空を飛べばもっと早くに目的地に到着できる。 でもスイスイがオレの稽古を理由に歩けと言う。 そして今、その稽古の真っ最中だ。 「くそぉ!! こんな岩場でやるのかよ!!」 「ほらほらっ、さっさとやらないと日が暮れるぞ。んぐんぐ――ぷはぁ〜!!」 「人の上で酒を飲むなぁ!!」 スイスイを背中に乗せて腕立て伏せ千回を実行中。 百回なら何とかなりそうだがその十倍も……無理すぎ!! 「鬼ぃ〜!!」 「鬼だよ」 オレの両腕がブルブルと震えまくり。 汗が服にベタついて気持ち悪い。 オレは霊力を込めてから腕を伸ばしスイスイをどかした。 「わっ!! ちょっと鬼心、そりゃ反則だろ」 「あのなスイスイ、連続で千回なんてやったら腕が壊れる。 どうしてもやるなら、休憩を挟んでの千回にしてくれ」 「しょうがないやつだな。じゃあちょっと休んでから続きな」 「ああ、わかったよ」 休み置きに腕立て伏せをやらされて腕がドッシリと重くなった。 これで終わりだと思ったら大間違い。 ようやく千回に達したというのに次のメニューをやらされる。 「ねぇ、スイスイ。嘘だよね?」 「私は嘘が嫌いだよ」 「岩を転がして走らせるなんて絶対にダメ。オレは普通の人間で蓬莱人じゃないから」 岩に潰されたら普通に即死だって!! それであの世逝きなんて絶対にいやだ!! 「大丈夫さ。ちゃんと一キロ走ったら終わりにしてやる」 「い、一キロも!?」 「何事も走ることが基本だよ。あ、飛んだり霊力を使ったりするのはダメだよ」 「そ、そんな!!」 「もし使ったりしたら……鬼心、わかってるよな?」 「その鬼の目はやめて!! マジで怖いから!!」 スイスイが萃める能力で大きな岩を作り出す。 岩を転がす道には左右の逃げ場がないように周りの地面を隆起させている。 ああ、スイスイの能力って本当にすごいなぁ。 なんて感心してるヒマはなく――。 「ぐべぇ!!」 大岩がギリギリ通れる程度の道に放りこまれた。 岩の上にいるスイスイがオレに声を掛けてくる。 「いくぞ、鬼心!! しっかり走れよ!!」 オレは死に物狂いで巨大な岩転がしから逃げることになった。 ひたすら前に向かって走るしか生きる道はない。 「はぁはぁはぁ」 継続して走ることは臓器に負担を掛けないこと。 下半身で走るような要領で顎を上げないことだ。 腕の振りも大事でリズムよく走ることが重要なのだが。 「ひぃいいいいいいいい!!」 とても走り方の基本なんてやってられない。 がむしゃらに逃げるのが精一杯だ。 いやだ!! いやだ!! オレはまだ死にたくない!! 「逃げるのがいやなら、この岩に立ち向かうかい? 霊力を使ってもいいよ。受け止めきれたら、そこで終わりにしよう」 オレの能力がちゃんと走れと警告している。 岩を受け止めるだって? ただの人間にそんな真似が出来るか!! なめんなよ、スイスイ!! 「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」 「おぉ〜、良也と違って根性あるね。これならもうちょっと早くしても大丈夫だな」 岩の速度が上がっているのを後ろからヒシヒシと感じる。 ちょっとでもオレの速度が落ちたら間違いなく死ぬ。 なんとしても生き残りたいオレは死ぬ気で走りまくった。 そして……。 「ぜぇ〜ぜぇ〜ぜぇ〜ぜぇ〜」 「やればできるじゃん。人間、死ぬ気になれば大抵のことはやれるのさ」 一キロ走りきったオレは大の字になって倒れた。 身も心も真っ白である。 こ、こんなの……もう二度とやりたくねぇ〜。 「休んだら次の稽古だよ。鬼心、楽しみにしてな」 スイスイ、これは稽古じゃなくてイジメだよ。 しばらくして休憩が終わると……。 「ほら、立ちな。次は私をおぶって坂道の往復だ」 手を引っ張られて強制的に起こされてしまう。 オレはスイスイをおぶさって指定された山の坂道をのぼった。 「し、死ぬぅ〜」 「もう少し重くても大丈夫だな」 「や、め、ろ」 背中におぶさったスイスイがまた一段と重くなる。 一体どういう理屈で重くなっているのだろうか? 「さて、この状態で十往復行ってみようか」 「お、ち、る」 「大丈夫。その時はちゃんと逃げるから」 見捨てるような言い方はやめろ。 一歩前に進むたびに滝のような汗が流れていく。 ふらふらと足取りが悪くてオレは今にも倒れそうだ。 「もう少し真っ直ぐ進みなよ。乗り心地が悪い」 「ぐっ……ぬぅ……がぁ……」 スイスイは勝手なことばかり言いやがる。 これ、絶対に身体を壊すよ。 足を踏み外さないだけでも精一杯なのに。 「す、い、す、い」 「なんだい?」 「あ、せ、くさく……な、い?」 「なんだ、そんなこと気にしてるのか?」 「あ、あ」 「私は強くなろうとする鬼心の匂いが好きだよ」 そう言ってオレの首筋を嗅いでくる。 おい、くすぐったいからよせって。 「……」 なんで、そこまで期待するんだよ? 所詮、オレはただの人間。 鬼と比べたら貧弱な生き物でしかないのに。 「そう、かい」 もう考えるのは面倒くさくなった。 オレは黙って坂道の往復を続けていく。 ひたすらやり遂げることに集中していった。 「よしよし、ちゃんと往復できたな」 スイスイを落とすことなく無事に往復できた。 あのパワーで頭を撫でられるとちょっと痛い。 でもオレは疲れ切ってるから抵抗もできない。 「おっ、日が暮れてきたね。鬼心、ご飯の準備だ」 や、やっとメシか。し、しんどかった。 おのれ、スイスイめ。絶対に楽しんでやがるな。 手持ちの食料でスイスイと食事を済ませる。 「ふぅ〜」 月夜の照らす夜となり、森の中で野宿する。 これでやっと休めると安心したのに……。 「ねえ、鬼心」 「なんだい?」 「ちょっくら私と勝負してみない? ここ最近やってないしね」 「最近だって? 昨日やったばかりじゃないか」 勝負事となると、スイスイは手加減をしてくれない。 全力を尽くすことが相手の礼儀だと思っているのだろう。 考え方としては共感するけど、もっと相手のレベルを考えてほしい。 とにかく、そんな鬼との戦いは避けるべきだ。 「断る」 「大丈夫だって。私が勝っても、攫ったり食べたりしないからさぁ」 「勘弁してよ。日中のハードメニューで疲れてるのに」 「そう言うなって。なあ。いいだろ?」 「絶対にダメ!!」 「それだけ叫ぶ元気があるなら充分だな。ほら、飛んで飛んで」 「よ、よせ!! 引っ張るなぁあああああ!!」 スイスイの怪力で無理矢理に空まで引っ張り出される。 いくら断っても聞き入れてもらえない。 もう戦うしか選択の余地はないというのか。 「いくぞ、鬼心」 「来るなぁ!!」 オレは拒否しながら超符『身体超化』を使う。 スイスイが弾幕を撃って、その第一陣が襲ってきた。 「えーいもう!! やればいいんだろやれば!!」 ちょん避けで第一陣を突破。 「よし、次もちゃんと避けなよ!!」 第二陣が間近に迫ってきた。 これがまた、怖いの何のってそりゃもう。 「うぉっ!! にゃっ!! たぁっ!! とうっ!!」 こっちもギリギリ避けしたけどさっきより余裕がない。 袖にかすめてちょっと破けてしまった。 「ほらほらっ、そんな調子だとすぐにやられるぞ!! 魔法はどうした、お前の能力はっ!?」 とっくに使ってるよ。危険を察知する程度の能力を。 レミレミがくれた首飾りがオレの能力を高めてくれる。 どこに危険が迫るかを事前に察知できるしな。 「ちっ」 頬と腕にかすってちょっとダメージ食らった。 当たり前だけど勝つためには攻撃しなければならない。 避けるのに精一杯な状況で反撃しろなんて無茶なことだ。 「それでもやるしかねぇ!!」 一発や二発を食らう覚悟を固めて前に出る。 顔面と腹にぶち当たってめちゃくちゃ痛い。 スイスイの弾幕はオレにとって威力が大きすぎる。 「ぬぉおおおおおおおおおおおおお!!」 痛みを我慢して光符『閃光弾』を発射。 これでスイスイの目くらましになったはず。 すぐに咲さんからもらった投げナイフ二本を投げる。 それからスペルカードを取り出して。 「動符『移動方陣』!!」 ちょっと間合いが離れてるけどスイスイの後ろ側にワープする。 投げたナイフはスイスイに当てずにオレの所へ飛ぶようにした。 それをキャッチしてスイスイの背中に向けて投げる。 「当たれ!!」 オレなりに知恵をしばった敵の背後を突く作戦。 だったのに――。 「なっ!?」 スイスイが振り返りざまに指でナイフを挟みこんで止めた。 しかも両方かよ。なんて器用なことをしやがる。 「くっくっく、いいねいいね。今のはなかなか面白かったよ」 わぁ〜い♪ スイスイに褒められちゃったよぉ〜♪ なんて能天気に思えるか!! 鬼ぃ〜!! 化け物ぉ〜!! 「目くらましをするならもうちょっと威力をあげな」 あー、閃光弾を発動させるには距離がありすぎたか。 あれって敵の目の前で発動させないと効果が薄いからな。 でもさ仕方ないんだよ。 あまり近づけようとするとスイスイの弾幕で消されてしまうし。 「ちくしょう!!」 コリコリさんの店で入手した『創造の柄』を握り締める。 霊力を吸い取った柄が剣に変化した。 オレはそれを手に特攻を仕掛けていったが。 「なっ!?」 スイスイに腕をガシッとつかまれてしまい。 「ほれほれ、回るぞ回るぞぉ〜」 「うにゃあああああああああああああああああああ!!」 空中でジャイアントスイングするな!! 腕がちぎれるって!! 痛いつーの!! スイスイにさんざん回されてさらに上空に投げ飛ばされる。 このまま天国まで逝ってしまいそうな気分になった。 「はぁ〜、死ぬかと思った」 「にゃはは、さすがに鍛えてるだけあって頑丈だね」 「もう寝る。絶対に寝る」 スイスイの膝を枕代わりにしてふて寝する。 酒臭いけど今のオレは疲れきってるから関係ない。 あっという間に深い眠りについていった。 |
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