん張りするとしよう。
 ……だがその前にそこの雑貨屋でジュースでも買っていこう。
 
 だがその雑貨屋には恐るべき事実があった。

「牛乳しか……ない……!」

 好きだけどさ! 牛乳好きだけどさ!
 違うんだよ。俺はこの疲れ切った体にコーラを一気に喉に流し込んで弾ける炭酸で活力を補給したかったんだよ!
 なのになんで牛乳なんだよ! 風呂上りとかでいいんだよ牛乳は!

「いくらですか?」
「80円ね」
「はい」
「まいど」

 飲むけどさ。疲れたし。
 
 しっかし思ってた以上に何もないなこの村。村自体は広そうだけどぽつぽつ家があるだけでコンビニやスーパーの類も無さそうに見える。どうやって生活してんだ?
 駅のバス停も行き先はこの村以外無かったし、他の場所からかなり隔離されてるように感じる。
 ……もしかして妖怪の隠れ里ってやつと関係があるのか?
 雑貨屋のおばあさんなら何か知ってるかもしれないな。こういう村の昔話って大体お年寄りの人のほうが何かしら知ってそうだし。
 そう思って話しかけようと思ったら逆に向こうから話しかけられた。

「こんな村に他所から人が来るなんて珍しいねえ。何の用で来たんだい? 紅葉狩りにはちと早いと思うけどねえ」
「え、ええ。村長さんに神隠しの件でちょっと。守矢神社から来ました」
「守矢神社から。それはそれは有難い話です。だがやめておいた方がええ。本当に危険な場所でなあそこは」
「まあ少しは話は聞いていはいるんですけど、被害者の方が実際に出てると聞いた以上はほっとけないので。最近も神隠しの被害にあったという話も聞いてますし」
「ああ、そりゃあオラの娘のことかもしれないねえ」
「え」
「東京から帰省した時に山の神社に参拝に行って、そのまま帰らなくてねえ。村の人全員が捜してくれたんだけど見つからず終いさ」
「……」
「だからあんな危ないところに行くこたねえ。帰ったほうが……」
「おばあさん」
「へ?」

 俯いていたおばあさんの手を握ると細くしていた目を少し開きこちらを見上げた。

「娘さんはきっと俺が助けてみせます」
「いやしかし」
「大丈夫です、こう見えても腕には自信がありますので」

 困っている誰かを助ける。その為にこの仕事を始め、修行を続けてきたんだ。
 ならここで頑張らなければ俺の決意も何もかもが無駄になってしまう。
 それに何よりも、目の前でこんな悲しそうにしている人を放ってはおけない。

 握っていたおばあさんの手を離し、店の出入り口でもう一度振り向く。

「俺に任せてください。絶対に助けてみせます」

 早く村長さんの家に行こう。こんな神隠し、さっさと終わらせてやる。




「……朝の青年といい、最近の若いのも捨てたもんじゃねえなあ」












「大丈夫ですかの?」
「だ、大丈夫です……。少し休めばこのくらい……」

 地図とにらめっこしながら何の目印になるものがない村を歩き続けて更に1時間、俺はついに村長の家にたどり着くことができた。
 普通に歩くだけならまだしも両手足首の重りと、重い荷物と、日が高くなってきたことによる気温の上昇で俺の体力は既に底を尽き、目的地を見つけるころには既にへろへろの状態だった。
 荷物の重さなどは霊力で身体を強化すれば何の問題も無かったのだろうが、神奈子さん曰く、
『日常生活の中で霊力による身体強化なんて軟弱者のすることだ』
とのことで、仕事以外での強化は禁止されている。
 まあ実際普段動けなるくらいしんどい修行のキツさと比べたら大したことないしな。正直仕事の日は俺にとっては休みも同然だったりする。

 まあそんな話はどうでもいい。
 村長の奥さんらしき人から頂いたお茶を飲み一息付いて、依頼の件を尋ねる。

「ふぅ……、それで神隠しの件と、妖怪の隠れ里のことなんですが」
「ええ、まず神隠しのことなんですけどもな。これが不思議なお話でして」
「といいますと?」
「はい、神隠しにあった人は必ず帰ってこないという訳ではなく、数日経った後何事もなく戻ってくる場合もあってですな。しかしその戻ってきた者たちは一体自分が今まで何処にいてどうやって戻ってきたのか全く憶えておらんのですよ」
「憶えていない……?」

 何かしら術で記憶を弄られているのだろうか?
 しかし記憶操作が出来るほどの妖怪って、それかなり高位の妖怪ってことになるぞ。

「それだけでなくですな、神隠しから戻ってきた者はこの村の住人だけでなく、ずっと遠い地方の人が突然山から戻ってくる事もあるのですよ」

 ……頭が痛くなってきた。
 妖怪に攫われてその噂の隠れ里に連れて行かれたということだろうか?
 だけどそこまでしておいて逃がすほどそんな高位の妖怪がマヌケなんてことがあるだろうか。
 いやそもそも記憶を操作しているということは逃げられたというわけではなく、ワザと逃がしたということになる。
 どういうことだ? 戻ってきた人と、戻らない人で何か違いでもあるのか?

「うーん、どういう意図があるのかは分かりませんが、本当に妖怪の仕業なのだとしたら連れて行かれている場所はその隠れ里という可能性が高いですね」
「そうなりますなぁ。唯の古い言い伝えだと思っていたのですが、信じざるを得ませんな」
「どういう言い伝えなんですか? その妖怪の隠れ里というのは」
「ええ、何でも百数十年程前のお話だったそうなんですが、その妖怪の隠れ里には人を喰らう物の怪がそれはもうウヨウヨおったらしくてですな。時折村にも出てくることもあり人を襲っていたとも言われています」

 百数十年って言ったら大体明治時代辺りの話ってことか?
 神奈子さんの話じゃその頃くらいには力のある妖怪はだいぶ姿を消してたって話だから、そういった話があるってことは妖怪の隠れ里の話もだいぶ信憑性が出てきたな。

「しかしその度に不思議な力を持った巫女が山から現れ妖怪たちを調伏していたと聞いております」
「巫女?」
「山の中にある『博麗神社』の巫女だそうなんですが、今では寂れた廃神社ですじゃ」

 博麗神社、それがおばあさんが言っていた山奥の神社の名前か。
 
「その巫女は何でも隠れ里の妖怪を鎮める役割を担っていたそうなんですが、危険な場所にあるため村人の誰も神社での姿を見た者はおらず、中には妖怪を調伏できる巫女そのものを恐れていた者もいたそうです」

 まあ明治の頃には妖怪退治の仕事はどマイナーだっただろうからな。変な目で見られても仕方ない。
 今でも退治屋はいるにはいるが、あまり大っぴらな活動はしてないって聞くしな。

「しかし突如として妖怪による被害はとんと無くなり、巫女の姿も同じ頃に見なくなったそうです」
「巫女の消息は?」
「不明です。当時の村人たちは巫女が隠れ里から妖怪が出られないように自分自身ごと封印したのではないかと言われておられた様ですが未だに理由は解明されず、今ではただのおとぎ話の類とおります」
「それが妖怪の隠れ里の言い伝えですか」
「はい。そして妖怪を見かけることも無くなり安全と思われ山に踏み入る者が出てきたのですが、その頃に先ほどお話した神隠しの被害が出てくるようになりました。まあ私も小さい頃はやんちゃでしてな、山の中を毎日遊びまわっておりましたが神隠しにはあいませんでた」

 成程ね。連れ去られたのか迷い込んだのか分からないがこれは妖怪の隠れ里に被害者がいる可能性が高いな。
 となるとかなり危険な仕事になる。荷物は期間中貸してもらえるっていう民宿に置いていこうと思ったが、仕事用の札やらなんやらがたくさん入ってるし全部持っていくか。
 「アレ」に入れておけば邪魔にならないし。

「それとその妖怪の隠れ里の名称なんですが、村に降りてきた巫女がその妖怪たちの住処を


『幻想郷』


と、仰っていたと聞いています」

 幻想郷ね。確かに妖怪は人間の想像から生まれたようなもんだし言い得て妙な名前なのかもな。

「よし、話は分かりました。早速その神社に向かってみます」
「本当にありがとうございます。神奈子様や諏訪子様から助力を頂けることが決まった時はこれほど頼もしく思ったことはありません」
「そういえば村長さんは神奈子さん達の姿が見えると伺っているんですが」
「ええ、今でもお二人の姿は覚えております。周りの人達には見えないようでしたので守矢神社に行く度に変な目で見られたものでしたが」
「……ふむ」

 確かにこうして見てみると村長さんの霊力は人並みより高い。
 これだけの霊力の高さなら存在の薄い霊の姿は見えないだろうが、力の強い神奈子さん達の姿は見えるだろうな。
 さっき山の中で毎日遊んでたって言ってたし、無意識の内に山の霊力を取り込んでいたんだろうな。

「そう言えば神奈子さんと諏訪子さんからこちらを預かっております。どうぞ」

 バッグの中から預かっていた手紙とお守りを差し出す。
 しかしお守りはともかく手紙は村長さんの目が見えないから意味がないような。奥さんにでも読んでもらうのかな?

「これは……! ああ懐かしい。どこか温かみのある、あのお二人のお守りじゃ……」

 嬉しそうに手に取ったお守りを抱きしめるように両手で胸に押し当てる。
 まるで宝物だな。それだけ神奈子さん達を慕っていたってことか。何か俺まで嬉しくなってしまうな。

「ん?」

 なんだ? 村長さんの持っているお守りから淡い光が……?
 そして光が収まると村長さんが信じられないような顔でお守りに目を向けた。

「これは、信じられない。もう使い物にならないはずの私の目が、見えている……」

 奇跡が起きた、と言葉にせずとも分かるくらいに表情に出した村長さんが自分の手を、目の前にいる俺の姿を見る。
 お守りの中に何かしらの術式でも込めていたのだろうか。
 でも5感を回復させるほどの術となるとかなりの霊力を用いる筈だ。ただでさえ信仰の低い現状でこれだけの術を使うなんて、いくら二柱の力を分け合っても消耗が……。
 ……いや、俺はもう神奈子さん達と村長さんの繋がりをこの目で見て、感じた。この人達には多少の無茶をしても構わないほどの絆があるんだろう。
 そして手紙を預けたのは他の誰かに読んでもらうためではなく、村長さん本人の目で読んでもらうためか。
 
 受け取っていた手紙を読んだ村長さんは顔を綻ばせ、涙を流していた。

「『見えるようになったのなら、顔を見せに来い。見に来い。私も諏訪子も守矢神社で待っている』……。変わりませんなぁ」

 あの人らしい手紙だな、ほんとに。
 さてと、じゃあ俺ももう行こうかな。

「では調査に行ってきますね。それと神奈子さんと諏訪湖さんなんですけど、村長さんの話をする時すごく嬉しそうでした。是非会いにいってくださいね」
「はい。ありがとうございます」

 村長さんに一礼して家を後にする。
 目指すは博麗神社。行くとしますか。
 
 
 
 
 
 
 
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後書き
 お久しぶりです、土星です。
 実況動画収録してたり仕事に忙殺され前回投稿させていただいたのが何時なのかもう考えたくないほど時間が経ってしまいましたがこつこつ続けておりました。
 しかしこれプロローグ終わるのがまだ予定上2〜4話先ってどういうことなの、死にたい。
 取り敢えずエターならないように、そして早くオリキャラを幻想入りさせられるように頑張りたいと思います。
 でないと話が進まない!ぎゃー!



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