「レミレミ、そろそろ雨が降ってくるぞ」
「ふんっ、言われなくてもわかってるわ」
「だったら、オレの背中におぶされ」

 オレの防御魔法は効果範囲が狭い。
 おんぶでもしないとレミレミごと包んでくれない。
 超大柄リュックを前につけ、ダッフルバッグの紐を左腕に巻いて固定する。
 右手では防御魔法のスペルカードを握って準備万端だ。

「嫌なら別にいいぞ。痛い目を見るのはお前だしな」
「あ、あんたねぇ〜!!」
「おっ、降ってきた」
「っ!!」
「く、苦しい!! ちょっと緩めろ!!」

 まともに首を絞められてはひとたまりもないって。
 吸血鬼は夜行性のため、昼間に活動する時は力が半減する。
 それでも人間にとっては驚異的なパワーだ。

「遮符『天球壁』」

 シャボン玉の膜がオレとレミレミを取り囲む。
 これがバリアの役割を果たして雨を弾いてくれる。
 一枚ごとに継続できるのは五分ぐらい。
 まぁ、このカードは大量に作ってあるのでしばらくは大丈夫だ。

「本当に冥界まで歩いていくつもりか?」
「なによ。私に文句でもあるの?」
「このペースだと二週間以上は掛かるぞ」

 下手をしたら一ヶ月は過ぎるかもしれない。
 オレとしては冗談じゃない。
 まだメイド副長という仕事も控えているというのに。
 ……あ、バリアの膜が白くなった。
 残り一分前の警告ということで二枚目を発動させる。

「使えそうな空き小屋でもないかな?」

 まさに山あり谷ありの偏狭な道。
 人もいなければ妖怪もいない。
 地図のハチマキで安全な場所を探そうとした時。

「お二人さん、私の屋敷までご招待しましょうか?」
「その声は姐さん?」
「ピンポーン♪ 正解者には我が屋敷への一泊旅行をプレゼント♪」
「「っ!?」」

 強制的に足場のスキマへ吸い込まれるオレ達。
 反応するヒマなく落とされてしまう。
 池に落ちる危険を察知して着地寸前に身体を浮かした。

「やれやれ、姐さんは相変わらず悪戯っ子だね」
「ふっ、随分となめた事をしてくれるじゃない」

 落ちそうになった池から離れて広い庭に着地する。
 庭の正面には人里のものと同じく和風の佇まい。
 家の広さでいえば永遠亭に匹敵するかもしれない。

「いらっしゃいお嬢ちゃん達」
「姐さん姐さん、オレは男だからお嬢ちゃん違う」
「うふふ、そんな可愛い姿では誰がどう見てもお嬢ちゃんよ」
「やめてくれ。それならまだ坊やと呼ばれるほうがマシだ」

 からかわれながらオレは曇り空を見上げていく。
 オレの勘がこの天気の違和感を抱かせた。
 もしかして、レミレミが安全に動けるように姐さんが細工している?

「ま、訊いた所でとぼけられるのがオチだな」
「あらっ、なんのこと?」
「天気のこと」

 いつ晴れても降ってもおかしくない曇り空。
 まるでギリギリラインで生き残っているオレみたいだ。

「坊やは曇り空が嫌い?」
「いや、天気の中では一番好きだったりする」

 日光だと暑くて眩しい。雨だと濡れて冷たい。
 完全な曇り空のほうが涼しくて快適に動ける。
 って、吸血鬼と天気の好みが同じってどうよ!?

「こいつと同じ好みってなんか嫌だなぁ〜」
「貴様、何か言ったか」
「言ってない!! 言ってないから槍を引っ込めろ!!」

 今のレミレミはいつもよりも機嫌が悪い。
 爪よりもさらに危険な槍を出すなんて洒落にならない。
 多分、あれだ。姐さんのスキマ送りでムカついているのだろう。

「これは鬼心殿、八雲家にようこそ」
「あ、どうも。お久しぶりです」

 客間に入るとあの狐の妖怪が歓迎してくれた。
 温かい煎茶と和菓子の大福餅を振舞ってくれる。

「いただきます!!」
「坊やは甘いものが好きなのね」
「元々甘党なんだけど、術者にとっては最高の栄養源です」

 術を使う時って集中するから頭の中が疲れるんだよ。
 雨避けの防御魔法(天球壁)もそれなりに集中したし。
 そんな時、甘い物を摂取すると脳みそが元気になるんだ。

「ほら橙、ちゃんとご挨拶しなさい」
「シャーーーーー」

 狐の尻尾からひょっこり顔を出す猫の妖怪。
 あ〜、なんか初っ端から警戒しまくってるな。
 それもオレじゃなくてレミレミに向かってだ。

「へぇ〜、獣の成り下がりがこの私に歯向かうつもり?」

 レミレミよ、お前も機嫌直せ。互いに威嚇し合ってどうする?
 こうなったら仕方がない。オレから先手をとって挨拶しよう。

「初めまして、オレは鬼心って言います。よろしく」
「坊や、この二人のあだ名はどうするの?」
「ラー姉さんとチー姉ちゃん」

 オレが即答すると、呼ばれた二人がビクッと反応した。
 あれっ? なんかヤバイこと言っちゃったかな?
 でも危険を察知する能力は反応していない。

「あらっ、この二人にも姉と呼ぶようにするのね」
「姐さんが長女、ラー姉さんが次女、チー姉ちゃんが三女。オレの直感がそう解釈しちゃってさ……ダメでしょうか?」
「うふふっ、なるほど。じゃあ、藍もそれに合わせて彼を呼び捨てにしないとね」
「しかし……いいのでしょうか?」
「オレは構いませんよ。お二人さえ良ければ」
「えへへ藍様♪ 私達に妹ができちゃった♪」
「う、うむ……姉と呼ばれるのは悪くないな」
「待て、オレは男だよ!! お・と・こ!!」

 さっきまでの警戒モードはどこを吹く風か。
 姉と呼ばれることがよっぽど嬉しかったのだろう。
 こんなやり取りをしているとレミレミの機嫌がさらに悪くなった。
 ……ったく、ちょっと目を離すとすぐこれだ。
 オレはリュックの中に入っているチョコをレミレミに渡す。
 チョコに気付いたレミレミが目を輝かせた。

「はむはむ」

 ハムスターみたいな見事な食べっぷりである。
 今度、土樹にご機嫌取り用のチョコを注文しておこう。
 外の世界を自由に出入りできる彼ならチョコを簡単に入手できるだろうし。

「やるわね坊や、吸血鬼を手懐けるなんて」
「一緒にいたら嫌でもわかりますよ」
「早速だけど、約束を果たしてもらうわね」
「献立の要望はありますか?」
「そうね……今日の私は野菜料理が食べたいわ」
「私は魚だよ♪ お魚♪」
「できれば油揚げを使った料理を所望したい」

 姐さんは野菜料理、チー姉ちゃんは魚料理、ラー姉さんは油揚げ料理。
 レミレミは聞くまでもない。好物の納豆料理をすればいいから。
 よっしゃ気合いを入れて個別ごとの料理を作ろう。

「鬼心、私も手伝うよ」
「ありがとう、ラー姉さん」

 厨房に案内してもらい、ラー姉さんと一緒に料理を作る。
 料理はスムーズに進んでいるが、屋敷の外がやけに騒がしい。

「もしかして、弾幕ごっこ?」
「ふぅー、橙とあの吸血鬼が暴れているのだろう」
「ラー姉さん、止めなくていいの?」
「紫様がいらっしゃるから大丈夫だ」
「すみません、連れが迷惑をかけて」
「橙は遊び盛りの子だから、こちらこそ迷惑を掛ける」

 やっぱりラー姉さんは礼儀正しくていいな。
 あの姐さんの式神だから色々と苦労しているのかも。

「ところで、鬼心はどんな献立を?」
「個別ごとだからちょっと手間が掛かるけど」

 姐さんにはご飯・野菜のスープ煮・八宝菜・野菜のサラダ。
 チー姉ちゃんには鮭ご飯・さばの味噌煮・サンマの塩焼き・刺身サラダ。
 ラー姉さんには稲荷寿司・油揚げ入りの味噌汁。
 レミレミには納豆巻き・納豆汁。
 ちなみに、オレの分は余った材料で得意料理の雑炊を作る。

「鬼心は色々な料理が作れるのだな」
「咲さんがパノの図書館にある料理本で色々と試してね。それをオレに教えてくれたのさ。魂に刻み込むほどに」
「そうか……鬼心も苦労しているようだな」
「まあ、ラー姉さんほどではないと思う」

 それにしても、ここの材料や調味料は外の世界から入手しているな。
 明らかに幻想郷にはないものが含まれいてる。
 まあ、姐さんも土樹と同じく外の世界に出入りできるからな。
 別にそういうのがあってもおかしくはない。

「藍様、お手伝いにきたよぉ」
「あ、チー姉ちゃん。弾幕ごっこは終わったの?」
「とっくに終わったよ。紫様とお風呂入って綺麗にしたもん」

 おっ、チー姉ちゃんが拗ねてるっぽいな。
 レミレミに負けてへそ曲がりしているのだと思われる。
 こういう時は気持ちを切り替えさせてやるのがいい。

「じゃあ、ラー姉さんと一緒に運んでくれるかな?」
「いいよ。私は頼りになるお姉ちゃんだもん。妹の頼みを聞いてあげる」
「だから妹じゃないってば」

 二人の手伝いもあって料理作りは完了。
 食卓となる部屋まで料理を運んでいく。
 それから皆で一緒になって食べ始めた。

「坊やは八宝菜も作れるのね」
「咲さんがリンさんに振舞った料理ですよ」
「この稲荷寿司、さっぱりした味付けで食べやすいよ」
「ラー姉さんの口に合って良かった」
「はふはふっ!! ふぅーふぅー!!」
「チー姉ちゃん、焦らなくても焼いた魚は逃げないって」
「ふんっ、咲夜ならもっと美味しく作れるわ」
「それなら咲さんを連れて来い。こっちも楽ができて大助かりだ」

 とにかく、これで姐さんへの恩義は返したぞ。
 オレなりに満足して自分の雑炊を……あれっ?

「これだよこれ。これで酒がもっと進むよ」
「……スイスイ、いつからそこに?」
「んー、ずっといたよ。んぐんぐんぐ……ぷはー」
「相変わらず酒臭いな。ちょっと離れてよ」
「つれないこと言うねえ。私はお前の師匠だぞ」
「オレの師匠はリンさんだけだ。スイスイの場合は鬼教官って言うんだよ」

 こっちを見てクスクスと笑っている姐さん。
 スイスイが勝手に入っちゃってるけどいいのかね?
 下手にこいつが暴れると屋敷が軽く吹っ飛ぶよ。
 まぁ、そんなことしないと思うけど多分……。

 やがて食事が終わって満月の夜を迎える。
 久しぶりに会ったスイスイと談笑した。
 いつものようにつまみも作って盛り上がる。
 だが、ここで不穏な空気が流れてしまった。

「おい、そいつは私の下僕よ。横から掻っ攫うつもり?」
「ほぉー、鬼に喧嘩を売るか。でもあんたと私では格が違いすぎる。あんたの様な吸血鬼風情が、我ら鬼に敵うと思っているのかい?」
「敵うも何も……私とお前では格が違いすぎるでしょう? 私のように誇り高き貴族と泥臭い土着の民では比較にならないわ」
「その格の違い、試してみるかい?」
「そうね。格の違いを見てみるのも悪くないわね」
「お前らな、人様の家で喧嘩するな。やるなら表でやりやがれ」
「あらっ坊や。ここは人の家じゃなくて妖怪の家よ」

 姐さん、揚げ足取りをしてないで止めなよ。
 まー、この二人には言っても無駄なんだろうけどさ。
 こうして、レミレミとスイスイは外で弾幕ごっこを始めた。

「うふふっ、若いっていいわね」
「姐さん、やらせていいの? あの二人が派手にやったら屋敷が壊れるかも」
「大丈夫よ。境界をいじってちょっと細工すれば巻き込まれないから」
「もう何でもありだな」

 フミフミが巨大化したり、レミレミが得意の槍を投げまくったり。
 双方の弾幕は明らかにレベルが違っていて威力も絶大だ。
 やっぱり強者同士が戦うと迫力が違うね。

「あ、そうそう。坊やにプレゼントがあるわ」
「プレゼント?」
「そう。日頃がんばっているご褒美よ。左手を出しなさい」
「こうかな?」
「少しそのままでいてちょうだい」

 姐さんの扇子がオレの左手に不思議な力を宿していく。
 なんだろう? この感覚?
 オレが首をかしげていると……。

「もういいわよ。今から教える通りにやってみなさい」
「あ、はい」

 姐さんの指示に従って左手を突き出す。
 そして――。

「開け、スキマ」

 おぉっ!! これはすげぇ〜!!
 オレの左手を中心にブラックホールのようなスキマが出てきた!!

「よしよし、ちゃんとできたわね。じゃあ、次は左手をスキマに添えながら閉じるように呼びかけて」
「了解……閉じろ、スキマ」

 左手に吸い込まれるような形でブラックホールのスキマが消えていく。
 これって姐さんの能力じゃないの? なんでオレに?

「坊や、旅をする時は荷物がかさばって大変よね」
「うん、確かに」
「それはね『保管用のスキマ』なの。旅の荷物を入れておくにはお勧めよ」
「いいの? こんな凄い能力をオレにあげちゃって」
「言ったでしょう。頑張っている貴方へのご褒美だって。気に入ってもらえた?」
「もちろん、すごく助かるよ。ありがとう、姐さん」

 それから姐さんに保管用スキマの注意点を教わる。
 左手を突き出してスキマに呼びかけることが発動の条件。
 生き物を入れることは禁止。下手に入れると出てこれなくなるそうだ。
 スキマに入る量は無限のため定期的な整理整頓が推奨される。
 収納できる大きさとしてはタンスや本棚のような家具ぐらいまでなら可能。

「姐さん、スキマに入れた物を取り出すときは?」
「スキマに手を突っ込めば保管されてる物が頭に浮かんでくるわ」
「なるほど、地図のハチマキと同じ原理だね。あともうひとつ質問していい?」
「なにかしら?」
「この保管用スキマで弾幕を受け止めることはできないの?」
「スキマに当たった弾についてなら可能よ。でもお勧めはしないわ」
「なんで?」
「そんなことをしたら、中に入っている物がメチャクチャになるわよ」
「ああ、それは困る」
「それに保管用スキマは一度使うと閉じるまではその場に固定されちゃうの。動き回る弾幕ごっこには向いてないわ」
「なるほど、わかりました」

 オレは保管用スキマに旅の荷物を入れた。
 うわぁ〜、手ぶらで旅ができるのっていいねぇ〜。
 大喜びするオレを姐さんが微笑ましそうに見ていた。

「にゃはは、久しぶりに歯ごたえのある勝負だったよ」
「うぅ〜」

 スイスイの弾幕でついにレミレミが落ちてしまう。
 かなり善戦したようだがスイスイのほうが一枚上手だったか。

「やっぱりスイスイはすげぇな」
「そうだろそうだろ。鬼の力を侮ってはいけないよ」
「ふ、ふんっ!! ちょっと調子が悪かっただけよ!!」
「私はいつでも勝負してやるよ。お互いに退屈しなくて済むしね」

 スイスイはそう言ってひょうたんの酒を豪快に飲む。
 まさに豪傑の鬼といったところ。
 ああ、これが格の違いって事なんだろうな。

「鬼心、久しぶりに勝負しよう」
「スイスイ、さっきレミレミとやったばかりじゃん」
「お前の力が見たいのさ。良也より歯ごたえあるし」
「土樹と比べられてもな」

 彼は蓬莱人だけど非戦闘員だし。
 オレみたいな戦うタイプじゃないから比べる対象が悪いって。 
 なのにレミレミまで……。

「あんたね、サボってないで主人の敵討ちぐらいしなさいよ」
「だから、オレはお前の従者違うって!! ぐおぉっ!?」
「さぁーて、始めようか鬼心」
「始めなくていい!! オレを引っ張るな!!」

 スイスイに無理やり外に連れ出されてしまう。
 鬼というのはいつだって力押しだ。
 もうここまで来たら選択の余地はひとつしかない。

「うおりゃああああああああああああ!!」

 捨て身の肉弾戦で真っ向勝負に挑んだ。
 スイスイは素手でやり合う戦いが大好きだから。
 でも鬼の攻撃は洒落にならない。普通に死ねるよ。
 フルボッコで倒れたオレにレミレミが文句いいまくり。
 うぅ〜、自分だってやられたくせに。



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