朝に目が覚めて川辺で顔を洗おうとした。 その川に反射した自分の顔を見た時。 「か、髪が伸びた?」 急激に伸びた髪に気付いて首をかしげる。 昨日までは普通のショートカットだったはず? なんで尻まで到達するようなストレートロングに? 「これじゃあ女の子みたいだ」 オレには危険を察知する程度の能力がある。 レミレミからもらった首飾りでさらにその効果が高まる。 それによると、近いうちにオレが暴走するらしい。 とりあえず、スイスイを起こして相談してみよう。 「スイスイ!! 起きろ!!」 「んんっ……まだのめるよぉ〜」 「飲むなぁ〜!!」 スイスイを揺さぶって起こしに掛かる。 寝ぼけた鬼の鉄拳をかわすのは命懸けであった。 ようやくと言わんばかりにスイスイの目が覚める。 「……お前は誰だ?」 「ひどいなスイスイ。鬼心だよ」 「……鬼心、いつから女に化けたんだい?」 「いやいや、オレは女の子じゃないから」 とりあえずスイスイに髪を切ってもらおう。 スイスイはもったいないとか言うけど頭が重いので。 ところが――。 「鬼心、切った髪が消えてまた伸びたよ」 「な、なにぃ!?」 もう一度切ってもらおう。 むっ、確かに切った髪が消えてストレートロングに戻る。 不思議に思っているとスイスイが顔色を変えた。 「ま、まさか……」 「スイスイ、何か心当たりでも?」 「目の色は変わってない。角も生えてないね」 「あ、うん。髪の毛以外は特に……」 「これは一刻を争う事態だよ。すぐに永遠亭に行かないとね」 スイスイがオレの手を引いて飛び上がる。 鬼のパワーで腕がちぎれないよう必死でついていく。 しばらくすると迷いの竹林が見えてきた。 その中心に旅館のような建物がある。 「あれが永遠亭か?」 「そうだよ。さあ、すぐに入ろう」 「入るって……おいちょっと!?」 スイスイよ、いきなり戸を殴り飛ばすな。 吹っ飛んだ戸が兎耳のブレザーをしたお姉さんにヒット。 そのまま目を回すようにノックアウトしてしまった。 「スイスイ、ウサギの妖怪さんが――」 「急患がいるんだ。仕方ないのさ」 なんか紅魔館に突入するマリマリを思い出すよ。 あっちも強引に突き進んでいったからね。 でも、スイスイがこれほど焦るのは珍しいことだ。 今のオレはそれほど危険な状態なのか? 「スイスイ、通路に罠があるみたい」 「ふっ、鬼に向かっていい度胸だ」 いかなる罠があっても鬼の前では無意味。 すべてが一撃粉砕となり通路がメチャクチャだ。 兎耳の少女が巻き込まれてこちらもノックアウト。 おいおい、これじゃあ殴り込みだよ。 「あらっ、いらっしゃい。鬼が来るなんて珍しいわ」 やっと診療所らしき部屋に到着。 赤と青の二色衣装に身を包む女性がここの先生か? その先生の前にオレが突き出される。 「なるほど、鬼化の初期段階に入っているわね」 「えっと……」 「私の名前は八意永琳よ。貴方は?」 「鬼心です。よろしくエリエリさん」 「ふふっ、面白いあだ名をつけるわね」 「それがオレの能力なので。ダメですか?」 「別にいいわよ。まぁ、今は治療を優先しちゃうわ」 「はい、よろしくお願いします」 いくつかの問診と触診を受けて薬が処方される。 苦いのは嫌だったけど我慢して飲み干した。 「これでもう大丈夫よ」 「今の薬でたくさんの霊力を失った気がする」 霊力を百に例えると十ぐらいまで減った感じだ。 ためしに右手に霊力を溜めてみると……。 「あれっ? 霊力とはなんか違うぞ」 「それは鬼の妖力が混じっているのよ」 「鬼ということはスイスイの?」 「そうよ。貴方は鬼と長くいたことでその妖気に当てられたの。その結果、鬼化が進行していったというわけ」 「じゃあ、オレは鬼になったの?」 「いいえ、貴方は人間のままよ。早期に発見したのが幸いだったわね。さっきの薬で鬼化することはもうないから安心しなさい」 「そっか……スイスイありがとう、助かったよ」 「感謝することじゃないよ。それは私のせいだから」 スイスイの落ち込む顔なんて初めて見たよ。 ん〜、あまり良いものじゃないと思う。 やっぱりスイスイには酔っ払いの笑顔が似合ってるから。 という訳でスイスイの身体をくすぐってみた。 「な、なにするんだよ!?」 「ぐぉっ!? あ、あぶねぇ〜」 拳を振り回すなって。 あと数秒避けるのが遅かったら顔面ミンチだったぞ。 危険を察知する能力に感謝しまくりだ。 「鬼をからかうものじゃないよ」 「いや、励ますつもりでやってみたんだけど?」 だってオレは言葉で慰めるのは苦手だし。 行動で示したほうがてっとり早いじゃん。 「やれやれ……お前は本当に変わった人間だよ」 「なんと失礼な。オレは土樹と違ってごく普通の人間だ」 「普通の人間が鬼と一緒にいるというのもどうかしら?」 「エリエリさん、そりゃあないよ」 とにかく大事に至らなくてよかった。 オレの能力って直前でないと危険を察知できないことが多い。 でも、レミレミから貰った首飾りのおかげで事前にわかったのだ。 「ちぇっ、レミレミに大きな借りができたな」 敵に感謝するなんて何と皮肉なことか。 この借りは何らかの形で必ず返してやる。 「あ、そうそう。貴方の髪だけど、鬼化の影響でそのままだから」 「ずっとロン毛ってこと?」 「そうよ」 「まぁ、ハゲにならないだけマシだね」 長髪のせいで頭が重いけど慣れるしかない。 さて、ここで大切なことを質問しよう。 「エリエリさん、スイスイと一緒にいて再び鬼化する可能性は?」 もし鬼化で暴走するのであればスイスイと一緒に旅ができない。 その時は潔く一人旅で武者修行となるだろう。 オレの覚悟を察してか、エリエリさんが丁寧に答えてくれる。 「大丈夫よ。さっきの薬は永遠に抑制できる効果があるから」 「凄いですね。薬って一時的な効果しかないとばかりに思った」 「こいつは蓬莱の薬も作れるやつだからな。永遠に効果のある薬が作れてもおかしくないよ」 「あ、そうそう。念のためにこれを着けておきなさい」 エリエリさんがそう言って大きな赤いリボンを差し出す。 スイスイがつけているリボンとよく似ている。 「これには鬼化を抑制する作用があるのよ」 「制御装置みたいなものですか?」 「まあそんなところね」 なるほど、万が一のための保険だな。 なんか段々と女の子になっていくような気がするよ。 いや待てよ、考えようによっては……。 「ふっふっふっふ」 「鬼心、どうしたの?」 「スイスイ、ちょっと手伝って」 「いいけど……?」 赤いリボンをスイスイに渡して長い髪を結んでもらう。 髪型をポニーテールにしてオレは小さくガッツポーズをした。 「そんなに喜ぶようなことか?」 「喜ぶよ!! これでオレの背がまた伸びた!!」 長い髪をアップさせることで身長を高く見せるオレの作戦。 これで厚底くんもプラスにすれば鬼に片棒だ。 「鬼心、あの吸血鬼に負けたことがよっぽど悔しかったんだね」 そう、オレはレミレミよりも背が低い。 あの時の背比べ勝負でどれだけの屈辱を味わったことか。 しかし!! 「これなら勝てる!! 勝てるぞ!!」 「いやいや勝ってないから」 「スイスイのおかげだよ。鬼の影響だって悪いことばかりじゃないって事さ」 「はぁ〜、なんか馬鹿馬鹿しくなってきちゃったよ」 「そうそう。落ち込むスイスイなんてらしくないよ」 「うん、そうだね。鬼心の言う通りだ。んぐんぐっ――ぷは〜美味い」 「医者の前で酒を飲むなぁ〜!!」 「正確には薬剤師よ。まぁ、医者のような仕事もしているけど」 まぁいいや、ここで改めて状況を整理しよう。 鬼化の影響でオレはポニーテールになった。 永遠に効果がある抑制の薬で鬼化が解消された。 霊力が激減してスイスイの妖力が混じった。 さらに……。 「身体の調子がやけにいいな」 霊力は激減したのに身体能力が上がっている。 身体超化の状態をずっと続けているような感じだ。 さてと……。 「スイスイ、ちょっといい?」 「おぉ、なんだい?」 エリエリさんから離れて部屋の隅っこまでスイスイを引っ張る。 内緒話をするかのようにスイスイの耳元に話しかけた。 「ここの治療費どうするの? オレ、お金もってないよ」 「私もないよ」 「……よし、そのひょうたんを質に入れよう」 「おい鬼心!! 鬼の酒を奪おうって言うのかい!?」 「だって、それ以外に価値のあるアイテムがないだろ」 「お前の靴をやればいいじゃないか!!」 「ダメに決まってるだろ!! これはオレにとって命の靴だ!!」 「私の酒だって命の水だよ!!」 「ちょっと貴方たち、診療所で騒がないでくれるかしら?」 「「ガルルルルルルル!!」」 「はぁ〜、困ったわね。支払いを待ってもいいけど、返すアテがないのね」 ど、どうしよう!? このままでは牢屋にぶち込まれて打ち首になる!! まだ旅を続けて強くなろうとするオレの夢が……。 「仕方がないわ。こうなったら貴方たちの身体で払ってもらうわよ」 「か、身体で!?」 「スイスイ、どうしたの? 顔が赤いけど風邪?」 「な、何でもないよ!!」 「変なスイスイだな。要するに働けってことでしょ?」 「そうよ。貴方たちのせいで弟子が動けなくなったしね」 スイスイの強行突破で巻き込まれた兎耳の妖怪たちのこと? うわぁ〜、可哀想に。 動けなくなるほどの怪我を負ってしまったのか。 「つまり、その代理をやれと?」 「呑み込みが早くて助かるわ。仕事の内容はこれに書いてあるから」 「えっと……置き薬の集金と使った薬の補充ですか」 「ええ、よろしく頼むわね」 よし早速、準備に取り掛かろう。 オレは薬箱を背負って地図のハチマキを使う。 今回の行き先は人里だけでいいのでその方角を確認した。 「行き先を把握した……では、行ってきます」 「おぉ〜、働け働けぇ」 「スイスイも働けよ!!」 「そうね。貴方には壊した通路の修理をお願いするわね」 「ちぇっ、わかったよ。ま、こういうのは得意だから任せな」 オレは永遠亭を出て空を飛ぶ。 上空から見る竹林は実に複雑な生え方をしていた。 竹林の中を歩いていったら間違いなく迷うだろうね。 しばらくして、雷のような轟音が聞こえてくる。 「な、なんだ!?」 この気配はただ事ではない。 何事かと音のする方向まで飛んでみた。 「うわぁ、あちぃな」 誰かが戦ってるようだが遠すぎてよく見えない。 かといって、これ以上近づくのは危険だ。 「弾幕ごっこでなくて決闘か?」 「いいえ、もっと幼稚なお遊びよ」 後ろから姐さんの声が聞こえた。 別に驚くことでもない。 いつものことだからもう慣れてしまった。 「ポニーテールの似合う可愛い少女になったのね」 「オレは男ですよ。断じて女の子ではない」 「うふふっ、藍の尻尾みたいに触り心地がいいわ」 「ちょっと姐さん、くすぐったいってば」 オレのポニーテールを玩具にするな。 別に珍しいものでもないだろうに。 「あらっ? 少しは力がついたのね」 「霊力は激減したけど身体能力が上がったみたい」 「へぇ〜、よかったじゃない」 「それより姐さん、あの二人のことを教えてください」 「それじゃあ、実際に見せながら教えてあげましょう」 姐さんのスキマで二人の戦いぶりを映像化してくれる。 これならすぐ近くで見ているのと同じだ。 さて、姐さんの説明によると。 ガラの悪そうなお姉さんが藤原妹紅さん。 迷いの竹林で永遠亭までの護衛や道案内をしている。 和風のお姫さんが蓬莱山輝夜さん。 永遠亭で引き篭もっているお姫さまらしい。 どっちも蓬莱人で鉢合わせすると殺し合いをする仲だとか。 「簡潔明瞭なご説明ありがとうございます」 「うふふ、どういたしまして」 和風のお姫さんが宝石のついた木の枝を構えた。 ガラの悪いお姉さんは手から炎を発している。 お互いに防御を捨てて攻撃するからすぐに血濡れだ。 蓬莱人でも痛みがあるはずなのによくやるよ。 「坊やも普通の人間から離脱してきたわね」 「オレはごく普通の人間ですよ」 幻想郷に普通があるかどうか怪しいけど。 少なくともオレはメイド長や魔女っ子のような超人ではない。 あえて誰とは言わないよ、誰とは。 「普通の人間はこんな場面を直視できないわ」 「そうなの?」 「嘔吐したり発狂したりするものよ。今の貴方は平然としている」 「あー、それはレミレミやフラちゃんの弾幕ごっこで見慣れちゃったから」 メイド長代理をした時、あの姉妹のグロテスクな弾幕ごっこを何度見たと思う? 最初の時は吐いたり、食欲が失せたり、悪夢にうなされたり。 精神的なトラウマで、そりゃあいつ発狂してもおかしくなかった。 「咲さん曰く、この程度で動揺してはメイド長は務まらないそうで」 「よく狂わなかったわね」 「それはきっと……笑っていたから」 レミレミやフラちゃんも笑顔。 今の映像に流れてるお姉さんたちも笑顔。 楽しそうに戦っているから狂わなかったんだと思う。 「オレみたいな弱い人間にはあんな笑顔できないな」 「自覚がないのね。貴方も笑っているわよ」 「そう? あっ、姫さんのほうが消えちゃった」 「全身を焼き尽くされて蒸発したのよ」 「ねぇ姐さん、蓬莱人って着ている服も再生するの?」 「いいえ、再生するのは本人の肉体だけよ。このまま再生したら裸になってるわね。見たい?」 「そんなの見てどうするの? 着替えを持っていってあげたほうがいいかなって」 「なるほど、坊やにはまだ早すぎるのね」 「何が早いのかは知らないけど……姐さん、あのお姉さんの着替えを頼んでもいい?」 オレが行ってもいいけど薬剤師代理の仕事があるし。 あー、そろそろ人里に行かないといけないな。 「私にお願いすると高くつくわよ」 「今度、姐さんの家で美味しいご飯を作るから」 「それは楽しみね。今度、屋敷に招待するわ」 「うん、じゃあよろしくね」 姐さんとその場を任せてオレは飛び去る。 あとは指定された人里の家を転々として回った。 年配の方から頭を撫でられて飴玉をもらったぞ。 「うぅ〜、また子ども扱いされてしまったぁ〜」 まーでも、飴玉が美味しかったからいいや。 あとは上白沢慧音さんの家で行けばOKだ。 「毎度、永遠亭の者です」 声を掛けながら戸をノックする。 しばらく待つとガラガラと戸が開いた。 出迎えてくれたのは……。 「んっ、見かけない顔だな」 おっ、お姫さまに勝ったガラの悪いお姉さんか。 まぁいい。とりあえず用件を言わないと。 「鬼心と言います。置き薬の補充と集金にきました」 「私はこの家の者じゃない。そういう事は慧音に言ってくれ」 「そのケネケネさんはどちらに?」 「ケネケネじゃない慧音だ。急用で出かけてここにはいない」 「いつ戻ってきますか?」 「すぐに戻るとは言っていたが、いつになるかはわからん」 「わかりました。しばらく待たせてもらいます」 家の前でボーと突っ立って待つことにする。 空を見上げると沢山の雲があって割と楽しめる。 でも、ちょっと暑いな。夏が迫ってるのかもしれない。 「おい、お前」 「はい?」 「入れ。そんな所で立たれても迷惑だ」 「かたじけない」 見た目と違って優しいお姉さんだ。 やっぱり見かけで判断してはいけないね。 「ふにゅ〜」 畳の上で横になると心地良い気分になれる。 全身を伸び伸びさせてあくびもした。 普段は鬼の特訓でさんざん苦しい思いをしているからね。 たまにはこんな風にゆっくりとした時間も過ごしたいのだ。 「スキマ妖怪の姐さんから藤原妹紅さんのことを聞いたよ」 「ふーん」 うわぁー、興味なさそう。 なんか顔も合わせてくれないし。 「藤原妹紅さんだから、あだ名はふもさんだ」 「……ふもだと?」 さすがに眉をひそめてこっちを見た。 そんな不良みたいな目つきで睨んでもダメだよ。 ここはオレの譲れない所だからキッパリと言う。 「オレはあだ名をつける程度の能力を持っている。誰が相手であっても必ずあだ名をつけるのだ」 「随分と変な能力だな」 「うん、自分でもそう思う」 ふもさんが再びそっぽを向く。 他者と関わりたくないという冷たい印象だ。 その割には家を入れてくれるという優しさもある。 さて、どっちが本当のふもさんかな? 「別にどっちでもいいけどね」 「なんか言ったか?」 「ううん、なんにも」 ふもさんを見ていると他人のような気がしない。 オレが妖怪退治屋をしていた頃もあんな感じだったのかな? 「……」 ま、ここはふもさんの空気に合わせよう。 こういう静かな時間は大切だと思うから。 オレはゆっくりと目を閉じて里の声に耳をすませた。 ………………。 …………。 ……。 オレはどうやら寝てしまったらしい。 ふかふかの布団が掛けられていた。 きっと色々あって疲れていたのだろう。 「おっ、目が醒めたか?」 「はい、おはようございます」 ありゃ? この人がケネケネさん? ほぉー、土樹と違って立派な先生って感じがするよ。 ふもさんと違ってとっても真面目そうだ。 「待たせてすまなかった」 「いえ、気にしてません。それより、ふもさんがいないようですが?」 「ふもさん?」 「藤原妹紅さんのあだ名。オレがつけました」 「おい、勝手なあだ名で呼ぶな」 襖が開いてふもさんが入ってくる。 トイレに行ってたのかな? 「あ、布団ありがとうございました」 「お礼なら妹紅に言ってやってくれ。君に布団を掛けたのは彼女だから」 「慧音、余計なことは言うな」 「余計なこととは何だ? 私は事実を述べたまでだぞ」 「ふもさん、ありがとう」 「ふん、礼なんていらねぇよ」 ふもさんは悪役になりきれないタイプだな。 まぁ、オレも人のことは言えないけど。 とりあえず、ちゃんと仕事をしないとね。 「ケネケネさん、支払いをお願いします」 「け、けねけねって……」 「オレはあだ名をつける程度の能力を持つ人間です。 名前が慧音さんだから、あだ名にするとケネケネさんになります」 「ふむ、変わった能力を持っているね」 「うん、ふもさんにも言われたよ」 ケネケネさんはあだ名で呼ぶことを認めてくれた。 ふもさんが少し嫌がっていたけど、ケネケネさんの後押しでOKっと。 何にしても薬剤師の代理はこれで終わりだ。 「そういえば君の名前をまだ聞いてなかったね」 「オレは鬼心といいます」 「随分と男らしい名前だ」 「いや男ですから」 「……すまない、女の子だと思っていた」 あー、やっぱりそうですか。 ケネケネさんの目からしてもそうなんですか。 内心のショックを隠しながら笑顔で振舞う。 「もう慣れましたので平気です」 「コホン……鬼心くん、そろそろ夕飯の時間だ。一緒に食べていくといい」 「いいんですか?」 「ああ。妹紅もいいよな?」 「別にどっちでも。それは慧音が決めることだ」 「じゃあ、遠慮なくご馳走になります」 ケネケネさんが出した今晩のメニュー。 ご飯・味噌汁・焼き魚・野菜の煮物・漬物。 こういう温かい食事のありつけることはありがたい。 「鬼心くん、どうだい?」 「美味いです。ご飯3杯は軽くいけますよ」 「それは良かった。遠慮なくおかわりをするといい」 こういう食事は長いことしてない気がする。 とにかく遠慮なく食べることにしよう。 「妹紅、やっぱり里で暮らさないか?」 「その話は断るって前にも言っただろ」 「ふむ、どうしても嫌なのか?」 「ああ。私はあの場所が気に入っているからな」 「そうか……」 「心配しなくても、慧音に迷惑はかけない」 「またそんなことを……お前は気にしすぎる所が多いんだ」 ふもさんの考え方がオレと似ているかも。 もし、スイスイがいなかったら? オレは一人で武者修行の旅に出ていただろう。 他人の迷惑にならないように孤独な道を辿っていると思う。 「ふもさんって、あの姫さんといつも戦ってるの?」 「お前、見たのか?」 「姐さんのスキマを通じて見せてもらった」 「私と輝夜の殺し合いは見世物じゃないぞ」 「それは是非ともオレではなくて姐さんに言ってやってくれ」 姐さんは見なくてもいい所まで見るからな。 まぁ、あの姐さんに何を言っても無駄だろうけど。 「妹紅、殺し合いなんて軽々しく言うものではない。子どもの前だぞ」 ケネケネさん、子ども扱いはしないでほしいな。 一応、この場の空気を察して黙っておくけど。 「ふん……」 ふもさんが反抗的な子どもみたいに見える。 これって、ケネケネさんがふもさんの保護者じゃないか? 「鬼心くん、君も軽々しく二人の戦いを見てはいけない」 「激しい戦いなら紅魔館で見慣れているので大丈夫ですよ」 「君は紅魔館に行ったことがあるのか?」 「あるも何もメイド長代理までやらされましたよ」 せっかくだから身の上話でもしてやろう。 そうすれば、ふもさんも少しは楽になるだろう。 さっきからケネケネさんに話し掛けられて大変そうだし。 「まずは幻想郷に来る前の話から」 昔の記憶がなくて妖怪退治屋に入った頃の話だ。 路頭に迷っていた所を退治屋の上司にスカウトされた。 断っても飢え死にするから引き受けたんだ。 まぁ、退治屋のくせに妖怪を一体も殺さずに見逃しちゃったけど。 「最終的に裏切って姐さんに幻想郷まで連れていかれて」 宴会の時にスイスイに勝負を仕掛けられて。 フルボッコにされたけど見込みがあると褒められて。 鬼心という名前をもらって一緒に旅をしている。 「紅魔館ではメイド長代理やったり」 咲さんと戦ったあの時は実力の違いを思い知らされた。 同じ人間なのに全く手も足も出なかった。 レミレミの命令で咲さんが怪我をしたフリをしてオレにメイド長の代理をやらせて。 咲さんの厳しい教育には本当に参ったよ。 「鬼のスイスイから地獄の特訓を受けたり」 体力を上げるためのハードなメニュー。 あの岩転がしの逃走劇はマジで怖かった。 あとスイスイのジャイアントスイングも。 「永遠亭の治療費を今の仕事で返したり」 紅魔館の厳しい仕事に比べたら断然にマシだな。 ちょっとしたお使いみたいなものだし。 「お前、よく死なずに生き残れたな」 「ああ、自分でも不思議に思っているよ」 「君ぐらいの年頃が……なんと不憫な……っっ」 「実際の年齢は覚えてないから何とも――って!?」 なんでケネケネさんが泣いてるの!? 布きれで目元を拭ってそこまで悲しんでくれるのか!? 確かに不幸な境遇かもしれないがオレのはまだマシだろう。 幻想郷を探せばもっともっと不幸なやつがいるはずだ。 「……よし、決めた!!」 「えっ?」 「鬼心くん、私の家に住みなさい」 「はぁ?」 突然なにを言い出すんだ? でもケネケネさんが大真面目な顔で言う。 「私は寺子屋で子どもたちに学問を教えている者だ。 その立場から言わせてもらうと、君の生活はあまりにも殺伐とし過ぎている」 「え、遠慮しますよ。オレ、学問よりも戦いが好きなんで」 「そこがいかんのだ!! 君はもっと穏やかな生活を送るべきだ!! そんな調子では、将来妹紅みたいになってしまうぞ!!」 「慧音、それはどういう意味だ?」 「ちょちょちょちょっと待って!!」 つまり、ケネケネさんの養子になれってこと? そんなことをしたら今の旅が出来なくなってしまう。 「ふもさん、ケネケネさんってかなりお節介だったりする?」 「放っておけって言っても聞かなくてな。さて、私は帰らせてもらうぞ」 「なんと卑怯な!! オレを身代わりにして逃げるのか!?」 「ふっ、私には関係のないことだ」 ほぉ〜、ふもさんはそんな事をするんだ。 そっちがその気ならオレにも考えがあるよ。 「ケネケネさん!! ふもさんが里で暮らしたいから相談に乗ってほしいだって!!」 「お、お前!! なんてことを――」 「ほ、本当か妹紅!? やっとわかってくれたのか!!」 「ち、ちが――おい、お前!! 逃げるなぁーーー!!」 やなこった!! ひたすら逃走あるのみ!! 商売道具を背負ってケネケネさんの家をあとにした。 「ふぅ〜、危なかったぞ」 心配してくれる気持ちはありがたいが余計なお世話というもの。 オレは強くなるための自由な旅を続けたい。 ふもさんの断る心境が何となくわかりました。 ………………。 …………。 ……。 永遠亭に戻ってエリエリさんに愚痴をもらす。 エリエリさんはクスクスと笑いながら聞いてくれた。 「という訳で大変だったんですよ」 「それはご苦労様ね」 「ケネケネさんのことだ。どうせ断っても諦めないだろうな」 「いっそのこと大人しく養子になったら?」 「冗談じゃない。オレは戦う道を選んだ人間だ。養子にはならないよ」 「そうね……ま、自分の人生は自分で決めなさい」 「言われなくてもそうする」 その後、エリエリさんに導かれて大広間に入る。 そこでは宴会をしていて大いに賑わっていた。 「輝夜、頼むから普通にしてろよ」 「あらっ、期待しちゃってるの?」 「してないしてない。ほら、鈴仙が睨んでるってば」 「やっぱり、この男だけは……」 「あーあ、また最初から罠の作り直しだよ」 「そいつは大変だね。まぁ、嫌なことは飲んで忘れな」 土樹・姫さん・ブレザーのうさ耳お姉さん・ミニうさぎ・スイスイ。 これだけのメンバーが揃っていたら、そりゃあうるさくもなるわ。 「みんな、彼も混ぜてあげて」 「といっても下戸なんで酒は勘弁してください」 早速、土樹のほうに声を掛けよう。 「土樹、ちょっと久しぶりかな?」 「……えっと、どちらさまで?」 「鬼心だよ。き・し・ん」 「……マジ?」 まぁ、無理はないだろうな。 急激に髪が伸びてポニーテールでまとめているし。 ケネケネさんにも女の子だって間違われたし。 「なるほど、流行りの『男の娘』というジャンルだね」 「どうでもいいけど、お姫さんと仲良しか?」 「か、からかわれてるだけだって」 「あら、私はいつでも歓迎しているのに」 「頼むから子どもの前で――げふっ!!」 「子どもって言うな。蹴るぞ」 「も、もう蹴られた。ううっ、かなり痛い。力つけすぎだよ」 こいつはいつになってもムカつく男だ。 まぁ、ここは宴会の場だから蹴りの一発で勘弁してやる。 とりあえず、初対面の姫さんに挨拶だ。 「初めまして、鬼心といいます」 「これはご丁寧に。当家の当主、蓬莱山輝夜と申します」 「よろしく、かぐちゃん」 年上を相手に失礼な呼び方であることは百も承知。 あえて堅苦しいさん付けよりもちゃん付けを選んだ。 それは偉い人として見るよりも、普通の女性として見たほうがいいと思ったから。 あくまでもオレの直感である。 「うふふっ、えーりんから貴方のことを聞いていたけど面白い子ね」 「ダメだったら遠慮なく言ってくださいね」 「いいのよ。好きなように呼んでちょうだい」 かぐちゃんという呼び方は気に入ってもらえたようだ。 紅魔館の当主とは大違いだな。 レミレミ、ちょっとはかぐちゃんを見習え。 「これは人間の髪じゃないわね」 「鬼化の影響らしいです」 「そうなの。髪はちゃんと手入れしてる?」 「いえ、やり方がわからないのでサッパリ」 「じゃあ、教えてあげるわ。とっても簡単なのよ」 「ありがとう、かぐちゃん」 かぐちゃんもオレと同じぐらいに髪が長いもんな。 これは聞いておいて損はないだろう。 ということで、かぐちゃんに髪の手入れを教わりました。 「輝夜って良いお母さんになれるよ」 「それじゃあ、お父さんは誰になるのかしらね?」 「待て輝夜、そんな目で露骨に迫ろうとするな」 なんか知らないけど邪魔しちゃいけない雰囲気だ。 黙って別の場所に向かうことにしよう。 「こんばんわ、鬼心と言います」 「へぇー、鬼の連れって聞いてたけど小さい子だね」 「小さいって言うな。それに子どもでもない」 「まぁいいや、私は因幡てゐ。こっちは鈴仙ね」 「わかった。よろしくうさうさ」 「いま、私の耳を見て言わなかった?」 「それは気のせいだよ。ちなみに字ではどう書くの?」 「こうだよ」 へぇー、変わった漢字を使ってるな。 でも『ゐ』ってなに? 『る』じゃないの? でも、それだったら『い』という発音はしないよな? 「てるにすればいいのに」 「んっ? なんか言った?」 「ううん、独り言だから気にしないで」 「鈴仙、客人に挨拶したほうがいいんじゃない?」 「鈴仙・優曇華院・イナバ。好きに呼んでくれて構わないわ」 視線をそらしたままでそう言ってくる。 なんか土樹のことずっと睨んでません? 「わかりました、うどんさん」 「それはやめて。私は食べ物じゃないから」 「じゃあ、イナさんでどうです?」 「それならいいわ」 イナさんが殺気を放ってあまり穏やかじゃない。 これは邪魔しないほうがよさそうだ。 オレはスイスイに近づいて声を掛けていく。 「スイスイ、今日も飲んでるな」 「鬼心、おつかれぇ〜。えへへ、この日本酒は美味いぞぉ」 「言っても無駄だろうけど飲み過ぎないようにね」 「大丈夫、大丈夫。酒を飲んでも呑まれたりしないよ」 スイスイはいつも通りに酔っ払ってるか。 やれやれ、他所の家の酒を一気飲みしやがって。 それにしても……。 「エリエリさん、土樹とイナさんって仲が悪いの?」 「そんなことはないわよ、うふふっ」 イナさんが指先から座薬みたいなのを発砲している。 それによって土樹がズタボロになってしまった。 うーん、よくわからん関係だな。 とりあえず宴会のフォローとして片付けぐらいはやってあげよう。 |
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