紅魔館をあとにして次の目的地は香霖堂だ。 そこで生き残るために必要な道具を入手しようと思う。 だが……。 「ねぇ、スイスイ。オレ達は香霖堂に向かってるんだよね?」 「私は酒の匂いに敏感だから」 スイスイ、それ答えになってない。 周りにお化けがいて、目の前に広い屋敷があってさ。 一体ここはどこなのよ? 「お〜い!! さけぇ〜!!」 「酒って叫ぶな!! みっともない!!」 酒のある所にスイスイは向かってしまう。 どうやら目的地とは全然違う場所らしい。 とんだ寄り道もあったものだ。 「って、勝手に入ったらダメだよ!!」 「構わないさ。ここは紫の友達がいる屋敷だからね」 「姐さんの?」 えっ、あの姐さんに友達がいたの? てっきり友達なんていないとばかりに思ってたのに。 オレ達は丁寧に手入れされている庭先まで足を運ぶ。 すると……。 「幽々子、おかわりをちょうだいな」 「ふふっ、はいどうぞ」 屋敷の縁側で家主と思われる女性と姐さんがお酒を飲んでいる。 すかさずスイスイが割り込んでいった。 「おぉー、これは霊酒だね。私にも一杯ちょうだい」 「スイスイは一杯というよりも腹一杯だろ?」 「にゃはは、違いない。ねぇ鬼心、つまみを作ってよぉ」 「作ってもいいけど、家主さんの許可をもらわないと」 他所の家の台所を勝手に使う訳にはいかない。 オレだってそれぐらいのマナーは持っている。 「お姉さんがここの家主ですか?」 「そうよ。貴方が紫の話していた鬼心ちゃんね」 「ちゃ、ちゃんって……」 オレの顔はかなり引きつっていたと思う。 今まで子ども扱いされたことはあってもちゃん付けはなかったので。 そのお姉さんが笑顔で手招きをしてくる。 誘われるままに近づいてみると――。 「ふぎゅっ!?」 いきなり抱き締められてしまった。 大きな胸の谷間に埋まって呼吸がしにくい。 「ん〜、この感触♪ 妖夢よりちっちゃい♪」 小さいってなんだよ、小さいって!! うにゃ〜、頭をナデナデするなぁ〜!! 「幽々子、そのぐらいにしないと本当にそっちの住人になっちゃうわよ」 「あらっ、ごめんなさい。あまりに可愛いものだからつい」 「にゃはは、鬼心。顔が真っ赤だね」 「息苦しかったんだよ。危うくお迎えが来るところだった」 このお姉さんが白玉楼の当主をしている西行寺幽々子。 オレのあだ名をつける能力により『ゆゆさん』で決まりだ。 台所の使用許可をもらって酒のつまみを作っていく。 「ちょっと作りすぎたかも」 食材が豊富だったので、つい色々なメニューを作ってしまった。 姐さん、スイスイ、ゆゆさんがオレの作ったおつまみを食べる。 三人ともオレの味付けに満足してくれて安心したよ。 「この屋敷の食材は万全ですね。保存の仕方も抜かりがない」 「妖夢にすべて任せてあるのよ」 「ようむ?」 「今日は休みをあげているからいないけど。でも鬼心ちゃんがいるから安心ね」 「あのぉ〜、ちゃん付けはやめてください」 「もぉ〜、妖夢と同じことを言うのね。あの子もちゃん付けを嫌がるのよ」 そりゃ嫌がるでしょう。 さすが姐さんの友達だけあって癖の強いお方だ。 あと、ゆゆさんの食欲は桁外れでよく食べている。 おつまみの大半がゆゆさんの腹に納まってしまった。 大食い大会に出場したら間違いなく優勝できると思う。 「さすが紅魔館のメイド長代理ね」 「姐さん、また見てたの?」 「貴方のメイド姿が可愛かったから」 「あれは咲さんが無理矢理に……もういいや、過ぎたことだし」 「にゃはは、あん時の鬼心は良い酒の肴になったよ」 「スイスイ、いちいち蒸し返すな」 「残念。鬼心ちゃんのメイド姿を見たかったわ」 「ゆゆさん、見なくていいから!! あとちゃん付けはやめてってば!!」 はぁ〜、この三人を相手にするとドッと疲れる。 オレはもっぱらの下戸だからお酒は飲めない。 うかつにアルコールを摂取すると意識を失ってしまうからな。 「ゆゆさん、お茶の葉ってありますか?」 「紫からもらった玉露があっちの棚にあるわ」 お酒に付き合えない代わりにお茶で参加しよう。 このままボーとしてたら三人の酒宴を盛り下げそうだし。 「坊やにお酒の味はまだ早いのね」 「紫、それはそれで可愛いから許してあげましょう」 「ん〜、鬼の私としては飲めるように育ってほしいけどな」 うぅ〜、また子ども扱いされてしまうのか。 そりゃあ、土足で屋敷に入れないから厚底くんは脱いでるけどさ。 ちょっと他の連中より身体が小さいだけだって!! 「……ゆゆさん」 「なぁに?」 「淹れ方を教えてください」 「あらっ、お茶を淹れるのは初めて?」 「紅茶以外を淹れるのは初めてです」 紅茶だったら咲さんに教えてもらったから自信がある。 でも、こういう和風のお茶は淹れたことがない。 「ではお姉さんが手取り足取り教えてあげる」 「うふふっ、紫ったらノリノリね」 「あの玉露は私があげたものよ。だったら私が教えてあげないとね」 姐さんに後ろからくっつかれて手を添えられる。 ちょっと耳元で息を吐かれてくすぐったいぞ。 「我慢しなさい、男の子でしょう」 「お茶って案外難しいものだね」 「そうね。淹れ方ひとつで美味しくも不味くもなるわ」 玉露で作った温かいお茶を湯のみに注ぐ。 この注ぎ方ひとつでも味が変化するという。 まぁ、その辺りは紅茶でも言えることだから理解できる。 「お茶ひとつ淹れるのにこんなに手間がかかるとは……」 「これは慣れの問題よ。それじゃあ乾杯といきましょうか」 コンッ、コンッ、コンッっと。 三人の杯を重ねてお茶をフーフーしながら飲む。 あぁ〜美味い、玉露のお茶ってこんなに美味しいのか。 「スイスイ、オレは厚底くんさえあればスイスイよりも大きくなれるぞ」 「へぇー、巨大化した私よりも大きくなれるのか?」 「いや流石にそこまでは無理だな」 「妖夢も小さいけど鬼心ちゃんほどではないわね」 「彼は吸血鬼との背比べ勝負で負けているのよ」 「姐さん、オレは厚底くんさえあればレミレミに勝ってるから」 やがてオレの過去話が酒の肴となっていく。 外の世界では妖怪退治屋をやっていたこと。 妖怪すべてを殺すやり方に納得できずに裏切ったこと。 オレが助けた3体の妖怪が地底にいること。 普段ならこんなこと言わないのに。 どうも酒宴の雰囲気に流されてしまったようだ。 「大体は紫から聞いていたけど苦労してるわね」 「私は最初から骨のあるやつだと思っていたよ。だから鍛えてやってるんだ」 「おかげさまで、死ぬ寸前までボコボコになるんだが?」 「にゃはは、生きてるからいいじゃないか」 「まったく……ねぇ、姐さん」 「なに?」 「外の世界にいた時、オレの前に現れたのはただの気まぐれ?」 「さぁ〜どうかしらね。今となってはどっちでもいいじゃない」 「それもそうだね」 過去よりも今の武者修行の旅が大事。 もっと強くなって幻想郷の連中と対等な戦いがしたい。 そういう夢はあるのにレベルの差がなかなか埋まらないんだよな。 「さて鬼心、腹ごなしに運動しよう」 スイスイが頃合を見計らってこんな事を言い出す。 鬼との実力差は明白なので運動は避けるべきだ。 「スイスイとの戦いは厳しすぎるから嫌だ」 「それじゃあ、お姉さんと遊ぶ?」 「姐さんはスイスイと違って変化球みたいなことをするからダメ」 スキマを通じて四方八方から攻撃してくるんだよ。 地面から標識を出してくるわ。動く電車を呼び出してくるわ。 死ぬ気で避けるオレの姿を見て楽しそうに笑ってたもんな。 「では、鬼心ちゃんの相手は私がするわね」 ちゃん付けはやめろって言ってるのにまだ言うか。 もういいや、抵抗するだけ無駄だ。 「あら、久しぶりに幽々子の舞が見られるわね」 「にゃはははっ!! いいぞ、やれやれぇ〜!!」 ゆゆさんとは初対面でまだ戦ったことがない。 死ぬ危険性はないけど、かなり痛い目をみることは確実。 なにしろ姐さんの友達をしているぐらいだからな。 実力が桁違いにあることは覚悟しておく。 「それでもオレはやるぞ」 オレは広い庭に出てゆゆさんと対峙する。 ゆゆさんが両手に扇子を広げてゆっくりと舞い始めた。 その動きがあまりにも美しくて見惚れてしまう。 「うふふっ、いつでもどうぞ」 おっと、いかん。なにをボーとしてるんだオレは。 戦いはもう始まってるんだぞ。 気を取り直してスペルカードを発動させる。 「超符『身体超化』!!」 身体能力を上げてから一気に前に出た。 「でりゃあ!!」 強く握り締めた拳をひらりとかわされる。 オレは突進しながら乱打を続けた。 ゆゆさんの動きはまるで穏やかな水の流れのごとく先が読めない。 「にゃろう!!」 足蹴りを混ぜてもゆゆさんは優しい笑みを崩さない。 ひたすらに扇子の舞を続けるばかり。 オレは完全に引き立て役となっていた。 「くそったれ!! これでも食らえ!!」 符から霊弾を乱射してゆゆさんを攻める。 ゆゆさんはさりげなく扇子で跳ね返してきた。 「ぬぉっ!?」 跳ね返った霊弾をかろうじて回避する。 避けきれない弾には十字ブロックで防いだ。 「貴方も踊ってみない?」 「な、なに!?」 まずい!! くるぞ!! オレはただちに防符を取り出して『専心防御』を発動する。 ガードの構えで防御力を集中的に高める効果がある。 あとは敵の攻撃を備えてやせ我慢をするのみだ。 「再迷『幻想郷の黄泉還り』」 オレの足元から大量の幽霊が湧き出て空へと舞い上がる。 その幽霊の衝撃でオレも上空に舞っていった。 「ぐひぇ!! げふっ!! どあがぁ!! がぁあ!!」 幽霊の塊がこれでもかと当たってくる。 オレは受身をとる暇なく地面に落ちてしまった。 格の違いを感じさせるほど実力差は明確である。 「ぐっ……ぅぅ……」 「鬼に鍛えられているのは伊達じゃないわね」 意識を失っていなくても身体が動かせない。 骨は折れてないと思うがギシギシとした痛みを感じる。 「幽々子に踊らされて気を失わないのは珍しいわ」 「えへん、私が鍛えてやってるんだから当然さ」 「可哀想に。気絶していれば楽になれたのに」 「鬼心に楽をさせたらダメだよ。あいつは苦しみに耐えて強くなるから」 この鬼っ子めぇ〜!! オレを苦しむ姿を酒の肴にするなぁ〜!! 声を張り上げたくてもうめき声が精一杯。 残った霊力を全身に当てて回復を促進させるしかない。 「ぅぅ……っっ……」 「鬼心ちゃんは頑張り屋さんね。そういう所は妖夢と気が合うかもしれないわ」 そう言ってゆゆさんがオレを抱きかかえる。 もうグッタリモードでまともに力が入りません。 「紫、あっちの傷薬持ってきて」 「はいはい」 「あ、私も手伝うよ。暇だしね」 手当てをしてもらってようやく動けるようになる。 姐さんも、スイスイも、ゆゆさんも。 どいつもこいつも強すぎて修業にならねぇよ!! それでもオレは……。 「次こそは倒す。絶対に倒す」 「それは楽しみね。私ならいつでも相手になってあげる」 「ただいま戻りました」 「あ、妖夢が帰ってきたわ」 オレたちのいる縁側までやって来たお化け剣士少女。 凛々しく意志の強そうな瞳と髪に結んだリボン。 腰にサムライが携えるような二本の刀が特徴といえよう。 「あ、もしかして……」 刀を見て宴会の時を思い出す。 拘束された土樹を真っ先に助けに行った女の子だ。 あの太刀筋は達人の域に達していると断言できる。 「幽々子様、こちらがお土産です」 「ありがとう。もっとゆっくりしても良かったのよ」 「いいえ、充分に休ませてもらいました」 姿勢も正しくキビキビした感じだね。 あのふわふわ浮かぶお化けがちょっと気になるけど。 姐さんがからかい口調でその女の子に話しかける。 「良也とのデートは楽しかった?」 「紫様、どこまで知っているのですか?」 「香霖堂で目を輝かせながら剣を眺めていたり。 紅魔館の図書館で歴史物に夢中になったり。 実に貴方らしい休日の過ごし方だったわね」 「良也さんも同じことを言ってました。ところでそちらの方は?」 ああ、宴会では見たことがあっても挨拶してなかったな。 それでは、いつものように礼儀正しく自己紹介だ。 「オレは鬼心といって、武者修行の旅をしている人間です」 「私は魂魄妖夢と申します。このお屋敷の庭師をしている半人半霊です」 「わかりました。よろしくよっちゃん」 「……はい?」 「妖夢だからよっちゃんです」 「そ、その呼び名はちょっと……」 「じゃあ、こんぱちゃん? よーよー? よむよむ?」 オレにはあだ名のつける程度の能力がある。 どうしても最初の段階であだ名にこだわってしまう。 何があってもこれだけは譲れないのだ。 「普通に妖夢でお願いできませんか?」 「ダメです。たとえ神様であろうと閻魔様であろうとあだ名は絶対につけます」 「うふふっ、紫ったら本当に面白い子を連れてきたのね」 「ま、これぐらいの個性を持つ人間がいたほうが楽しめるでしょう」 「そうそう、私も鍛え甲斐があるってもんさ」 目の前の剣士少女と真っ向から交渉する。 本名だけで呼ぶことは何があっても却下だ。 「能力がある以上、オレはあだ名にこだわるのです」 「なんともみょんな能力ですね」 「みょん……それだ!!」 「えっ?」 「今からお化け剣士さんのことは『みょん』と呼ばせてもらう!!」 「えええええぇっ!?」 「あらっいいわね。そのみょんって呼び名」 「幽々子様!! それはあまりに――」 「これはあだ名決定記念として乾杯だね」 「そうね。祝い事はすぐにやらないといけないわ」 スイスイと姐さんがやる気満々だ。 こうなったらもう誰にも止められない。 「うぅ〜、わかりました。もうそれでいいです」 「ではよろしく、みょん」 ゆゆさんの勧めもあって一晩泊まることになった。 みょんは休暇中なのでオレが夕食を作ることになる。 その辺りは特に問題なくみょんも美味しいと言ってくれた。 たまには寄り道も悪くないな。 「鬼心ちゃん、料理の追加をお願いね」 「はい」 「鬼心!! 酒のおかわりぃ〜!!」 「へい」 「あらっ、お醤油が切れたわね。坊や、持ってきてもらえる?」 「ほい」 あんたらオレをコキ使いすぎ!! 少しは遠慮しろよ!! 振り回されるオレを見かねてみょんが声を掛けてきた。 「あのぉ、私も手伝ったほうが」 「心配しないで。オレは紅魔館で鍛えられているから」 「そ、そうなんですか」 にしても、また台所で料理を作らないといけないな。 いやもぉー、これが忙しいの何のって。 「みょんの主ってどれだけ食うの?」 「いつもはもう少し抑えてくれるのですが……」 「あれでよく太ったりしないね?」 「幽々子様は亡霊なので体格は変わらないかと」 「えぇ〜、亡霊になってまで食べるのか?」 やっぱり幻想郷は常識というものがない。 まぁ、これぐらいでいちいち騒ぐなってことか。 そんなこんなで賑やかな食事となっていった。 ………………。 …………。 ……。 酒宴となった部屋は散らかし放題。 この場で姐さんもスイスイもゆゆさんも寝ている。 「これはひどい」 片付けるほうの身になってほしい。 はぁー、ため息ばかりがついてしまうよ。 「夜分に失礼いたします。紫様を引き取りに来ました」 九尾の尻尾を持つ狐のような妖怪が目の前に現れた。 どうやら姐さんの関係者らしい。 「どうぞどうぞ、お持ち帰り下さい。あ、オレは鬼心と言います」 「私は紫様の式神である八雲藍と申します。ご迷惑をお掛けしました」 おおっ、姐さんと違ってすっごく礼儀正しいね。 みょんに次いで常識を弁えた者みたいだ。 あだ名を考えたかったけど、すぐに立ち去られたのでまた今度にする。 「幽々子様、こんな所で寝ては風邪を引きますよ」 えっ? 亡霊が風邪ひくの? まぁ、そんな突っ込みは野暮だから言わないでおくけど。 「みょん、手分けして運びましょうか?」 「そうですね」 みょんがゆゆさんを、オレはスイスイを寝室まで運ぶ。 それから酒宴となった部屋を一緒に片付けた。 「すみません。客人にこのようなことをさせてしまって」 「いいんですよ。困った時はお互い様です」 みょんの淹れてくれたお茶で一息つく。 働いた後のお茶は格別に美味しく感じるものだ。 みょんも落ち着いた様子でお茶を味わっている。 「みょんはあまりお酒を飲まないほう?」 「はい。私はお酒に弱いので……そういう鬼心さんは全く飲みませんでしたね」 「オレは下戸だから。飲むとすぐに意識不明になるんだ」 「そうですか。宴会の時は大変ですね」 「まぁ、そこは咲さんみたいに裏方に徹するから何とかなるよ」 みょんとは良い茶飲み仲間になれると確信した。 向こうもそう思っているのか、割とよく話してくれる。 「へぇ〜、土樹がここに来たりするのか?」 「はい。お菓子を持って来て一緒にお茶を楽しんでいます」 土樹はどこでも出現するような気がしてならない。 一体どれだけ顔が広いのだろうか? 「鬼心さんは何か武術をたしなんでいますか?」 「自己流の体術を少々。今はスイスイに鍛えてもらっている」 「あの鬼が人間を……よく無事でいられますね」 「自分でもそう思う。よく生き残れたものだ」 オレは鬼教官よりも美鈴ことリンさんみたいな優しい師匠がいい。 紅魔館に行く機会があったら絶対に教わってやる。 「むっ……」 このとき、オレの危険を察知する能力が発動。 剣の達人であるみょんが素人のオレと戦いたいらしい。 まだ最弱の部類に入っているオレに勝てる見込みはない。 「鬼心さん、ちょっと手合わせしてみませんか?」 「理由は?」 「最近、他の武術家の方と手合わせしていなくて」 なるほど、戦う相手がいなくて剣が鈍ると言いたいのだな。 とはいえ、オレは武術家と呼ぶには程遠い存在である。 「悪いが他をあたってくれ。オレは素手で戦うタイプでな」 「でしたら、これを機会に剣を学ばれてはいかがでしょう?」 「道具を使って戦うのは苦手なんだよ。それに、今ここで戦ったら寝ているゆゆさんやスイスイに迷惑だろ?」 「うっ……そ、そうですね」 そんなにしょんぼりしなくてもいいじゃん。 オレみたいな素人と戦ってもガッカリするだけだぞ。 「土樹とは手合わせしないのか?」 「たまに稽古をつけてあげるのですがあまり……」 あー、もうわかったわかった。 土樹はとことん運動系が合わないからな。 そういえば、魔法系でも大成しないとか言われて落ち込んでたっけ? 「他でも探せば充分に手合わせできる相手がいるはずだが?」 「冥界にいる者があまり現世に行くことは良くないのです」 「そうなの?」 「はい、閻魔様からそのようにお説教を受けてしまいまして」 なんかそういうのって差別してるみたいで嫌だな。 宴会だったらそんなの関係なく幻想郷全員でパァーと騒ぐのに。 うーん、戦う相手に恵まれていないのはちょっと可哀想だ。 「みょんの純粋に戦いたいという気持ちはよくわかった」 「鬼心さん?」 「そんなみょんにちょっと相談がある」 「な、なんでしょう?」 「オレは武者修行の旅をしていて次に香霖堂に行く予定だ」 「香霖堂ですか?」 「うん、そこには色々な武器もあるはず」 「はい、たしかに置いてあります」 オレは基本的に武器や道具に頼りたくない。 そういうのに依存してしまうことの危険性を感じているし。 なにより純粋な肉弾戦をしたいという気持ちが大きい。 だけど……。 「オレがその店で自分に合う武器を手に入れる。 そしたら次に会った時、その武器を持ってみょんと手合わせしよう」 「ほ、本当ですか!?」 「あまり期待するなよ。剣術やったことないんだから」 「大丈夫です。その時は私が教えますから」 「そんな嬉しそうに言われるとちょっと怖いな」 スイスイのような鬼教官でないことを祈ってるぞ。 ……いや、やっぱり多少の怪我は覚悟したほうがいいかも。 とにかく、これでみょんが笑ってくれたので良しとしよう。 |
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