ウサミミさんがどこかに消え、八雲紫さんにここ幻想郷について色々と説明された。 内容を噛み砕いて言えば、ここは私が元いた世界から隔離された世界であり、忘れられ去られた者たち、妖怪、神様、妖精などの楽園。はっ、馬鹿馬鹿しい。それとも本当に馬鹿にしているのか! と普通なら一度怒鳴って脅してあとはスルーしてしまうところだが、目の前で空中浮遊なんてされれば嫌でも認めるしか無い。 で、なんで私がこんな所に居るのかと聞いてみれば、これがまたふざけた理由だった。 「面白い人生を送っているようだからずっと見てたのに、私の目の届かない場所に行かれると楽しみが一つ消えてしう。だからこれ以上楽しめないなら食べてしまおうと、ここに案内したのです。この家は、本来なら予定に無かったのですけれど」 いくら美女でも知らない間にずっと監視されていたとなると、背筋が寒くなる思いだ。 しかし、そんな自分勝手な理由でここに連れてこられたのだとなると、激しい憤りを禁じ得ない。 「そんなくだらない理由でよくも人の夢をぶち壊しにしてくれたな」 と声高く叫びたい。せっかくかねてからの夢だった世界遺産旅行へ行こうと準備も整えていたのに、なんという自分勝手で人の都合を考えない非道。まるで人でなしだ。 「そもそも人じゃありませんもの」 考えを読まれたかのように的確な指摘をしてくる。薄々気がついてはいたが、やっぱり人じゃなかったのか。 「口に出ておりました」 家子の発言は聞こえなかった。聞かなかったことにした。無意識の内に思考が言葉に出ていたなんて、恥ずかしすぎて認められない。 認めたく無いものだな。私自身、若さ故の過ちというものは。 「人を拉致することに罪悪感を感じないのか」 よく訓練されたどこぞの工作員ならそんなこと感じずに拉致できちゃうかもしれないが。できてもしないでほしいが、言ったとしても無駄。彼女は人間じゃないし、根本から価値観も倫理観も、何もかも違うと口に出してから気がついた。 髪の色はともかく、目の色がおかしいですもん……アルビノでもないのに瞳が突然真っ赤になるとか、あり得ませんもん。 「あなたは食事をするのに一々罪悪感を感じて?」 「なるほど、人を拉致するのは妖怪にとって食事をするのと同じようなことか。いや、拉致するのは食べるためだから、釣った魚を食べるようなもんか」 「そうですわ」 それなら罪悪感を得ることはないだろう。彼女にとって人間など単なる肉、あるいは家畜でしかないのだから。つまり私はこの女性に美味しく頂かれてしまうためにここに連れてこられた、と。しかしそうだとすれば、なぜすぐに食わない。怯えさせたほうが味が良くなるとか、そういう考えか? それにしては対話をしたり、怖がらせる素振りが全くないのはなんでだ。単純に空腹じゃないからだろうか。 「けど安心なさい。あなたがこの家の中にいて、あなたの能力が消えない限り、寿命か病気以外で命を落すことはありえない」 「当然です。この家の中に限り主様は私が守ります」 ここで姿は見えないが、またどこからか家子の声が聞こえてきた。もしかして、いや、もしかしなくてもあいつも人でないのか? 人でないなら、妖怪か。ということは、今まで私は妖怪と同棲していたのか。なにか複雑な気分。 「そういうわけで私は退散させてもらいます。目の前にオヤツがあっても食べられないのは少し悔しいですが」 怖いな、さっきの口ぶりだと家の外に居たら食われてたのか。人間の肉は臭くてマズイと聞くが、妖怪に味覚からすると人肉は美味いのだろうか。それとも末期の恐怖を感じ取って、それを食事として食べてるのか。興味はないが、常に何かを考えておかないと発狂しそうだ。 「待て」 「なに? 早く帰って寝たいのだけれど」 「食わないなら元の世界に帰らせてくれ。いや、帰らせてください」 「……」 私が土下座して言うと、顎に指を当てて考える素振りをしてみせた後に、口を開いた。 「お断りしますわ。ここであなたの苦労を見て、観察して楽しませてもらいます」 「なん…だと?」 空間の裂け目に引っ込もうとする八雲紫。こうなれば、意地でも捕まえて自分から送り返したくなるようにしてやる以外あるまい。女性相手に手を出すのは紳士的じゃないが、これだけの理不尽を味わわされたお礼をしないと気が収まらない。 背中を向けて裂け目に飛び込もうとする彼女に飛びつく。 「レディに対して乱暴なのはいただけないわ」 組み付いた直後に、その細い体のどこからそんな力が出るのか、と聞きたくなるほど強烈な力で振り払われ、追い打ちにどこからか取り出した傘を振り下ろされる。 「っ!?」 殴られる、そう思って腕を上げたが、傘は当たる直前で見えない壁に阻まれたかのように、目と鼻の先で停止していた。 「セクハラに対する制裁にまで手を出すことはないんじゃない? 九十九神さん」 「主様をあらゆる脅威からお守りするのが役目ですから。あと私には先代主様がつけてくださった家子という名前があります」 何がどうなって傘が止まったのかはわからないが、とりあえず家子に助けられたのは確かだろう。あの力で殴られたら、多分軽くて骨折。最悪動脈破裂でお陀仏だったか。危なかった…… 「帰してくれと言う話だけれど、そうね。遊びに付き合ってくれればいいわ」 「遊び?」 「そう、遊び。鬼を四匹捕まえてくるっていう、簡単な遊び。吸血鬼を二人に、常に酒の入った瓢箪をぶら下げている鬼。それと地獄で一番強い鬼。それを捕まえて、もちろん説得するでもいいわよ? 一人ずつでもいいから私の前に連れて来ること。それができれば、元の世界に戻してあげましょう……(その時の気分によるけど)」 鬼を捕まえてこいとは、また予想外のお遊びだ。鬼って言ったら日本の妖怪の代表格じゃないか、実在するとしたら、とんでもない話だぞ。 「けど、元の世界に帰すだけじゃ対価に見合わないから、死なずに連れてこれた場合は……ご褒美をあげるわ(それが必ずしも良い物とは限らないけど)」 ……なんということだ、認め難いことに、ご褒美という単語と表情、声色のせいで、愚息が反応してしまった。座るような姿勢のお陰でバレずに済んでいるようだが。最後に何か呟いていたような気がしたが、何か碌でもないようなことな気がする。 「それじゃあ、精々頑張ってくださいな」 「そんな甘言に躍らされるほど私が馬鹿に見えるか!」 今度は飛びかかるほどの距離でなく、普通に手を伸ばせば相手をつかめる程度の距離なので、祖父直伝の技の本領を発揮できる。 見事かけることが出来れば、相手はかけた相手が放すまで抜けられない。 彼女の腕に手を伸ばし、その手首をつかむ。 「おろ?」 掴んだと思ったら、つかんだものは自分の腕だったという。おかしいな、私は確かに彼女の腕をつかもうとしたのだが……催眠術とか超スピードとか、そんなチャチなもんじゃないような物を見た。 しかし最も驚くべきは、自分の腕が途中から切れて、もう片方の手をありえない角度から握っているなんて……! 「まあ、諦めて頑張りなさい。あなたの寿命が尽きるまでは、待っててあげるから」 それだけ言って八雲紫は亀裂の中へ身を投じ、私の前から消え失せた。 「神は死んだ……」 よくわからん場所に連れてこられたと思ったら、よくわからん女の子に主と呼ばれ、今度はよくわからん女に条件付きで帰してくれる、と言われ……もう何なんだよ畜生。 「九十九神なら居ますが」 「……はぁ」 九十九神とか妖怪とか鬼とか、もうどうでもいい。私の中の常識が崩壊してきた。鬼とかそういうのはお伽話の中の存在だとしか思ってなかったのに。 「もういい。やれってんならやってやるさ……」 もうこうなれば、鬼だろうと吸血鬼だろうと、帰るためなら捕まえてやる……と、言うのは実に簡単だな。実際に行動するのはかなり難しいだろうが。 |
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