酒というのは幻想郷にとって欠かせない命の水。
 スイスイは勿論のこと、レミレミも天ちゃんも酒を飲む。
 オレみたいな下戸は例外といってもいいだろう。

 さて、通り道じゃないのに何故か博麗神社に向かっている。
 それというのもこいつらが……。

「えへへっ、良也の持ってくる酒が楽しみだねぇ」

 今日は土樹が酒を持ってくる約束の日らしい。
 スイスイ、涎が出てるよ涎が。

「ふんっ、外の世界の酒なんてどうせ大したことないわ」

 天界の酒に比べたらと自慢げに話す天ちゃん。
 はいはい、天界はすごいねえ〜。
 こういうのは適当に聞き流しておくに限る。

「ちょっと、その生意気な目はなによ?」
「いやいや、オレのことはお構いなく。酒のことはわからないし」
「こ、子どものくせにぃ〜!!」
「天ちゃん、子ども扱いはやめろって」

 とりあえず天ちゃんの相手はスイスイに任せよう。
 オレに日傘を持たせて隣を歩いているレミレミ。
 レミレミは博麗の巫女が造るお酒がお気に入りらしい。

「レミレミは洋酒好みかと思ったけどな」

 ワインとかワインとかワインとか。
 洋酒=ワインというイメージしか思い浮かばない。

「なによ、文句でもある?」
「別にないから睨むなって」

 つーかさ、なんでオレまで巻き込まれるんだ?
 お前らだけで行けよ。オレ、関係ないじゃん。
 この三人から解放されるかもって思ったのがバカみたいだ。
 そんな風にオレが抗議していくと……。

「酒には肴がいるからな」
「オレが肴かい!!」
「貴方でも退屈しのぎにはなるでしょう」
「天ちゃん、オレを暇つぶしの道具にするのはやめろ」
「あんたは食料だから傍にいるのは当然よ」
「血をガブ飲みされて洗濯物が増えるこっちの身にもなれ」

 オレの抵抗なんて薄っぺらい紙くずも同然。
 博麗神社の境内ではグータラ巫女――もといレムレムが掃除をしていた。
 オレたちを見て露骨に面倒くさそうな顔を浮かべる。
 それ、巫女の態度としてどうよ?

「素敵なお賽銭箱ならあっちよ」
「この三人がお金を持っているように見えるか?」
「貴方が払えばいいじゃない」
「いや、オレだって持ってない――ってこら!! 三人とも勝手にあがるな!!」

 あーもう、好き勝手にやりやがって。
 こっちの言う事なんて聞きやしない。
 オレは病気になりにくい体質だけど頭痛がしてきたぞ。

「あまり騒がしくしないで欲しいわね」
「いや、オレは関係ないって。あいつらが勝手に――」
「ここの掃除、貴方がやりなさい」

 オレの言い分を聞かずに一方的にホウキを押し付けやがった。
 スイスイ達を連れてきた迷惑料ということで渋々やるしかない。
 くぅ〜、オレが連れてきたわけじゃないのにぃ〜。

「次はこれね」
「レムレム、ちょっとコキ使いすぎ」

 ホウキで掃き終わった後は雑巾で拭けってか?
 ご丁寧に水桶まで用意しやがって。

「良也さんならこれぐらい当たり前のようにするわよ」
「そりゃあ、あんたがグータラしてるからだ」

 あまり口答えすると夢想封印を食らいそうなので掃除を続ける。
 メイド長代理の頃を思い出して細かいところまで手が伸びた。
 つい咲さんのスパルタ教育が……ダメだ。あれは忘れろ、忘れるんだ!!

 しばらく掃除をしていると土樹がやって来た。
 スイスイが真っ先に駆け寄って酒の催促をしている。
 レミレミのほうはレムレムとなんか雑談しているっぽい。
 残るのはボーと座っている天ちゃんだけだ。

「天ちゃん、ヒマなら手伝え」
「嫌よ。そんなことをしたら汚れちゃうじゃない」

 言うと思った。
 予想通りの返事ありがとうよ。

「ま、もうすぐ終わるからいいけど」
「だったら声を掛けないで」

 いや、天ちゃんが退屈そうにしてたからな。
 ちょっと声を掛けてヒマにならないようにしただけだ。
 ま、口が裂けてもそんな事は言ってやらんけど。

「じゃあ霊夢、行ってくるから後はよろしく」
「はいはい、行ってらっしゃい」

 土樹がお菓子売りに出かけるようだ。
 ここにいてもロクなことにはならない。
 オレはすぐに手伝いを申し出た。

「まあ、別にいいけど」
「じゃあ行こう!! すぐ行こう!!」
「ちょ、ちょっと――うわぁああああああああ!!」

 土樹の腕を掴んで逃げ出すように飛んでいく。
 あ、そういえば……。

「土樹、オレやめとくわ。足手まといになるだろうし」
「そりゃないよ。ここまで引っ張っておいて……」
「手伝う気はあるけど人里はちょっと……な」
「慧音さんに会いたくないのか?」

 ギクリ!!

「あ、あの熱血先生は苦手なんだ。親切で言ってるのがわかるだけに余計に性質が悪い」
「それならちゃんと話し合ったほうがいい。慧音さん、とても心配してたぞ」
「……ケネケネさんになんか言われた?」
「まあ、それなりに。それじゃあ行こうか」
「ま、待て。オレは行かな――うおぉっ!?」

 今度は逆に土樹に引っ張られて人里まで連れていかれた。
 抵抗すれば逃げられるのだが、土樹の言い分が正しいし。
 うむむ、ちゃんと話し合って納得してもらえるかな?

「先にお菓子を売りさばくからちょっと待ってて」
「あ、ああ……」

 土樹の邪魔にならないよう屋根の上に座って待つ。
 人間や妖怪が土樹を中心に集まってきた。
 おぉー、何気に地底のモグまでいるじゃん。

 ……すげぇな、あいつ。

 土樹のお菓子売りは繁盛していた。
 いかに土樹が必要な存在であるかをヒシヒシと感じる。
 お菓子を受け取った者の笑顔が凄く印象的だ。

 ……戦わずに皆を喜ばせている。

 非戦闘員としての生き方というべきか。
 戦うことで自分を見出そうとするオレとは全く違う。
 土樹にあそこまでの人望(妖望?)があるとは思わなかった。

「敵わないな」

 これは劣等感だろうか……ふん、馬鹿馬鹿しい。
 でも外の世界にいたオレがこの幻想郷にいてもいいのか?
 幻想郷は誰でも受け入れるって姐さんは言ってたけど。

「……」

 いずれ死に逝く未来を持つ人間。
 儚い命がいつ散ってもおかしくない人生。
 心の中のモヤモヤが膨らんでいく。

「うー?」

 チョンチョンと誰かに突付かれた。
 心配そうにオレの顔を覗き込むモグがいる。

「おっ、モグ。どうした?」

 なになに、お菓子をあげるから元気を出せ?
 おー、なんと親切な。レミレミとは大違いだな。

「土樹のお菓子は美味しいもんな」
「うー♪」
「おうおう、元気になったよ。ありがとうな」

 とりあえず、モグの頭をナデナデしてやった。
 モグは万歳をして喜んでくれる。

「鬼心君、お待たせ。あ、モグちゃんもいるのか」
「土樹、売れ行きはどうだった?」
「いつも通りに完売だよ。基本的に予約制をとってるし」
「それは良かったな」

 まあ、あれだけ集まっていたら売り切れは当然か。
 さぞかしガッポガッポ儲けただろうよ。

「それじゃあ行こうか」
「マジで行くの? ケネケネさん、絶対に怒ってるって」
「怒られるような事でもしたの?」
「うー?」

 モグよ、土樹の真似をして首をかしげなくていいから。
 あと土樹、フミフミの新聞を見てるならわかってるはずだ。

「ケネケネさんはオレの生き方に反対しまくりだろうさ」
「それなら尚更会って話し合わないとダメだよ」
「いやいや、オレは話下手だから――」
「ええい、めんどくせ!!」
「うおぉっ!?」

 こいつ、いきなりオレを小脇に抱えやがった。
 両手両足をバタバタさせても逃がしてくれない。
 スタスタと早歩きをして寺子屋に連れていくつもりか?
 モグが心配そうに後をついてくる。

「土樹はなせ!! オレは行かん!!」
「聞こえないな。もうちょっとでかい声で言ってくれ」
「行ーかーねーえー!!」
「申請は却下されました」
「なんで!?」
「うっせえ、そういう気分じゃバカたれ」
「こんにゃろう……あとで覚えてろ」

 こうしている間にケネケネさんのいる寺子屋へ到着。
 土樹、いい加減に離せ。オレはやっぱり嫌だ。
 説教なんて映ちゃんやパノだけでお腹いっぱいなのに。

「こんにちは、慧音さん」
「良也くんか、なにか用――っ!?」
「ど、どうも、お久しぶりです」

 そんなビックリしなくてもいいじゃん。
 なんかオレが悪い事をしているみたいだ。

「君は今までどこで何をしていた?」
「えーと、戦いの道をまっしぐら」

 こ、こえぇ〜。背後からのオーラが半端じゃねえ。
 この熱血先生、威厳がありすぎるよ。

「まあまあ、慧音さん。こんな所で立ち話も何ですから」
「むっ、それもそうだ。彼には言いたい事が山ほどある」

 そんな山ほど言われてもオレの頭には入らないって。
 リン師匠の立ち居眠り、いやこの場合は座り居眠りになるのかな?
 映ちゃんの時の経験からすると、リン師匠の居眠りを見習うのはまずい気がする。

「そういえばモグは?」
「モグちゃんなら寺子屋の子ども達と遊ぶだって」
「い、いつの間に……」

 さて、居間に連れていかれてしまった。
 正座をするオレの正面には釣り目をしたケネケネさん。
 大分お怒りのようで、いつ雷が落ちてもおかしくない。
 一方、土樹はテーブルのお茶でのんびりと傍観中だ。
 
「さて、改めて訊こう。君は今までなにをして来た?」

 これまでの出来事を正直に言うしかない。
 下手な嘘なんかつきたくないし。
 それにしても……かなり怖いぞぉ〜。

「一撃屋なんて無茶な稼業をして死んだらどうするつもりだ!?」
「稼業というか……ボランティア?」

 妖怪達がお金を持ってないからな。
 それは期待するだけ無駄というものだ。

「まぁー、大丈夫ですよ、ケネケネさん」
「なにが大丈夫なものか!!」
「オレ、レミレミと『血の契約』を交わしたから」
「なん……だと?」
「ほらっ、この前歯に吸血鬼の牙があるでしょう? これでパワーアップを――」

 言い切る前にケネケネさんがガシッとオレの頭を掴んできた。
 ちょ、ちょっと――。

「×▲◎□&$#!=!」

 め、メチャクチャいてぇ〜!!
 なんという石頭……これはスイスイ以上だ!!

「慧音さん、それはちょっとやり過ぎ」
「止めないでくれ良也くん。彼は取り返しのつかない過ちをしてしまった」
「でも慧音さんの頭突きは凶器そのものですから」

 土樹よ、助けるなら頭突きの前にしてほしかったぞ。
 いててっ、おでこに大きなコブが出来てしまった。

「悪魔にそそのかされて魂を売り渡すなんて……なんと嘆かわしい」
「まあまあ、鬼心君なりに思う所があったのでしょう。彼の言い分も聞いてあげて下さい」

 言い分と言われてもオレは困るぞ。
 成り行きとしか言い様がない部分が圧倒的に多いし。
 まあ、それでオレなりにその気になったと言いますか。

「そもそも、君ぐらいの子どもがそのような戦いの道に歩むこと自体よくないのだ」
「だから子どもじゃないってば」

 とにかく、ケネケネさんはオレの生き方に猛反対だ。
 まあ、一歩間違えれば『逝き方』になってしまうからな。
 決して楽なことじゃないし、いつくたばっても不思議じゃない。

「ケネケネさんがオレを心配してくれているのはよくわかっている。けど、オレの人生はオレが決める」
「いや、君はまだ自分の人生を決断するには早すぎる。そういうのは幅広い教養を得てからゆっくりと考えるものだ」
「そう言われましても、オレは必要のない勉強はダメなんで」
「必要がないとは何だ?」
「だって、ケネケネさんが言う勉強って絶対にアレでしょう?」

 テストやったり、書き取りしたり、先生の話を聞いたり。
 あー、なんかメチャクチャ退屈しそうなイメージが……。
 オレ、絶対に居眠りしてそうだ。
 そのたびにケネケネさんの頭突きが……こ、こわっ!!

「君はまだ勉強の楽しさを知らないだけだ」
「いいえ、ケネケネさんこそ勉強の恐ろしさをわかっていない」

 スイスイの時も、ゆかさんの時も、咲さんの時も。
 オレがどれだけのトラウマを抱えていったことか。
 まさに生きるか死ぬかの瀬戸際だったぞ。

「ぶっちゃけ勉強なんて辛いだけさ。やりたい者だけがやればいい」
「まあ鬼心君も落ち着いて。少なくとも慧音さんの学問は安全だから」
「いや安全であっても、役に立つ勉強しかオレはやらない」

 こらっ、そんな我侭な子どもを見つめるような目でオレを見るな。
 オレは別に勉強そのものを否定しているわけじゃない。
 ただ、役に立たない勉強を無理やりやらされるのは嫌だと言ってるだけだ。

「とにかく、君はまだ若い。もっと自分の人生を大切にするんだ」
「それじゃあ、オレにどうしろと?」
「前に言ったであろう。私の家に住みなさい。君なら他の子ども達ともすぐ打ち解けるだろう」
「でも養子になったら旅ができなくなるじゃん」
「そんな危険な旅は今すぐにやめるんだ」

 おーい土樹、なんとかしてくれよ。
 オレではケネケネさんの説得なんて絶対に無理だって。
 もう閃光弾でこの場から逃げてやろうかな?

「慧音さん、無理に鬼心君を押し込めてもダメですよ。それではすぐに逃げてしまいます」
「では良也くん、他に方法があるのかい?」
「えっと……鬼心君は今の旅を続けたいんだよね?」
「まあな」

 余計な連中が多いけど、旅そのものは嫌いじゃない。

「慧音さんは鬼心君に学問の楽しさを教えたいのですよね?」
「うむ、平たく言えばそうなる」
「それなら『慧音さんの通信教育』という方法はどうですか?」
「「通信教育?」」
「つまりですね……」

 土樹から提案の詳しい内容を聞いていく。
 まず、定期的に教科書・問題集・レポートなどが送られてくる。
 オレは指定された期日までに自分で学習し、その成果を解答あるいはレポートにまとめて提出。
 ケネケネさんが採点や添削をしてオレに返送する流れだ。
 ……なるほど、確かにこれなら旅と学問の両立ができる。

「成績が悪かったら、旅を中断させて居残り授業をさせればいいですよ」
「しかし、彼は旅をしているのだろう? どこに届ければいいのか?」
「地底のモグちゃんが運び屋をやってるって聞きましたよ」

 モグは働き者の妖怪として人里でも評判がいいらしい。
 お役に立ちたいという一心で運び屋の仕事をしているそうだ。
 ここ最近ではモグなりに修行を積んで、特定の相手に手紙を届けられるようになったとか。

「とりあえず、モグちゃんに確認をしてみますね」

 土樹がモグを連れてきて事情を説明する。
 モグがうんうんと頷いて快く承知してくれた。
 そして……。

「うー、うーうー、うーうーうー」

 モグが鳴き声(詠唱?)と共に両手を挙げる。
 モグの頭上に妖力が集まり魔方陣が発生した。

「な、なんですと!?」

 オレは思わず驚きの声を上げてしまう。
 あのモグが魔法を使うなんてあまりにも意外すぎた。
 一体どんな修行を積んだらそうなるのか?
 魔方陣からビー球のようなアイテムが生成されていく。
 モグはそれを手にしてオレの前に差し出してきた。

「これを持っているだけでいいの?」
「(コクン)」

 このビー球を通じてモグが探索魔法を使うらしい。
 探索魔法にかかったビー球は輝きと共に消滅する。
 つまり、ビー球が消えた=モグが来るという合図だ。
 
「マジですげぇ〜。モグがここまでやるなんて」
「僕も驚いたよ。モグちゃん、この魔法をどこで覚えたの?」
「うー」
「へぇ〜、パノの図書館で勉強したのか」
「そっか、モグちゃんは偉いね」

 えっへんと胸をはっているモグが微笑ましい。
 土樹の発案とモグの探索魔法。
 このふたつが決め手となって旅の継続を認めてもらった。
 ただし……。

「私からひとつだけ条件がある?」
「条件?」
「提出をする際には必ず手紙も一緒に書いて送ること」
「手紙ってなにを書いたらいいの?」
「旅を通じて君が思ったことを自由に書いてくれたらいい。私も返事を書く」

 なんでもいいというのは一番困るんだけどな。
 ほらっ、料理でも何でもいいと言われると悩むじゃん。
 でも、その条件を呑まないと養子にされてしまうので頷いておく。

 さて、寺子屋を出てモグが地面を掘る仕草で異次元を掘り出す。
 バイバイと手を振ってきたのでこちらも手を振って見送った。

「はぁ〜、疲れた。このまま一人で旅をしたい気分だ」
「レミリア達を置いていったら後で大変な目に遭うと思うけど?」
「わかってるよ。ちょっと言ってみただけだ」

 はぁ〜、本当に疲れた。
 この後、土樹と一緒に買い物を済ませて博麗神社に戻った。

 ………………。
 …………。
 ……。

 スイスイたちが酒をガバガバと飲んで騒ぎまくった。
 下戸であるオレは後片付けに奮闘して大変だったよ。
 だけど、どんな祭りでもいつかは終わりが来るものだ。

「ふぅー」

 夜が深まってようやく静かになった。
 土樹がレムレムを母屋まで運んでいく。
 オレはスイスイやレミレミや天ちゃんに毛布をかけてやった。
 一応、咲さんの用意した荷物に寝具も入ってるからな。

 ……ほぉ〜、綺麗な満月が見えるな。

 オレは屋根の上で月見のお茶を楽しむ。
 しばらくすると土樹もやって来てお茶を飲んだ。

「お茶菓子の羊羹があるけど食べる?」
「頂くぞ……うん、美味い」
「それは何より……ねえ、鬼心君」
「なんだ?」
「なにか悩みとか抱えてない?」
「……抱えていると言ったら?」
「僕でよければ相談に乗るよ」

 さすが教師を目指す者。
 相手の悩みに敏感ということか。

「あんまり土樹に借りを作りたくはないんだけど?」
「それは今更じゃないかな? 鬼心君にはチョコのツケが溜まってるし」
「うっ……あ、あれはレミレミ用のチョコで仕方なく……」

 そう、ご機嫌取りのために注文しているだけさ。
 でもお金がないオレには出世払いという道しかない。
 後々にメイド副長の仕事が待ってるからその時に払えたらいいな。
 まあ、とりあえず……。

「なあ、土樹」
「ん?」
「オレは、この幻想郷にいてもいいのかな?」
「急にどうしたの?」
「あんたのお菓子売りを見た時、凄いことを平然とやってるなって思ってさ」
「僕としてはどこが凄いのか聞かせて欲しいぐらいだけど?」
「あんたは戦わずして誰かを喜ばせている。人間も妖怪も皆が笑顔で」

 それに比べてるとオレの生き方はどうだろう?
 きっと土樹みたいな喜ばせ方はオレには出来ない。
 上手く言えないけど、外来人は土樹だけでいいような気がする。

「あー、もしかして思春期ってやつ?」
「あ?」
「す、ストップストップ!! 殴らないで!!」
「まったく」

 レミレミと血の契約を交わしてからどうも考え込んでしまう。
 自分が契約するに値する人間なのか?
 いつになったら弱い自分から抜け出せるのか?
 土樹みたいに皆を喜ばせる生き方ができるのか?

「鬼心君は、ここの生活を楽しんでる?」
「楽しむ余裕はない。あいつらの面倒を見るのがどれだけ大変なことか」
「そうかな? 世話をするのを楽しんでるように見えるけど?」
「それは、あんたの目が腐ってるからだ」
「ふーん、そんなことを言うと羊羹あげないよ」
「羊羹を人質にするような大人がいるなんて世も末だ」
「それ、自分が子どもだって言ってるようなものだよ」

 オレは何を目指しているのだろう?
 どこへ向かっているのだろう?
 皆が幸せになれるような戦いでもしたいのだろうか?
 そんなのある訳ないだろうに……それでも。

「オレは強くなりたい。強くなって幻想郷の連中と対等に戦いたい」
「それはどうして?」
「戦ってる時のあいつらの顔……笑ってるからな」
「悪いけど、僕にはバトルマニアの趣味はないよ」
「ふんっ、土樹みたいな万人向けの喜ばせ方はオレには無理さ」
「よくわからないけど……そうだな。今の僕がいえることは」
「んっ?」
「『今の生活を楽しみ、好きなことをやればいい』と思うよ」
「土樹はそうしてるのか?」
「ああ。お菓子を売ったり、酒を楽しんだり、誰かと話をしたり」
「ありきたりだな」
「そうだね。外の世界だったらもっと違う楽しみ方があるんだけど」

 土樹と話し込んでわかったことがひとつだけ。
 結局のところ『今の自分を貫く』以外に道はないということ。
 幻想郷というのは元々そういう世界だ。
 だからオレはどんなことがあろうと戦いの道を選ぶ。
 胸の中のもやもやが晴れていくような気がした。



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