紅い月が出ている夜の時間帯。
 こうもりの翼を広げて真っ赤な瞳で不敵な笑みをこぼす。
 レミレミが絶好調であることは疑いの余地がない。

「やれやれ、恐ろしい吸血鬼がいたものだ」
「気付くのが遅すぎるのよ」
「さっきから鳥肌が立ちまくりだ。そんな桁外れの妖力があるなんてな」

 生半可に隠そうとするから余計に妖力が溢れている。
 おかげでこっちは悪寒が走りまくりだ
 まあ、姐さんと最初に会った時みたいに全身ブルブルはないけど。

「脳ある鷹は尻尾隠さず……よ」
「鷹に尻尾はないだろ? 爪じゃなかったっけ?」
「……コホン、人間だけよ。脳なんて単純で科学的な思考中枢が必要なのは」

 あー、難しい言葉には聞き流しが一番だな。
 うん、そのほうがいい。

「お前は圧倒的に強いくせに弱点が多いよな?」
「そうよ、私は病弱っ娘なの」

 一時期、敵であるレミレミを調べたことがある。
 パノの図書館とかフミフミの情報網とかで。
 まあ、オレは頭が悪いから大雑把にしかわからなかったけど。

「小食で大量に血をこぼすよな? お前、今まで何人の血を吸ってきた?」
「あんたは今まで食べてきたパンの枚数を覚えてるの?」
「リン師匠がくれたコッペパン半分」
「……」
「……」

 沈黙が重くなって気まずい空気が流れた。
 とにかく、お喋りの時間はこれで終わり。
 ついにレミレミと対決する時がきた。
 血の契約を交わしても敵であることに変わりはない。

 ……問題はどうやって戦うか?

 スイスイなら真っ向勝負、天ちゃんなら頭脳プレイ。
 レミレミにはこちらの手の内を見られているから作戦が組めない。
 もうこれは実際に戦いながら考えるしかないな。

「ふふっ、こんなに月も紅いから、楽しい夜になりそうね」
「人間にとっては辛い夜だよ……いくぞ!!」

 両手に霊妖弾を作って投げまくる。
 レミレミが鼻で笑いながら余裕でかわした。
 忍び装束の懐から二本の銀色ナイフを取り出す。

「はっ!!」

 ナイフを投げてからレミレミの後方へ瞬間移動。
 飛ばしたナイフをキャッチしてレミレミの背後を狙って投げる。

 ……さて、どっちに動く?

 瞬間移動の構えでレミレミの動きを探る。
 上に飛んだところを目で追ってワープした。
 先回りして殴ろうとしたが……いない!?

「あんた、私の動きを追ったつもり?」
「な、なんだと?」

 そんなバカな!? 確かに目で追ったはず!?
 何故、オレの後ろにいるんだ!?

「ふっ、あんな誘いに乗るなんてね」
「なめるな!!」

 後ろに閃光弾を投げて間合いを広げる。
 すぐに振り返って霊妖弾を投げたけどレミレミがいない。
 背後を取られたかと思って後ろ蹴りをするも空振りだった。

「上か!?」
「下よ」
「ぐあぁっ!!」

 レミレミの弾が顎に入って上体がそりあがる。
 そこをグッと堪えて前方回転の踵落としを放った。
 だが、下にいたはずのレミレミが消えている。

「鬼心、上だって上!! 違う、今度は左だよ!!」
「違うわよ下だってば!! ああもう、何もたついてるのよ!!」

 外野がメチャクチャうるさい。
 しかもアドバイスが役に立ってないし。

「くっくっく、私の動きについて来れるかしら?」
「無理に決まってるだろ」

 創造の柄を握って霊妖剣を作り出す。
 それから突進してレミレミに斬りかかった。

「くそぉ!!」

 レミレミの動きが早すぎて目で追えない。
 キョロキョロと見渡してもどこにいるのやら?

「どこを見ているの?」
「そっちかい!!」

 追っては消え、追っては消え。
 そんな鬼ごっこのやり取りが数分ほど続いた。
 そこでオレは……。

「剣よ!! 伸びろ!!」

 ちっ、これすらも避けるか。
 オレが舌打ちをした次の瞬間。

「なっ!?」

 レミレミがオレの懐まで詰め寄ってきた。
 咄嗟に防符『専心防御』を発動。
 ガードの上からレミレミのパンチが当たる。

「うがぁ!!」

 激しい鈍い音と共に急速に斜めに落下していく。
 なんとか体勢を整えて地面に着地した。
 もう少し反応が遅れていたらやばかったぞ。

「こんにゃろう!!」

 目の前に来たレミレミに回し蹴り。
 片手で軽くあしらわれて、顔面をわしづかみにされる。
 そのまま上空に向かって投げ飛ばされた。

「ぐぎゃあ!!」

 背中を蹴っ飛ばされて。

「げふっ!!」

 くの字になるように腹にワンパンチ。

「うわあっ!!」

 トドメとばかりにレミレミの弾を顔面に食らう。
 そのまま地面に落ち――。

「ま、まだだ!!」

 やせ我慢でレミレミの正面に対峙する。
 スイスイに鍛えてもらったこの頑丈さは伊達じゃない。
 これしきのことでやられてたまるか!!

「へぇー、割とタフなのね」
「くそぉ、絶好調モードのレミレミってこんなに強いのかよ」
「うふふっ、これならもっと楽しめそうね」
「な、なに?」
「まずは小手調べよ」

 レミレミが四方八方に弾幕を作り出す。
 その弾が一つずつオレに向かって飛んできた。

「は、はえぇ!!」

 高速の弾をかろうじてかわす。
 情け容赦なく次々と飛んでくるレミレミの弾。
 オレはフットワークをするかのように避けまくった。

 ……完全に遊んでやがる!!

 左のほっぺ、右の二の腕、左のふともも。
 三発ほどのかすり傷を負ってしまった。

「それぐらいちゃんと避けなさいよ」
「かすり傷ぐらいでイチイチ騒ぐな」
「毒でも塗られていたらかすり傷でも死ぬわよ」
「オレは病気や毒に強い耐性があるんだよ。エリエリさんが言ってた」
「次いくわよ」

 さっきよりも密度の濃い弾幕が発生する。
 同時に弾が来られたら避けるのも難しい。
 下手に食らったらそれだけでアウトだろう。

「せ、戦略的撤退!!」

 オレだって闇雲に突っ込むほどバカじゃない。
 本当に無理だと判断した時には逃げることも大事だ。

「こら鬼心!! 逃げずに勝負しろよ!!」
「下界の人間ってやっぱり腰抜けなのね」

 お前らを基準に考えるんじゃねえ。
 外野は無視だ無視!!
 飛んでくる弾から逃げまくって川が見えてきた。
 よし、この距離なら――。

「ぐっ!!」

 一発だけ左腕に当たったけど耐えて瞬間移動をする。
 大きく息を溜めて川の中を潜っていく。
 レミレミは流れる水が弱点だからここへ近づけない。

 ……ちきしょう、左腕は当分使えないな。

 さっきの弾で左腕が痺れて満足に動かせない。
 体内の霊妖力を自然回復するのを待つしかないのだ。
 軽く泳いで顔を浮かせてみると。

「っ!!」

 もぐら叩きをするかのようにレミレミの弾が飛んできた。
 すぐに潜って逃げる。顔を出すとまた弾が。
 くそぉ、このままだとオレの息がもたない。

 ……水中では瞬間移動が使えない。

 目に見える位置ではないと発動できないからな。
 水の中では地上の様子がよくわからないし。
 こうなったらスペカはないけど移動方陣で抜け出そう。
 体内の霊妖力はまだ残ってるから大丈夫だ。
 早速それでやってみると……。

「ありゃ?」

 目の前が布に覆われてよく見えない。
 なんか足がついてる? ここどこよ?

「き、貴様ぁ〜!!」
「はっ?」

 なんだ、これはレミレミの足か?
 ということは、ここはレミレミのスカートの中だな。
 オレはすぐに肩車をしながらこう言った。

「レミレミ、動くな!! 動くと川にドボーンだぞ!!」
「なっ!!」
「今のはワープミスだ!! 仕切り直しを要求する!!」
「くっ……わ、わかったわよ」

 ふぅ〜、今のはかなり危なかった。
 あのままだったらオレは確実に殺されていたぞ。
 それにしても、まだ左腕は動かせないか。

「レミレミ、次で最後だ」

 右手で拳符のスペルカードを取り出す。
 色々と考えてみたけど、結局はこれしかない。

「ふっ、それで私を倒そうというの?」
「そうだ。これで決着をつけてやる」

 これは絶対に当たってもらわないと困る。
 プライドの高いレミレミならこう言えばいい。

「恐かったら避けてもいいぞ」
「ふんっ、安っぽい挑発ね。いいわ、あんたの術を粉々にしてあげる」
「やれるものならやってみろ。拳符!!」

 修行を積んできたオレの強さを見せてやる。
 自分の力を信じるんだ。オレは……これで勝つ!!

「『マスターストレートぉおおおおお!!』」

 レミレミの全身を覆うかのような太めのレーザーパンチ。
 まともに食らえばレミレミとて無事では済まないはず。

「紅符『不夜城レッド』」

 レミレミを中心に十字架のオーラが放出された。
 オレのマストがレミレミの十字架にかき消されてしまう。

「くっ!! もう一度!!」

 予備のスペルカードでマストを放つ。
 左腕が使えないので厚底くんを脱いで足の指でスペルカードを取り出した。
 そこにはとっておきの切り札。
 能力で危険信号が発していても構わうものか!!

「超符『身体超化ぁああああああああああああ!!』」

 極太のレーザーパンチとなって一気に放出される。
 やはり反動が強すぎて後ろに吹っ飛んでしまった。
 その時、後ろから受け止めてくれたのは……。

「鬼心、大丈夫か?」
「あまり大丈夫じゃないよ」

 スイスイがオレの身体を支えてくれている。
 右腕がつって痛いし、左腕も痺れたまま動けない。
 創造の柄を手放さなかっただけマシかな。

 さて、オレの倍増させたマストはどうなったのか?
 レミレミの十字架オーラに遮られているけど、レーザーパンチだって押し負けていない。
 そんな簡単に消されてたまるかよ。いけぇーーーーーーーーーーーー!!

 やがて放出していたレミレミの十字架が消えていく。
 さすがにずっと出しっぱなしというのは無理らしい。
 特大級のマストがレミレミに襲い掛かる。

「くっ!!」

 両手で受け止めているけど、ジワジワと後ろに下がっている。
 いける!! オレのマストは充分に通じているぞ!!

「いけいけぇ〜!! 吸血鬼を押しつぶせぇ〜!!」

 スイスイが楽しそうに応援している。
 ああいう力比べが大好きだからな、スイスイは。
 それにしても……。

 ……全身がズキズキとしやがる。

 マリマリと戦った時もこんな痛みを味わった。
 あの悔しさをバネに鍛えたつもりだ。
 全身の痛みは覚悟しているから我慢する。
 今はオレが放ったマストを最後まで見届けたい。

「わ……たしを……なめ……るな」

 な、なんだ!? この爆発的な妖力は!?
 レミレミめ、まだあんなに余力が残っているのか!?
 押されていたレミレミがその場に留まった。
 そして……。

「だぁーーーーーーー!!」

 投げ返した……だと?
 予想外の出来事に身体がとっさに反応できない。

 ……もうダメだ。

 そう思った瞬間、身体をガシッと掴まれる。
 おいスイスイ、一体なにを?

「天人、パス!!」
「うわぁっ!?」

 鬼の怪力で天ちゃんのいるところへ投げ飛ばされた。
 こんにゃろう、人をボールみたいに扱うな。

「ちょっと、勝手にこっちへ投げないでよね!!」

 文句を言いながらも天ちゃんは受け止めてくれた。
 ま、まさかスイスイ……。

「よっしゃあ!! こおーい!!」

 スイスイが両手を広げて真っ向からマストを受ける。
 鬼を相手に徐々に後ろに押していくのが見えた。

「くっくっく、これだよこれ!! 私はこういう力比べがしたかったのさ!!」

 スイスイの妖力が恐ろしいほどに高まっていく。
 改めてこいつらが最強クラスだと思い知らされた。
 よくまあ、こんな連中と一緒にいるよなオレって。

「うおりゃあああああああああああああ!!」

 スイスイの雄たけびと共にマストが爆発する。
 爆風が襲ってきたけど、天ちゃんがシールドを張ってくれた。
 モクモクとした煙がたちこもって何も見えない。
 しばらくして煙が消えていくと……。

「どうだい? 今みたいなことが吸血鬼風情に出来るかい?」
「できるわよ。ただ服が汚れるからしなかっただけ」
「今でも服がボロボロじゃないか。私の弟子を甘くみるからそうなる」
「小汚い鬼が偉そうにほざくな。あいつは血で結ばれた大切な食料よ」
「じゃあ勝負しようか。鬼の偉大な力を改めて思い知るがいい」

 どっちもオレの存在を無視して弾幕ごっこを始めた。
 これでようやくオレは休めるってものだ。
 あははっ、ちょっと眠くなってきた。

「ちょっと貴方、早くどきなさいよ」
「……」
「返事ぐらいしなさい――って、虫の息じゃない!?」

 ああ、うるさいなぁ。オレは疲れたんだよ。
 もう痛みの感覚がわからなくなってきた。

「貴方が死んだら私が退屈するじゃない!! 起きなさいよ!!」

 胸倉を掴まれてグラグラと揺さぶられる。
 なんという乱暴な……とんだ酷い天人がいたものだ。

「ぁぁ……や……め……」

 やめろと言いたいけど声が上手く出てこない。
 体内の霊妖力が使い切って空っぽみたいだ。
 あー、やっぱり無茶しすぎたせいかな?

「ねえ、ちょっと!! この子、死に掛けてるわよ!!」

 徐々に意識が曖昧になってきた。
 視界もぼやけてきたので瞼を閉じてしまう。
 もうこのまま……し……ぬ……か……。

「っ!!」

 しばらくして口の中に何かが入ってくる。
 それはとても甘くて美味しかった。
 不思議なほどに力が湧いてくる。
 こ、これは一体……なに?

「おおぉ、目が開いたよ。鬼心、生きてるかい?」
「なんで血なんかで回復するのよ。非常識じゃない」
「ふんっ、血の契約を交わしてるのだから当然の結果よ」

 紅い月をバックにレミレミの真っ赤な瞳が見える。
 口に入っているのはレミレミの指。
 その指先から甘味のある血を出してるみたいだ。

「もういいわね」

 レミレミの指がオレの口内から離れていく。
 目覚めは良いし、全身の痛みが消え伏せている。
 残りカスだった体内の霊妖力も満タンになっていた。

「それじゃあ、あんたの血を吸わせてもらうわね」
「待て待て、説明をしろ。これは一体なんだ?」
「うるさい。今の私は喉が渇いて早く血が欲しいのよ」
「こらっ、首を狙うな!! 約束を破るつもりか!?」
「なによ、契約の条件を忘れたとは言わせないわよ」
「約束は『無断でオレの血を狙うな』、条件は『オレの血を頂くこと』だろ?」
「そうよ。だから今、あんたの血を頂くわ」
「この場合、条件と約束の両方を守るべきだ」
「なんですって?」
「つまりこういう事さ」

 定期的にオレの血をレミレミに提供すること。
 ただし、レミレミから吸血をする場合はオレの許可を得ること。
 これなら条件と約束の両方を守ることができる。

「という訳でオレはまだ許可してないからダメだ。まずは説明を先にしろ」
「き、きさまぁ〜!!」
「炒った豆をプレゼントしようか?」
「わ、わかったわよ!!」

 レミレミが苛々しながらも説明してくれる。
 血の契約の影響で、レミレミの血が即効性のある回復ドリンクになった。
 甘味があって美味しく、消化も早いからいくらでも飲める。

「ねえ、もういいでしょう!? いい加減に血を飲ませなさい!!」
「わかったわかった。許す――って、こら!! 首はやめ――がっ!!」

 強引に押し倒されて首筋に噛みつかれた。
 異常なほどに貪られて吸い取られていく。
 急激に倦怠感や脱力感が襲ってきた。

 ……やばい、このままではオレが死ぬ。

 危険を察知する能力がそんな警告音を鳴らしている。
レミレミの綺麗な首筋が視界に入った。
 助かろうとする一心で噛み付いていく。

 ……レミレミが言ってたな。この牙があとで役に立つって。

 それは直感的な理解だった。
 レミレミが吸血しても失血死しないのはこういう事だと。
 血が美味しいから思い切り飲み尽くせるぞ。

「おぉー、どっちも必死だねぇ」
「な、何よ!? 何なのよあれは!?」
「にひひっ、吸い合う音がここまで響いているね」
「や、やめなさいよ。あ、あんなの不潔よ」
「やれやれ、天人はウブだね」

 牙を通じてレミレミの甘い血が湧き出る。
 ギュッと抱き締めてこれでもかというぐらいに吸いまくった。

 ……なんか、ふわふわして変な感じ。

 やがて互いの吸血が終わって身体を離す。
 首筋の噛まれた箇所はどちらも勝手に塞がった。
 どうにも全身が火照ってしまい目がとろけ気味である。

「お前、血をこぼしすぎ」
「あんたもこぼしてるじゃない」
「オレは未経験者だからな」
「ふーん、それで初体験はどう?」
「酒に酔う連中の気持ちはわかったような気がする」

 まあ、オレは下戸だから酒なんて飲めないけど。
 するとレミレミが呆れた顔でこう言った。

「お子ちゃまのあんたには、まだ吸血の快楽はわからないのね」
「なんで首を狙う? せめて腕にしなよ」
「そこが一番美味しいからよ。あんたも私の血が気に入ったんでしょう?」
「……さて、夜食でも作るか」
「美味しいおつまみを頼むよぉ〜。んぐんぐんぐっ、ぷはー」
「へいへい。で、天ちゃんの顔が赤いけど風邪か?」
「ち、近寄らないでよ!! この不潔っ子!!」
「はあ? ま、どうでもいいや」

 しばらくして酔ったような気分が消え伏せた。
 天ちゃんがなんか騒いでたけど聞き流す。
 とにかくスイスイにつまみ料理を出してしまおう。

 ……あれっ? レミレミの機嫌がやけに良いな。

 まるでお気に入りの玩具を手に入れたかのような笑顔だ。
 うーむ、なにか大切なものをレミレミに奪われた気がする。
 あまり深く考えないほうが良さそうだ。

 ………………。
 …………。
 ……。

 レミレミと血の契約をしたおかげでスペルカード作りが楽になった。
 予備も作れるようになって万々歳である。
 しかし……。

「だ、だるいぃ〜」

 調子に乗ってスペルカードを作りすぎた。
 いくら霊妖力が膨大になっても限度がある。
 そんなバテバテのオレを見てレミレミが笑う。

「ふっ、無様ね」
「やかましい。こんなの、ちょっと休んだら回復するよ」
「ふーん、どのぐらい休むつもり?」
「身体のだるさがなくなるまでだ」

 この疲労の度合いなら太極拳の呼吸法で十五分もすれば回復するだろう。
 いつもの感覚でオレが休んでいると。

「今までのあんたは体内の力が少なかったから回復も早かった」
「んっ?」
「でも、血の契約をしてからあんたの力が増したわ」
「……なにが言いたい?」
「消費した力を回復するにはとても時間がかかるのよ」
「……マジかよ?」

 契約前のオレは霊妖力が少なかったので満タンに回復するのも早かった。
 だが、今は霊妖力が急激に上がったので回復に時間がかかる。
 つまり、回復が遅く感じてだるさが継続してしまうということだ。

「なんてこったい」
「手早く回復する方法ならあるわよ」
「ま、まさか……」
「私の血を吸いなさい。その牙でね」
「やっぱり……」
「その代わり、私もあんたの血を吸わせてもらうわ」
「せめて首以外に――って無視かい!?」

 抵抗しようにもレミレミにしがみつかれて動けない。
 ガブッと首筋に噛み付かれてチューチュー吸われていく。
 ここまできたらオレも対抗して牙を立てるしかない。

 ……こりゃあ、洗濯するのが大変だな。

 なんて思いながらお互いに吸血行為を続けた。
 そのたびに天ちゃんが騒ぐけど放っておく。
 スイスイなんて酒の肴だと言わんばかりに見物してるし。

「うふふっ、あなたの血は病み付きになるわね」
「オレはこのふわふわ感がどうにも慣れない」

 吸血の快楽とか言われてもよくわからないし。
 全身がポカポカして変な感じがするとしか言い様がない。
 とにかく冥界の白玉楼に向かって出発だ。

 天ちゃんがスイスイにからかわれるのはいつも通り。
 このままだと五分もしないうちに弾幕ごっこだろう。
 ったく、こいつらは自分達の暇つぶしばっかり。
 
「なあ、レミレミ」
「なに?」

 オレに日傘を持たせて隣を歩いているレミレミ。
 レミレミがチラリとこっちを見た。
 でもすぐに二人のバカなやり取りに視線を戻している。

「血の契約って他にも何かあるだろ?」
「何かってなによ?」
「オレの勘を甘くみるな」

 血で繋がったせいかレミレミの存在がより近くに感じる。
 遠くに離れたとしてもすぐ傍にいるような距離感。
 この血の契約は他にも何かが隠されているような気がする。

「貴方はもう私から離れられない運命なのよ」
「どういう意味だ?」
「ふっ」
「鼻で笑うな。答える気はないようだな」
「だったらどうなの?」
「オレから試してやる。嘘だったらお前のチョコもらうからな」
「じゃあ本当だったらあなたの血を吸わせてもらうわよ」
「いいだろう」

 日傘を渡してオレはその場から逃げ去る。
 とりあえず、森の一角に隠れてみようか。
 しばらくすると……。

『それで隠れたつもり?』

 どこからともなくレミレミの声が聞こえた。
 正確には牙を通じて脳に伝わっているようだ。
 アッという間にオレを見つけやがって。

「この牙が発信機代わりか」

 これじゃあ、どこに行ってもレミレミに筒抜けじゃん。
 プライバシーも何もあったものじゃないな。
 まあ、オレは元からそんなもんないけど。

「とりあえず戻るか。そろそろ天ちゃんがフルボッコで負けるだろうし」
「待ちなさい。約束の血を頂くわ」
「この牙、取ってもいいかな?」
「無駄よ。その牙は絶対に取れないわ。仮に抜けたとしてもすぐに生えてくるのよ」
「鬼化の長い髪に続いて吸血鬼の牙まで再生するのか」

 オレは大人しく血を吸わせてやった。
 一方的に吸われると命が危ないのでオレも吸うはめに。
 レミレミめ、何かと血を求めることが多くなったな。

「もうちょっと遠慮しろよな」
「なによ、あんただって美味しそうに飲んでるくせに」
「オレは失血死を避けるために飲んでるだけだ」

 戻ってみると予想通りに天ちゃんがボロボロだった。
 スイスイ、もうちょっと手加減してやれよ。
 天ちゃんのガッツには敬意を抱くけどね。

「ねえ、手がくたびれたわ」
「日傘ぐらい自分で持てよ」
「なによ、私に文句でもあるの?」
「ある――いたたたっ!! 爪はやめい!!」

 もし、オレの勘が正しければ……。
 オレの血を求める理由は他にもあると思う。
 血の契約によってオレの霊妖力を急激に増した。
 では、それはどこからやって来たのか?
 おそらく、レミレミがオレに力を与えているのだろう。

「ま、オレには関係……あるか」
「なんの話よ?」
「契約でお前に負担が掛かっているという話」
「なに、心配してくれてるの?」
「全然」

 どうせお前はオレの血で補ってるんだろう。
 どういう仕組みかはわからないけど、吸血し合えばお互いに回復するし。
 心配するとしたら洗濯が増えることぐらいか。

 ――貴方はもう私から離れられない運命なのよ。

 レミレミの言葉を思い出した。
 とてつもない契約の重みというのを感じさせる。
 今後の先行きに漠然とした不安を抱いた。



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