冬の寒さを一段と感じさせる夜の時間。
 紅い月が地上を照らして真っ赤に染め上げる。
 オレ達は山の空き家を借りて一晩を過ごしていた。

「へぇ……」

 レミレミが何かに気付いたみたいに眉を動かす。
 なんだ? オレの淹れた紅茶に何か不満でも?
 それならいつもの事だから軽く聞き流すぞ。

「なによ、その知ったかぶりな態度は?」
「天ちゃん、喧嘩を売るなら外でやって」

 ああいう時のレミレミは何らかの運命を見透かしている。
 一体なにを予知しているのだろうか?
 オレなりに話を促してみると……。

「ねえ、あんたは弾幕ごっこについてどう思う?」
「弱い者でもやり方次第で強い者に勝てる遊び。天ちゃんの時みたいにね」
「あ、あれは!! そっちが卑怯なことをしたからでしょう!!」
「卑怯も何もルールだし」
「私はそういうルールが気に入ってるわ。面白い遊びだと思うの」
「ふんっ、私にとってはくだらないお遊戯よ」

 天ちゃん、話の腰を折るのはやめなって。
 ほら、レミレミの眉がピクピク動いて危ないからさ。
 ったく、なんでオレだけがこんな目に……。

「命を奪い合うことが勝敗を決める訳じゃないしね」
「オレは一方的に命を奪われそうな目に遭うのだが?」
「貴様は少し黙ってろ」

 オレは肩をすくめてOKポーズを見せる。
 少しってどれぐらい? 何時何分何秒?
 なんて言ったら八つ裂きにされるので黙っておく。

「でもね、そんなのに興じたくないって輩もいるのよね」
「ふーん、それって私のことかしら?」
「いや、天ちゃんはちゃんとルール守ったじゃん。レミレミが言ってるのは別の連中だろ?」
「そうよ。それなりにいるのよね」

 その時、オレの危険を察知する能力が発動する。
 この空き家に夜襲を仕掛けてくる連中の気配だ。
 おそらくレミレミが言いたいのはそいつらの事だろう。
 ……また姐さんが仕掛けたのか?
 それにしてはやけに危険度が低すぎるぞ。

「今度は本物よ。もっとも相手はくだらない低級妖怪だけど」
「ほぉー、天人の私に向かって襲ってくるの。面白いわね」
「いいねいいね。私も混ぜてくれ」

 スイスイが知らない間にいるけど別に驚くことはない。
 もう慣れているので会話の流れに乗せてやろう。
 とりあえず地図のハチマキから戦いやすい場所を検索した。

「スイスイ、東の平地まで敵を誘い出せない?」

 この辺りの森林を巻き込むのは忍びない。
 障害のない平地なら思う存分に戦えるだろう。

「私の萃める力があれば楽勝さ」
「そっか。じゃあ頑張ってね」
「おいおい、お前は参加しないのか?」
「オレはここでのんびりと留守番するよ」

 危険度の低さから考えてスイスイだけでもお釣りが出る。
 まあ、レミレミや天ちゃんも暇つぶしに戦うだろうけど。

「なあ鬼心、知ってるかい?」
「なに――うおっ!?」

 スイスイの持ってる鎖がオレの身体に巻きついた。
 鬼のお仕置きを受ける際、何度か食らったことがある鬼縛りの術だ。
 うぅ〜、あんまり思い出したくないのに。

「鬼は人攫いをするものなんだ」
「スイスイがやりたいのは強制連行でしょう」

 下手にもがくと霊妖力が散らされるから性質が悪い。
 腕力だけでふりほどこうしても無駄なこと。
 鬼の怪力で締め上げられたら人間の身体なんてひとたまりもない。

「よーし、いくよ!!」
「うわあぁーーーーーーーー!!」

 スイスイに縛り付けられて平地まで運ばれてしまう。
 レミレミと天ちゃんは楽々とついていく。
 あーあ、結局こうなるのかよ。まあ、予想はしていたけど。

「スイスイ、運び方が乱暴すぎるよ。身体に鎖の跡がついたじゃないか」
「お前が楽をしようとするから悪いのさ」
「楽なものか――って、もう来ちゃった」

 あれが低級妖怪たちの軍勢?
 ザッと見た感じでは二百から三百ぐらいかな。
 姐さんが仕掛けた式神の時は一万を越えていたのに。

「今こそ俺達が頂点に立つ時だ!!」
「オオォーーーーーーーー!!」
「ごっこ遊びなんぞに興じる連中に俺達の恐ろしさを見せつけろ!!」
「オオォーーーーーーーーーーーーーー!!」

 うわぁ〜、完全に行け行けモードだね。
 オレ達に向かって問答無用の突撃かい?
 こりゃあもう話し合いで解決できそうにないや。

「ほら鬼心、サボってると鬼のお仕置きだぞ」
「へいへい」

 レミレミは東、天ちゃんは西、スイスイは南、オレは北。
 東西南北の方角に散らばって戦いを繰り広げる。
 オレは創造の柄を『斬馬刀』にしてうさ晴らしだ。

 ………………。
 …………。
 ……。

 ぶっちゃけ正直に言わせてもらう。
 こいつら、あまりにも弱すぎる。
 姐さんの仕掛けた式神妖怪のほうがまだ強かったぞ。

「おりゃあ!!」

 斬馬刀を打ち下ろしてから薙ぎ払いの連続攻撃。
 低級妖怪達がバッタバッタと吹っ飛んでいく。

「ひいぃ!! ば、化け物!!」
「それは本物の化け物に失礼だ」

 幻想郷というのは本当に常識が通じない。
 とりあえず勝ったものが正しいみたいな感じでいいのかね?
 まったく、弾幕ごっこのルールに従っておけばいいものを。

「にゃははっ!! 回れ回れ!!」

 スイスイが豪快に回して投げまくり。

「きゃははははははっ!!」

 レミレミは爪で八つ裂きモード。

「ほらほらっ、もっと私を楽しませてみなさい」

 緋想の剣で斬りまくる天ちゃん。

「こういうのって、住む世界が違うって言うんだろうな」

 十分も経たないうちに終わってしまった。
 スイスイの鬼訓練に比べたらあまりにも軽すぎる。
 ウォーミングアップにもなってないよ。

「ば……馬鹿な……こんな事が……」

 とりあえずリーダー格の妖怪だけが残っている。
 大人しく逃げていればいいものを。
 って、あの三人がいたら逃げられないか。

「お前、鬼心と一対一で勝負しな。こいつに勝てたら見逃してやるよ」
「な、何だと?」
「鬼心、その武器は使わずに素手でやりな」
「へいへい」

 創造の柄をスイスイに預けて前に出る。
 絶望していたリーダー格の妖怪がオレを見てニヤリと笑った。
 こいつらなら殺せると思っているのだろう。

「どうだい? 鬼心は人間だからお前でも頑張れば倒せるかもしれないよ」
「ふっ、よかろう。ガキひとりなら簡単に殺せ――げふっ!!」
「見た目で判断するな」
「おいおい、始める前から蹴り倒すなよ」
「仕方ないじゃん。オレを子ども扱いするから悪いんだ」
「ま、あの程度じゃお前でも十秒かからないか」

 レミレミと天ちゃんが物足りなさそうだ。
 今の低級妖怪達では勝負にならないから当然だろう。
 オレ達はさっきの空き家に戻っていった。

「スイスイ、なにをしてるの?」
「ドラム缶の風呂だよ。前に紫がやっているのを見たことがあってね」

 ドラム缶なんて幻想郷にあったのか?
 とりあえず、レミレミの返り血でも落としてやろう。
 あーあ、派手に浴びやがって。洗濯をする方の身にもなれ。

「あれがお風呂なの? 冗談にしても笑えないわね」
「あんなゴミみたいなお風呂、天人として絶対に認めないわ」

 はいはい、お前らは別に入らなくていいから。
 スイスイが一番風呂として真っ先に入っていく。

「んぐんぐんぐ……ぷはぁー、美味い♪」
「スイスイ、気持ち良さそうだね」
「お前らも一緒に入るかい?」
「じゃあ遠慮なく」
「あんた、あんな鬼と一緒に入るつもり!?」
「そうだけど何か?」
「鬼心は素直でいいね。ま、私の弟子だから当然だな」
「こいつは私の下僕よ!! げ・ぼ・く!!」

 誰が下僕だ、こんにゃろう。
 もういいや、相手をするだけ時間の無駄だ。
 気合いを入れて服を脱ぎ、乾布摩擦のようにして身体を――。

「う……あ」
「なんだ天ちゃん? 変な顔してるな」
「え、ええぇーーーーーー!?」

 天ちゃんが顔を真っ赤にして距離を取る。
 今、すごい勢いで後ろまで下がったぞ。

「あ、貴方!! お、お、おお……」
「こらこら、人に向けて指をさすな。スイスイ、入るよ」
「おー♪ 来い来い♪」

 変な天ちゃんと不機嫌なレミレミは放っておこう。
 オレはスイスイに抱っこされるようにしてドラム缶風呂に入った。

「どうだい、鬼心?」
「んん〜、すっごく気持ちいいや」
「そうだろそうだろ。んぐんぐんぐ……ぷはー」
「ねえスイスイ、天ちゃんの反応が変なんだけど?」
「あははっ、あいつはお前が男だってことに気付かなかったんだよ」
「失礼な。オレは男だってば」
「そ、そんなの聞いてないわよ!!」
「今、言った」
「変なもの見せてただで済むと思ってるの!?」
「変なものってなに?」
「う、うるさい!!」

 うるさいのはそっちだろう。
 ま、天ちゃんが何を見たとしてもオレには関係ない。

「うー!!」

 レミレミが唸ってるけど気にしない気にしない。
 今のオレは温かいお風呂に夢中だからね。

「鬼心、ちっとは力がついたか?」
「筋力トレーニングは毎日やってるよ。走り込みもね」
「いいね。じゃあ、風呂あがりに勝負しよう」
「スイスイは強すぎるからダメ。オレの戦術だってすぐに見抜くし」
「えへへ、嘘と酒には敏感だからね」
「いててっ、力任せに頭を撫でるな」

 スイスイはいつでも酔っ払って楽しそうだね。
 オレは何だかんだで酷い目に遭ってるのに。
 さて、レミレミが飛び込んでくる危険を察知したけど回避不可能だ。
 ひとまず両腕をX字して顔面を防いだ。

「レミレミ、いきなり飛び込むな」
「う、うるさい!! 私を差し置いて風呂なんて生意気よ!!」
「お前、絶対に身体拭いてないだろ?」
「貴様、なにが言いたい?」
「入浴中に爪を立てるな。スイスイ、こいつ何とかして」
「にゃははっ、いい酒の肴になるね。もっとやれぇ〜」
「この酔っ払いめ……あー、天ちゃんも一緒にどう?」

 その場を誤魔化そうと天ちゃんに声を掛ける。
 って、さすがに三人も入っているから無理かな。

「あんた達の入っている風呂なんかに、天人の私が入る訳ないでしょう」
「じゃあ小屋に戻ってなよ。風邪を引くぞ」
「言われなくても戻るわよ!! ふんっ!!」

 本当にレミレミ二号みたいに感情的なお姉さんだな。
 ま、とりあえず睨んでくるレミレミを何とかしないと。

「レミレミ、こっちこっち」
「なによ――っ!?」

 レミレミを後ろ向かせて抱っこしてみる。
 こうすれば爪のガリガリ攻撃を回避できるので。
 あとは何となくかな? その場のノリってやつ?

「ちょ、ちょっとあんた――」
「聞こえない聞こえない」

 本当に嫌ならすぐに振りほどくだろう。
 レミレミの文句なんていちいち聞いてたらこっちが疲れる。
 風呂ぐらいゆっくり堪能させてほしいものだ。

「お前の抱き心地は良いもんだね。優しい肌をしている」
「スイスイ、それは褒めてるの?」
「褒めてるんだよ。鬼心はどうだい?」
「どうって……レミレミの抱き心地は良いと思う」
「な、なにふざけたこと言ってるのよ!! 殺すわよ!!」
「良いものを良いと言ってなにが悪い?」
「ぷっくっくっく、やっぱりお前は面白い奴だよ。普通の人間とは思えないね」
「オレは普通の人間です」

 とにかくドラム缶風呂は楽しかったし気持ちよかった。
 レミレミと天ちゃんが変に動揺するのはよくわからん。
 スイスイにはその内わかる時が来るとか言ってたけどな。
 まったく、その内っていつのことだよ?



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