ううぅ〜、まだ寒いなぁ〜。
 ちょっと暖かくなったかと思ったらまた冷えてきやがった。
 もしかして、レホワさんがどこかで冬を呼び起こしているのか?
 いや、まさかな……。

「んぐんぐっ……あっ、鬼心」
「どうしたの、スイスイ?」
「あそこに冬の妖怪が飛んでいるよ」
「あ、本当だ」

 道理で余計に寒いはずだ。
 ……よし、ちょっとレホワさんに挨拶してこよう。
 レミレミや天ちゃんが呆れているけど気にしない、気にしない。

「レホワさん、こんにちは」
「んー? ああ、この間の……えーと」
「鬼心です。なんか調子悪そうだけど大丈夫?」

 というか眠そうに見えるんだが?

「もう春が来ているからね。次の冬まで私は寝るの」

 じゃあ、その時までは会えないってこと?
 せっかく雪遊びして仲良くなれたのに……。
 ま、仕方がないよね。相手は冬の妖怪だし。

「ああ、嫌だ嫌だ。春なんて私のいないところでやってくれればいいのに」
「でもずっと冬というのも疲れると思うよ」
「そうね。貴方の言う通り、あんまり冬が長すぎても疲れるわね」

 休める日があるのは良いことさ。
 オレなんか家事に追われて休むヒマなんてないのに。
 あーあ、誰か代わってくれないかな?

「次の冬にまた会おう。もっとも、その時までオレが生きているかはわからないけど」
「ふーん、随分と弱気じゃない?」
「そりゃあそうだよ。あの連中を見たらわかるだろ?」

 向こうが本気を出せばオレなんて瞬殺できるからな。
 あっ、レホワさんがクスクスと笑っている。
 さては、雪遊びでオレがボロボロにされた時のことを思い出してやがるな。
 スイスイのパワー投げは雪の球でも破壊力満点……死ぬ気で避けまくった。
 天ちゃんなんて雪の中に石だぞ石……危うく怪我をするところだった。
 それにレミレミが巨大な球を作ってオレを……もういい。嫌な記憶は忘れよう。

「……っと、こんなところまで来たか。春告精め」
「春告精?」
「冬を終わらせる忌々しい妖精よ。私はこれで失礼するわ。ごきげんよう、変な人間さん」
「ああ、達者で――ってもういねえ!?」

 あれっ? なんか急に暖かくなってきたような……?
 それに遠くのほうから妖精らしき気配を感じる。
 レホワさんの言っている春告精だろうか?
 
「はーーーーるうーーーーーーーーーー!!」

 ああ、間違いない。
 って、なんか凄い弾幕を撒き散らしてねえ!?
 あ、横からマリマリが突進して……落ちた。

「ひどっ!! マリマリは気付いてないし!?」

 あれってどう見てもひき逃げじゃん!!
 例えるなら猛スピードの大型トラックがバイクに突っ込んでいった感じ。
 とにかく、落ちた妖精のところまで行ってみるか。

「おーい、大丈夫か?」
「うぅっ……」

 うむ、傷は浅いと思う……多分な。
 妖精は死ぬことはないって聞いてるから大丈夫だろう。
 とりあえず、妖精が目が覚めるまで様子を見るか。

「なあ、スイスイ。春告精って知ってる?」
「春を知らせる妖精だろ。それがどうかしたのかい?」
「いや、知らせるのに何で弾幕を放ってるのかなって?」
「さぁー?」

 弾幕で攻撃したらダメだって絶対に。
 もし、レムレムに遭遇したら間違いなくやられるぞ。
 ゆかさんだともっと危険だし。

「うゆ?」
「おっ、気付いたか?」

 春の妖精がキョトンとして、こちらをじーっと見つめている。
 致命的な怪我はないようなので安心したぞ。
 それから自己紹介をして、妖精の名前がリリーホワイトだと判明。
 さっきの弾幕は興奮してて、自分でもよくわかってなかったらしい。

「とりあえずリホワちゃん、春を告げるのはいいけど弾幕は控えたほうがいいよ」

 本人は大丈夫みたいな感じで返事をしているけど危ないから。
 実際、レムレムのことを口にしたら涙目で怯えてたし。
 つーか、レムレムよ。あんたはこんな妖精まで退治しているのか?
 これは土樹に言いふらして……あー、無駄だろうな。

「ま、あとは自己責任ってことで頑張れ」
「うん!! じゃあね!!」

 もう言うべきことは言ったので引き下がる。
 リホワちゃんを見送って先に進むことにした。
 『春ですよー!!』というお知らせを耳にしながら。

 ………………。
 …………。
 ……。

 あと少しだ。もうちょっとだ。
 目的地に到着する日は近い。
 頑張った。オレ、よく頑張った。

「にゃははっ♪ めでたい日には酒が一番だね♪」
「スイスイはめでたくない時でも酒ばかりじゃん」

 相変わらずひょうたんの酒を一気飲みしてるし。
 ま、この前みたいに酒の強奪をしなくなっただけマシか。
 オレの見てないところでやってるかもしれないけど。

「もうちょっとしたら雨が降るわよ」
「さすが天ちゃん、天気を操るだけに天候の予測が上手いな」
「ふんっ、当然でしょう。天人の私に見抜けないものなんてないわ」

 はいはい、天ちゃんは凄いよ凄い。
 そこそこ褒めてからレミレミに背中を見せる。
 おんぶするから背中に乗れという合図だ。

「はぁ〜、あんたの背中は小さいから乗りにくいわ」
「小さくて悪かったな」

 そんなに嫌なら雨に打たれるか?
 ま、こいつの口が悪いのはいつものことだ。
 んじゃ、遮符『天球壁』のスペカで日光を遮って……っと。

「むっ?」

 誰かがこっちに降りてくる。
 羽衣をまとった見知らぬお姉さんだ。
 あ、天ちゃんと似たような帽子を被っているね。

「あれ? あんた確か龍宮の使いの……誰だっけ?」
「衣玖です、永江衣玖。総領娘様、こんなところで何をやっているんですか?」
「なにって、下界の観光よ。文句でもある?」

 天ちゃん、そんな喧嘩腰で言うなよ。
 角を立てない言い方ってもんがあるだろうに。
 ま、天ちゃんがそんなことできる訳ないか。

「そろそろ天界に戻って報告をして頂きたいのですが?」
「ふんっ、そんなのお供の天女にやらせればいいわ」
「いいえ、総領娘様が直接出向いて頂かなくてはなりません。それが天界の決まりです」
「そんな決まりなんて潰しちゃえばいいのよ」

 こ、これはまさしく天の助け!!
 これで天ちゃんを厄介払いできるぞ。
 そこの羽衣お姉さん、とっとと引き取って下さい。

「ちょっと貴方!! 嬉しそうな顔するんじゃないわよ!!」
「いやいや、天ちゃんがいなくなると寂しくなるね。アッハッハッハ」
「むきぃーーーーーーーー!!」

 だから剣で地震を起こそうとするのはやめろって。
 幻想郷の地盤を崩すつもりか?
 ホント、年上のくせにすぐムキになるんだから。

「そちらの彼は……初めて見かける人間ですね?」
「どうも、鬼心と言います。えーと」

 しまった。さっき名前を言ってくれたのに忘れてしまった。
 もぉー、天ちゃんがキィーキィーわめくから。

「永江衣玖です。どうぞお好きなように」
「じゃあ、イクイクさんでよろしく」
「ああ、貴方があの有名な『あだ名大魔王』」

 おいおい、その異名は天界にまで広まっているのか。
 まあ、閻魔ちゃんにあだ名をつけた時点で覚悟していたけど。
 それより、今は天ちゃんを追い返――コホン、温かく見送らなければ。

「天ちゃん、イクイクさんを困らせたらダメだよ。とっとと天界に帰ろうね」
「だ、誰か帰ってやるものですか!! その笑顔はやめなさい!!」
「総領娘様、我侭も程ほどになさって下さい。このままでは天界としての示しがつきませんよ」
「龍宮の使いごときに指図はされない。天道は私の手にありよ」

 おっ、雨が降ってきたな。
 弾幕ごっこに巻き込まれないように瞬間移動で逃げておく。
 さてさて、遠くから見物をしてみると……。

「おぉ〜!!」

 イクイクさんのドリルがすげぇ〜!!
 なになに、あの羽衣でドリルが作れるの!?
 天ちゃんは岩のシールドできちんとカードしている。
 ここからでもウイィーンというドリル音が聞こえてきそうだ。

「ねえ、喉が渇いたわ」
「ダメだぞレミレミ、この体勢では一方的に吸われてオレが死んでしまう」
「だったら体勢を変えなさい」

 うむむ、せっかく弾幕ごっこの観戦をしているのに。
 でも放っておくと本当に噛み付いてきそうだ。
 うーん、天球壁の効果範囲は前よりは広くなっている。
 ちょっと体勢を変えるぐらいなら大丈夫だろう。

 ……にしても、レミレミの血はいつ飲んでも飽きないな。

 この酔っ払うような不思議なふわふわ感が何とも。
 なんか、病みつきになりそうでちょっと恐ろしい。
 平常心を保とうと思わず抱き締めてしまうし。

「ふぅー、もういいわよ」
「あー、また服が汚れた」
「血の吸い方が下手なのよ、あんたは」
「お前も人の事は言えんだろ……あっ、もう終わっちまったか」

 イクイクさんが地上に落ちて倒れている。
 ということは天ちゃんの勝ちってことか。

「ふんっ……こ、この程度で……わ、私に勝とうなんて……」

 なんか辛勝って感じに見えるのはオレの気のせいか?
 天ちゃんの服が所々で破けてるし。
 ま、オレより頑丈だから心配はいらないよな?

 ……さて、どうしたものか。

 このまま天ちゃんがいるのは天界としてはまずいだろう。
 だけど、オレでは天ちゃんに敵わないし。
 雨が降っているからレミレミは戦えないし。
 残るはスイスイしかいないけど……。

「スイスイ、いる?」
「んー、ここにいるよ」
「天ちゃんを天界までよろしく。報酬は雑炊を三日分」
「安いね。せめて十日は欲しいところだよ」
「こっちの食糧事情も考えてくれ」

 食料だって無限にある訳じゃないんだからね。
 交渉の末、雑炊の五日分で手を打ってもらった。
 鬼のパワーなら天ちゃんといえども歯が立たない。
 ましてイクイクさんとの戦いでダメージを負っていれば尚更だ。

「イクイクさん、大丈夫ですか?」
「え、ええ……これぐらいはいつものことです」
「大変ですね」

 もう割り切らないとやってられませんって感じだな。
 まあ、実際にそうだろう。
 オレも似たようなもんだし、気持ちがよくわかる。

「安心して下さい。スイスイが連れていきますんで」
「あ、はい。ご協力ありがとうございます」
「いえいえ、こっちとしても助かるんで」

 お互い様だと言わんばかりに苦笑した。
 なんか、龍宮の使いって大変な仕事みたいだな。
 オレだったら即効で辞めてると思う。

「スイスイ、本当に容赦ねえな」

 天ちゃんを投げまくってるよ。
 果敢に剣で挑む天ちゃんだけど動きが鈍い。
 あの有様ではスイスイの攻撃を防げないって。
 トドメのアッパーで天ちゃんが完全にノックアウトだ。

「スイスイ、天ちゃんがピクリとも動かなくなったけど大丈夫?」
「大丈夫だって。こいつは頑丈だからな」
「ま、そうだけど……それじゃあ、行ってらっしゃい」
「約束の雑炊、忘れないでくれよ」
「わかってるって」
「では、私も用が済みましたから帰ります」
「あ、はい。イクイクさんもお元気で」

 手を振って三人を見送ってやる。
 ……よっしゃあ、これで残ったのはレミレミだけだな。
 グッと拳を握ってちょっとしたガッツポーズ。
 いや〜、三人の面倒をみるのは本当に苦労しまくりだった。

「随分と嬉しそうね、あんた」
「お前も機嫌良さそうじゃん」
「ふんっ、騒がしい鬼と天人がいなくなって清々してるのよ」
「今回ばかりは同感」
 
 まあ、あの様子ではまた近いうちにひょっこり来るだろうな。
 別に来てもいいけど、こちらを巻き込まない範囲でしてほしい。
 とにかく、みょんとの約束を守る日は近い。



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