スイスイ・天ちゃん・レミレミ。
 この三人のお守りをしながら旅を続けていく。
 今日はいつにも増して寒さが染み渡っていた。

「鬼に天人に吸血鬼。三人とも寒さに強いんだね」

 忍び装束の上に厚手のマントを羽織っても寒い。
 遮符『天球壁』で冷たい風を遮っても気休め程度だ。

「えへへ、鬼は鍛え方が違うのさ」
「ひ弱な地上の民と一緒にしてもらいたくないわ」
「ふっ、あんたはそのままブルブルと震えてなさい」

 今まさに夕日が沈もうとしている。
 こんな寒空の下で野宿するのはさすがに自殺行為だ。
 なんとか寝床を確保しなければ。

「スイスイ、寝るための小屋とか作れない?」
「鬼の私に掛かれば楽勝だよ」
「支払いは大盛りの雑炊で」
「魚をたっぷりと入れてほしいね」
「咲さんの用意した荷物に干し魚がある。その辺りで手を打ってほしい」
「いいよ。毎度あり」

 交渉が成立したのでスイスイが小屋作りに入る。
 さて、その間に水汲みに行っておくか。

「二人は適当に休んで――」
「ふんっ、こんな有頂天の暇人と一緒にいたくないわ」
「奇遇ね。私も貴方みたいなチビ吸血鬼と――」
「ストップストップ!! レミレミはオレと一緒に来い!!」
「ちょ、ちょっと気安くさわら――」
「聞こえない聞こえない!!」

 レミレミの手を引いて川のほうまで走った。
 流れる水は吸血鬼の弱点だけど見る分には大丈夫らしい。
 うひゃ〜!! 流れる川のところは一段と寒いねぇ〜!!

「とっとと終わらせよう。レミレミは見張りをよろしく」
「誰に向かって命令しているの。殺すわよ」
「命令じゃなくて頼みだよ。嫌ならしなくていい」

 適当にあしらって水を汲んでいく。
 レミレミの扱いに慣れてきた自分がちょっと悲しい。

「んっ?」

 凍死するかもしれないという危険を察知した。
 この寒さに妖力が混ざっている。
 もしかして、雪女みたいな妖怪が潜んでいるのか?

「……試すか」

 どうも狙いはオレにあるらしい。
 危害を加えようとする存在の位置なんて能力ですぐにわかるぞ。
 ひとまず右手に霊妖弾を作って……。

「おりゃあ!!」

 潜んでいる相手に向けて投げる。
 弾はカチカチに凍って落ちてしまった。
 やはりこの程度の力では敵わないか。

「出てきなよ。寒さを操る人喰い妖怪さん」
「へえー、すごいわね。私の居場所だけでなく正体まで見破ったの?」
「さすがに名前まではわからないけどね」
「貴方があだ名大魔王でしょう。会えて嬉しいわ」
「その呼び名はやめて。オレは一撃屋の鬼心と言う。お姉さんは雪女ですか?」
「まあ似たようなものね。私は冬の妖怪のレティ・ホワイトロック。好物は言うまでもなく人間よ」
「やっぱり狙いはオレか。レホワさん、寒いから見逃してくれない?」

 なにしろ、指先が凍りつくほどに寒いからね。
 そんなオレを見てレホワさんの目がより一層に輝く。

「カチカチに凍った人間をガリガリとかじって食べるの。凄く病み付きになるわよ」
「固いのがお好みですかね?」
「そうよ。私が寒さを操って今から貴方を凍らせるの」

 うむむ、これはまずいな。
 オレの防御魔法では寒波を防げないし。
 どんなに危険を察知しても避けようがないじゃん。

「参ったな」

 指先から全身を巡って寒さが染み込んでくる。
 オレを凍死させるつもりのようだ。
 手足の感覚が麻痺して満足に動かせない。
 オレは死を覚悟していたが……。

「ねえ、私の食料に手を出すのやめてもらえる?」
「っ!!」

 レミレミのワンパンチでレホワさんが倒れてしまう。
 ……今の、かなりマジで殴ったな。
 レミレミの拳にべっとりと返り血がついていた。

「太陽が沈んだから日傘もいらないわね」
「レミレミ、もう相手は聞こえてないから」

 殴られたレホワさんは痙攣したまま気絶している。
 まあ、妖怪だから死にはしないだろう。
 レミレミが咎めるような目付きでオレに言った。

「あんたね、なんで手加減したのよ?」
「手加減?」
「こんなやつ、最初にもっと強い術を使えば倒せたでしょう」
「お前、オレを買いかぶり過ぎ。オレにそんな力……ああ、マストがあったな」

 遠距離の攻撃で一番強い大技のスペルカード。
 作るのに凄く手間が掛かるのでなるべく温存したい。
 また下手に使えば過剰防衛になりかねないほどの威力がある。
 まあ、寒さのせいで頭が回らなかったと言い訳しておこう。

「悪い。ちょっと動けないや」

 体内の霊妖力で治すにはまだ時間が掛かる。
 まあ、どっしりと腰を据えて気長に待とう。
 
「あんたのバカさ加減には本当に呆れてしまうわ」
「うるせえよ……で? なにをしている?」
「そっちこそ黙りなさい」

 オレの羽織ってるマントの中にレミレミが入り込む。
 モゾモゾと動いて正面から抱きついてきた。

「こんなに冷たくなって死人になるつもり?」
「死にたくはないな……レミレミは寒くないのか?」
「私は吸血鬼よ。あんたみたいな弱い人間と一緒にしないで」
「そりゃ悪かったな。あとで血をやるから今回の借りはそれで帳消しにしろ」
「ふっ、たっぷりと飲ませてもらうわ」
「死なない程度にしてくれよ。それと苦しいから力を緩めろ」

 お前は相撲のさば折りでオレを締め殺す気か?
 それにしても、レミレミの身体がポカポカしている。
 まるでカイロみたいだ。さらにレミレミの鼓動も聞こえてくる。

「吸血鬼も人間と同じように心臓があるんだね」
「当たり前じゃない。あんた、私を何だと思ってるのよ?」
「我侭な引きこも――ぐえぇ〜!! ギブギブ!!」
「はぁ〜、これだからお子ちゃまは嫌なのよ」
「なんか言ったか?」
「うるさい」
「へいへい。おっ、腕の感覚が戻ってきたかも」

 試しに抱き返してみる。
 まだ痺れが残っているから力が入りきらないか。

「お前、さっきより体温が上がった?」
「黙れ。今すぐに黙らないと殺すわよ」
「了解」

 レミレミの顎がオレの肩に乗っかっているから表情が見えない。
 そのまま抱き合って回復するのを待った。
 数十分が経過してようやく動けるようになる。

「さてと……」

 レホワさんを右肩に担いで左手で水の入った桶を持つ。
 これで準備万端。すぐに戻ってご飯の支度をしよう。
 おそらく、天ちゃんが機嫌を損ねて待っているに違いない。

「ねえ、そいつをどうするつもり?」
「オレの勘が正しければ、レホワさんも人間以外の食事ができるはずだ」
「あんたは自分を食べようとした妖怪を助けるの?」
「別にいいじゃん。オレの勝手だろ」
「ふんっ、バカには何を言っても無駄ね」

 レミレミが呆れ果てているけど放っておく。
 戻ってみると立派な小屋が出来ていた。
 さすがスイスイ、これなら大工の職人として就職できるぞ。

「おーい、客人もとい客妖怪を連れてきたよ」
「おっ、そいつは冬の妖怪じゃないか。よく食われなかったね」
「レミレミが助けてくれた。とりあえず、手当てをして料理でも振舞おうかと」
「人間が人喰い妖怪を助けるなんて、酔狂なことをするもんだね」
「別にそうしてはいけないって決まりはないでしょう」
「まあね」
「どうでもいいから、早く料理作りなさいよ。天人の私をいつまで待たせるつもり?」
「へいへい」

 天ちゃん、絶対に自分で料理を作ったことがないな。
 レミレミは論外だし、スイスイは焼き魚をするぐらいだし。
 まともに料理ができる仲間がいれば楽なんだけどな。

「やれやれ」

 スイスイには約束の雑炊を作って酒のつまみとした。
 天ちゃんのほうは鍋焼きうどんを作ってやる。
 前に作った時、かなり気に入ってくれたからな。

「まあまあの味付けね」
「そりゃどうも」

 あとはレミレミにオレの腕から血を吸わせてやる。
 その間、オレは鉄分の多い肉料理をモグモグと食べた。
 食事が終わってしばらくすると……。

「んんっ……んっ?」
「おはようございます、レホワさん」

 さすが妖怪、顔面の怪我がほとんど治りかけている。
 レミレミの一撃を食らってよく無事でいられたものだ。
 でもあいつ、なんか知らんけどマジ殴りだったよな?

「あ、貴方……こ、ここはどこ?」
「スイスイの作った小屋だよ。ここまで運んだのはオレです」
「なんで?」
「オレがそうしたかったから。レホワさんは冷たい食べ物がお好みかな?」
「え、ええ」
「じゃあ、この桶に入れた水をさっきの能力でカチカチにして下さい」

 本当はチルチルの氷があれば最高なんだけどな。
 こっそりと味見した時、すっごく美味しかったから。
 チルチルは氷の質なら最強と言ってもいい。

「貴方、私が恐くないの? 今ここで食べられるかもしれないのに」

 そう言いながらも律儀に水を凍らせてくれる。
 オレは凍った水をまな板に乗せて銀色ナイフを取り出した。

「慣れてるから別に恐くないよ。ゆかさんレベルなら話は別だけど」

 チーズのように滑らかに氷を削っていく。
 焦らず、慎重に、細かく。
 削った氷の結晶を器に盛り付けていった。
 
「それに、オレを食べるのはやめといた方がいい。後ろの三人が控えている」
「やっほー、怪我は大丈夫かい?」
「ふんっ、つまらないわね」
「あんなの天人の敵じゃないわ」

 瞬く間にレホワさんの顔色が青ざめてしまう。
 ま、当然の反応だろうな。
 三人とも幻想郷で名の知れた実力者。
 レホワさんのレベルでは勝てない連中ばかりだ。

「あ、貴方、私を殺すつもり?」
「全然。それより『かき氷』を作ったからどうぞ」

 砂糖をシロップにしてかき氷を差し出す。
 無論、ちゃんと食べやすいようにスプーンも添えた。
 レホワさんが怪訝そうにしながらも食べてくれる。

「おいしぃー♪」
「気に入ってもらえて良かった」

 氷を削る作業は非常に神経を使うからな。
 これで不味いなんて言われたら正直へこんだぞ。

「ねえ、おかわりはあるの?」
「じゃあ、さっきと同じように水を凍らせてくれ」

 追加の特盛りかき氷を作ってやった。
 体内の霊妖力で集中力を補ったけどマジで疲れたよ。
 あー、手回しかき氷機でもあれば楽なのに。

「変な人間ね。私みたいな人喰い妖怪に美味しいものを作るなんて」
「それはそれとして。レホワさんは暖炉に近づいても大丈夫なの?」
「ええ。冬の焚き火は私にとって風物詩よ」
「それなら雪のかまくらをお勧めします」

 レホワさんに雪のかまくらの作り方を教えてみた。
 まだ雪が積もっている時期だからちょうどいいだろう。
 作ったかまくらの中でお餅を焼くと美味しいんだよね。
 ああ、想像するだけで涎が出てきた。

「じゃあ、このお礼はそれで返すわね」
「レホワさんは雪のかまくらをよろしく。オレ達は餅と炭火を用意するよ」
「その時は貴方を食べてもいい?」
「ダメです。招待するならオレを食べないことが条件だよ」

 スイスイを証人もとい証鬼にして約束を交わす。
 こちらに危害を加えず、雪のかまくらで一緒にお餅を食べる。
 もし約束を破ったらスイスイが容赦しないってな。
 これでオレは安心して焼いた餅を楽しめる。

「レホワさん、ちょっと待ってて」

 咲さんの用意した荷物に炭火や網はあるけど、お餅までは入っていない。
 ……うむ、ラー姉さんに頼んでみるか。
 『連絡の腕輪』を装着してラー姉さんに呼びかけてみる。

『もしもし、ラー姉さん』
『久しぶりだね鬼心、私に何か用かな?』
『ええ、実は……』

 事情を説明してラー姉さんにお餅を求める。
 するとラー姉さんは……。

『君は変わってるね。普通の人間は人喰い妖怪を恐れるものだよ』
『それはそれとして、お餅は手に入るかな?』
『紫様が起きている時には万が一のために用意しているが』
『たしか冬眠中でしたね?』
『うむ、申し訳ない』
『じゃあ入手先は人里しかないって事かな?』
『いや、地底のほうで手に入るよ』
『あれっ? ラー姉さんは地底を嫌ってないの?』

 冬眠する以前、姐さんがオレのところへ来たことがある。
 単なる暇つぶしって事で、オレはお茶を振舞って色々な話を聞いた。
 話題のひとつとして挙がったのが地底のことである。
 姐さんはやけに地底の妖怪を嫌っていた。
 なんでも地上の妖怪を横取りされたとか何とか……。
 難しい話だったのであまりよくわからないけど。

『個人的な感情としては特に嫌っていないよ。まあ、紫様が嫌っているのであまり地底に行くことはしないが』
『今は冬眠中だから問題ないと』
『そういうことだ。確認をとってみるから少し待っててくれ』
『うん、ありがとうラー姉さん』

 ラー姉さんのおかげで明日の朝に届けてくれることになった。
 こちらの連絡を終えてレホワさんと向き合う。
 
「レホワさん、明日の昼以降ならいつでもOKだよ」
「わかったわ。それまでに雪のかまくらを作っておくね」
「オレ達はこの小屋にいるから、完成したら呼びに来て下さい」
「ええ、かき氷ご馳走様。また明日ね、変な人間さん」

 レホワさんはにっこりと微笑んで立ち去った。
 雪のかまくらか。マジで楽しみが増えたな。

「ふーん、あんたって能天気ね」
「いいだろ別に。こんな人間がいても罰は当たらん」
「あははっ、さすが私の弟子だね。そこの吸血鬼風情とは器が違うんだよ」
「なによ小鬼のくせに……殺すわよ」
「酒の肴に喧嘩するのもいいね。ちょうどお前が本領発揮できる紅い月だよ」
「おい二人とも、戦うなら表でやってくれ」

 スイスイとレミレミは小屋の外で弾幕ごっこを始める。
 まったく、寒空の冬によくやるよな。
 オレは特に気にもせず、お茶を淹れて一息ついた。

「ちょっと、私にも淹れなさいよ。気が利かないわね」
「もう出してるよ。ほら、そこに置いてあるだろ」
「……いつ出したのよ?」
「天ちゃんがあの二人の弾幕ごっこに気を取られている隙に」
「貴方、動いてなかったじゃない」
「こんな感じで動かした」

 天ちゃんの傍に置いた湯飲みに指を差して念じる。
 指を軽く上に動かすと湯飲みが浮き上がった。

「えっ!? なにそれ!?」
「超能力の『テレキネシス』。まあ、念力と言ってもいいけど」

 指を軽く前に出すと浮いた湯のみが前進する。
 右に曲げると右へ、左に曲げると左へ。
 指を下げると湯のみも下がっていく。

「な、なんなの!? 変なカラクリで私を惑わすつもり!?」
「そんな大げさな。天ちゃんも、これぐらいは簡単にできるだろ?」
「わ、私がそんなくだらない事!! や、やるわけないじゃない!!」

 あれっ? 本当にできないのか?
 ま、どっちでもいいけど。
 
「でも、これって実用性がないんだよな」

 念力を使うと凄く疲れるし、ぶっちゃけ自分で動いたほうが早い。
 ハッキリ言って割に合わない。
 これを応用すれば弾幕を作れそうな気はするんだけど……。

「それより、天ちゃんのいる天界ってどんな所なの?」
「唐突に何よ?」
「単なる暇つぶしさ。答えたくないなら無理にとは言わない」

 天ちゃんはお茶を飲んで間を取ってくる。
 しばらくして天ちゃんが拗ねたようにこう言った。

「天界はとても退屈な所よ。毎日が歌と踊りばかりで」
「料理はどう?」
「毎日が桃ばかりで飽きてくるわ」
「そりゃ飽きるわ」

 天ちゃんに聞いた限りだと確かに退屈そうだな。
 贅沢な場所と言えなくもないけど。
 少なくともオレは天ちゃんと同じ考えになるね。

「でもさ、天界の人間が地上にいるのって問題にならないか?」
「ふんっ、私がいないほうが向こうもありがたいと思っているわよ」
「ほぉー、厄介払いか」
「言ってくれるじゃない。子どものくせに」
「子どもとか言うな。まあ、利害が一致してるならそれもいいでしょう」
「なにがよ?」
「天界にとっては厄介払い、天ちゃんにとっては地上の暇つぶし。どっちも利があるじゃん」

 ただな、オレとしては他を当たれと言いたいぞ。
 鬼と天人と吸血鬼の面倒をみているオレはとっても苦労しているからな。

「どうせ貴方も、私がいたら迷惑だと思ってるんでしょう?」
「うん、とっても迷惑だから早くどっか行ってくれ」

 満面の笑顔でシッシッと追い払う仕草をしてやる。
 そりゃもう、天ちゃんが消えてくれたらどれだけ助かるか。
 面倒な相手が一人でもいなくなれば清々します。

「うふふっ、本当に言ってくれるわね」
「待て待て、剣を構えるな。オレは普通の人間、天ちゃんは天界の人間」
「関係ないわ。天道は私の手にある!!」
「そっちのほうが関係ない!!」

 その後、オレは天ちゃんにフルボッコにされた。
 いくら峰打ち(側面打ち?)で手加減してくれても痛いものは痛い。
 天ちゃんを厄介払いする天界の気持ちがよくわかりました。

 ………………。
 …………。
 ……。

 次の日の朝。
 早めに食事を済ませて、いつでも迎えられるように待つ。
 すると……。

「むっ?」

 扉付近の床から黒い穴のブラックホールが発生。
 そこからひょっこりと顔を出したのは……。

「うー♪」
「お前、モグじゃないか。久しぶりだね」

 相変わらず外見はもぐらの着ぐるみをした女の子。
 外の世界で妖怪退治屋をしていた時に助けた妖怪のひとりだ。
 そのモグが大きな風呂敷包みを差し出してくる。
 中を開けてみると大量の餅が入っていた。

「こんなに沢山……本当にもらっていいの?」
「うー♪」
「わかった。ありがたく頂戴するよ」

 お餅の保存方法は心得ているので余っても大丈夫だ。
 それにしてもレミレミよ、さっきから威嚇しまくりだな。
 モグとは初対面のはずだが、何か恨みでもあるのか?

「ちょっと何よ、その土臭い獣は?」
「レミレミ、そう睨むなって。モグが恐がる」
「よっ、この間は世話になったね」
「あれっ? スイスイはモグのことを知ってるの?」
「地底の旧都で勇儀と飲み明かした時に会ったよ。そいつが追加の酒を運んでくれてな」
「勇儀ってスイスイの仲間だっけ? 同じ鬼の?」
「そうさ。酒の席でお前のことを話して盛り上がったよ」
「そのせいで挑戦者リストに載ることに……」

 文文。新聞によれば勇儀のコメントにこう書かれてある。
 『萃香が鍛えた人間にとても興味がある。久しぶりに本気で楽しめそうだ』

「鬼が全力で向かってきたらオレは即死だね」
「大丈夫さ。お前はちゃんと鍛えているからすぐには死なないよ」
「死ぬのは確定かい!!」

 ま、ここで愚痴っても仕方がない。
 気分を変えるためにも別の話題にしよう。

「なあスイスイ、地底でワタと筋肉坊主に会わなかったか?」
「おー、会ったぞ。もこもこの妖怪は地底の呉服屋で働いていたね」
「マジで? あのワタが服を作るの?」

 ワタの外見はわたあめみたいな毛並みの小動物。
 毛で覆われているため手足が見えない。
 そんなワタが服を作る……うーん、想像できないぞ。

「違うよ。そいつの毛が服の繊維としてピッタリ合うのさ」
「ワタの毛で作った服なのか。でもワタを丸裸にするのは可哀想だ」
「いや、そいつの毛はいくら切ってもすぐに生えてくるんだよ」
「へえー、それは凄いな」
「『自分の体毛を再生させる程度の能力』を持っているのさ」

 なるほど、ワタも幻想郷で能力に目覚めたのか。
 そのワタの毛は地底だけでなく人里でも人気があるらしい。
 フミフミの作った新聞にも載っていた。

「で、坊さんのほうだけど、勇儀の使い走りをやっているよ」
「あちゃ〜」

 鬼にコキ使われる筋肉坊主……可哀想に。
 まあ、オレも人の事は言えないけど。

「その坊さんはお前のことを気にしていたよ。元気でやってるかってな」
「とりあえず生きてはいるよ。あ、そうだ」
「うー?」
「モグ、ちょっと礼状をしたためるから待ってて」
「(コクン)」

 相手に感謝を伝えるのが当然の礼儀だ。
 本来なら直接会ってお礼を言うべきなんだけどね。
 今は武者修行の旅をしているから無理だし。

「はいモグ、この礼状を地底の当主さんに渡してくれる?」
「(コクン)」
「ついでに『オレは見られても困る心がないから』と伝えてくれ」
「(コクン)」
「達者でなモグ。道中は気をつけろよ」

 モグが床を通じて穴掘り動作を始める。
 そこからブラックホールみたいな黒い穴が出来た。
 掘り進めるようにしてモグが去っていく。
 モグが作った穴は数秒もしないうちに消えた。

「すげぇ〜。まるで姐さんのスキマみたいだ」
「あのもぐらは『地下を移動できる程度の能力』があるのさ」
「移動の仕方がもぐらそのものだったね」

 ただ掘っているのは地面じゃなくて異次元だけど。
 いいな、オレもああいう能力がほしいな。
 それから適当に過ごしているとレホワさんがやって来た。

「こんにちは、レホワさん」
「まだノックもしてないのに」
「さぁ行こう♪ すぐ行こう♪ いま行こう♪」
「そんなに急がなくても……ホント変な人間ね」

 レホワさんの手を握って駆け出す。
 一刻も早く雪のかまくらでお餅が食べたいのだ。
 レホワさんが苦笑しながら案内してくれる。
 すると、オレとレホワさんの間にレミレミが割り込んだ。

「おいレミレミ、割り込み禁止だぞ」
「子どもみたいにはしゃいでバカじゃないの」
「なんだと……おりゃあ!!」

 回し蹴りを放つも軽くかわされて足払いを食らう。
 転んだオレの顔面に雪の塊をぶつけてきた。

「げふげふっ、いてぇな。殴るぞ」
「私に勝つつもりでいるの?」
「当然だ。今ここで決着を――って、今はそれ所じゃない!!」

 そう、今のオレはお餅という食欲が最優先だ。
 レミレミを放ってレホワさんに再び案内してもらう。

「うぉっ!?」

 レミレミ、後ろから飛び蹴りとは卑怯すぎるぞ。
 事前に危険を察知してなかったら危なかったって。

「スイスイ、こいつ何とかして」
「いいぞ♪ もっとやれ♪」
「ダメだこりゃ。天ちゃん、お助け」
「ふんっ、知らないわよ。勝手に遊べば」

 おいおい、こっちはこっちで何か拗ねてるぞ。
 あー、面倒くさいな。レミレミも天ちゃんも。

「レミレミは吸血鬼だけど、お餅は食べたことある?」
「ふんっ、私に知らない食べ物なんてないわ」
「レホワさんは?」
「新年の宴会を除いてはあまりないわね」
「スイスイは酒のつまみにお餅はOK?」
「オーケーだよ。えへへ、楽しみだねぇ」
「……ねぇ、ちょっと」
「どうしたの天ちゃん?」
「なんで私には訊かないのよ!?」

 いや訊くまでもないから。
 と言うだけでは説明不足になるので答えてやろう。

「天界では桃を主食としているんだろ。だったら質問をする必要がない」
「きぃーーーーーーー!!」
「剣を地面に刺すな!! 地震はやめろって!!」

 ちょっと仲間外れになったからって拗ねるな。
 まったく体格はオレ達(レホワさんを除く)より大きいくせに心が子どもだ。
 ドタバタしながらも、レホワさんが作った巨大なかまくらに到着する。
 
「さすが冬の妖怪だね。これだけ広ければ充分に酒が楽しめるよ」

 スイスイはどこでも酒を楽しむだろうに。
 かまくらの中はどことなく温かい感じがする。
 冷たい雪で作ってあるのに不思議なものだ。
 
「よし、早速準備をしよう」
 
 オレは網を乗せて下から炭火で餅を焼く。
 皿と箸と餅につけるタレもOKっと。 
 おぉ〜!! お餅が膨らんできたぞぉ〜!!

「あんたね、なにをそんなに興奮してるのよ」
「いいだろ別に。スイスイ、お皿」
「あいよ」

 レミレミにはチョコ餅、天ちゃんにはきなこ餅、レホワさんには砂糖醤油。
 スイスイは何もかけずに焼いた餅をつまみに酒を飲む。

「天ちゃん、それはオレの餅だ!! 横取りするんじゃない!!」
「へえー、どこに貴方の名前が書いてあるの?」
「だったら、その餅に天ちゃんの名前でも書いてあるのか?」
「ええ、私の心に書いてあるわ。下界にあるものは全て私のものよ」

 うわぁ〜、世界の支配者みたいなバカ発言をしてやがる。
 これはまともに相手するだけ無駄だな。

「うひひっ、お前さんも一杯やりな」
「は、はあ……どうも」

 スイスイは人懐っこい笑顔でレホワさんと酒を酌み交わす。
 レホワさんはすっかり相手に呑まれているな。
 まあ、鬼の勢いなんて誰にも止められないし。

「ちょっとあんた、早く次の餅を焼きなさい」
「へいへい」

 って、オレに作らせてばかりじゃないか!!
 こっちはまだ一個も食べてないのに!!

「うふふっ、私にもお餅をちょうだいな」
「出たぁーーーーーーーーー!!」
「あらっ鬼心ちゃん、どうしたの? お化けでも見たように驚いちゃって」
「ゆゆさん、なんでここに!?」
「んもぉ〜、鬼心ちゃんったら意地悪よね」
「意地悪ってなにが?」
「こんな美味しいものを私に内緒で食べてるなんて」

 オレはまだ一個も食べてないんですけど。

「ゆゆさんはお餅の匂いに釣られたと?」
「ええ。フラフラとここまで来ちゃったわ」

 こ、これはやばいぞ!!
 ゆゆさんが参加したらお餅が全滅ということに!?
 お餅の安泰のためにもオレが阻止しなければ!!

「ゆゆさんは一撃屋の挑戦者でしたね」
「ええ。あれからどれだけ成長したのか興味があるわ」
「ならば言おう。お餅を食べたければ、このオレを倒してからにしなさい!!」
「うふふっ。それじゃあ、お言葉に甘えましょう」
「お餅はオレが守る!! いざ勝負!!」

 スイスイが声援を送り、レミレミと天ちゃんは呆れてため息ばかり。
 レホワさんは完全に置いてきぼりでおろおろしていた。
 オレは外に出てゆゆさんと真っ向から対峙する。

「そういえば、妖夢が半霊を長くして待っていたわよ」
「約束の件ですか?」
「ええ、貴方と剣を交えることを楽しみにしているわ」
「本当は今すぐにでも果たしてあげたいんだけど」
「お疲れ様。では、お餅は私が頂くわね」
「いいえ、オレがいただきます。まだ一個も食ってないし」

 なんか勝負する動機がすごく低次元な気が……。
 いや深く考えるのはやめておこう。
 勝ったほうがお餅を食べる権利をもらうのだ。

「鬼心ちゃん、いつでもいいわよ」
「ふっ、マリマリならこう言うだろう」
「?」
「弾幕はパワーだぜ!! 拳符!!」

 ゆゆさん相手に出し惜しみは無用!!
 初っ端で決めてやる!! マリマリを見習ってな!!

「『マスターストレートぉおおおおおおおお!!』」

 創造の柄を握ったままの右ストレート。
 そこから太めパンチビームが派手に放たれる。
 ゆゆさんは微笑みを崩さずに扇子を広げて。

「な、なんですとぉ!?」

 オレのパンチビームが受け流された。
 あんな扇子二本で軽々と……。

「そんなバカなことがあってたまるか!!」
「うふふっ、鬼心ちゃんはやんちゃね。そこが可愛いけど」
「ま、まだまだ!!」

 オレは必死で霊妖弾を投げまくった。

「おりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!!」

 数々の弾をゆゆさんが扇子で跳ね返してしまう。
 オレは銀色ナイフ二本を混ぜるようにして投げた。
 ただし、ゆゆさんに当てる形でなく横に素通りさせる方向で。

「いくぜ!!」

 指二本をおでこに当てて、ゆゆさんの後方を見ながらの瞬間移動。
 その方向から飛んでくるナイフをキャッチして投げる。
 ゆゆさんの背後を狙っての攻撃だが……。

「ざ、残像……だと?」

 扇子を両手に舞っているゆゆさんの動きが全く読めない。
 あれが流水の動きってやつか?
 だ、ダメだ。姐さんの友達は実力が違いすぎる。

「あの時よりも格段に強くなっているわね。驚いちゃったわ」
「オレは圧倒的な実力差に絶望しています」
「それじゃあ、私も……蝶符」
「ちょ、ちょっと――っ!!」

 ゆゆさんの後ろから蝶のように広げた巨大な扇が見える。
 普通の人間に死の危険度が高い大技を使うつもりか!?
 オレは咄嗟に防符『専心防御』で守りを固めた。

「『鳳蝶紋の死槍』」
「ぎゃあああああああああああああああああああ!!」

 高度なレーザーと蝶弾を乱射してきた。
 絶叫と共にオレの身体が吹っ飛んでいく。
 も、もうダメだ……意識が……薄れ……て。

 ………………。
 …………。
 ……。

 あー、まだ頭がクラクラしやがる。
 うっすらと目を開いてみると。

「あっ、気が付いたの?」
「レホワさん……あれっ?」

 ここってスイスイが作った小屋の中じゃないか?
 おっ、ちゃんと暖炉をとってくれて温かいな。
 レホワさんが膝枕をしてくれているみたいだし。

「他の連中は?」
「あの亡霊さんが餅を食べ尽くして、全員で雪遊びよ」
「む、無念……」

 オレのお餅よ、さらば。
 悲しみに打ち震えるオレに向かって。

「これひとつしかないけど食べる?」

 レホワさんが焼いたお餅を差し出してきた。
 わーい!! さすがレホワさんだ!!

「いただきまーす♪」
「怪我は大丈夫なの?」
「お餅のおかげでもう大丈夫です。えっへん♪」

 ようやく焼き餅を味わうことができた。
 これが美味しいの何のって、とにかく最高です。
 それにしても……。

「ごめんなさい、オレの知り合いがうるさくて」
「気にしてないわ。それにしても、貴方は本当に人間なの?」
「はい、普通の人間です」
「普通の人間があんなに強い妖怪達と一緒にいるなんて変よ」
「そう言われても成り行きだし」
「それにあの亡霊の強大な力を受けても生きてるなんて」
「トラウマになるぐらいに鍛えているから」

 まあ、ゆゆさんも手加減はしただろうし。

「あの〜、レホワさんはどうしてここに?」
「あの亡霊さんに貴方の看護をするよう頼まれたの」
「人喰い妖怪の貴方がオレを食べなかったのは何故?」

 一緒に餅を食べるという約束は果たしている。
 小屋の中にはオレとレホワさんしかいない。
 自由に食べて下さいと言わんばかりの状況じゃないか。

「貴方を食べる気が失せたのよ」
「不味そうに見えるからか?」
「そうかもしれないわね。貴方は煮ても焼いても食べられない人間」
「人間を冷凍して食べるあんたが何を言うかね?」
「あの亡霊さんとの戦いを見たわよ。あんなに強大な力を隠していたなんて」

 レホワさんがオレとまともに戦っても勝てないと言う。
 オレに言わせれば、寒さを操る貴方のほうが脅威なんだけど。
 要するに、レホワさんはオレを食べないことに決めたらしい。

「でも、こんなに楽しかったのは久しぶりよ」
「そうか。またこうして楽しめるといいな」
「またの機会があるの?」
「もちろん。今度はかまくら宴会にして盛り上がろう。冬にしか出来ないことだし」
「それもいいわね」

 話を済ませてからオレ達も外で雪遊びをした。
 人喰い妖怪の生き方というのも難儀なものだな。
 ま、とにかく無事に生き残れて良かったよ。



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