人間というのは慣れる生き物である。 適応力というか、無限の可能性というか。 とにかく、地獄の生活を続けていれば嫌でも上達する。 嘘だと思うなら悪魔の教育を受けるといい。 「材料は切ったら、そっちの器に入れて。 焼き加減はいつも通りのタイミングで。 盛り付けの並べ方もさっき言った通りで頼むな」 口が勝手に動くレベルに到達していた。 的確な指示を出せば妖精メイドたちがちゃんと動いてくれる。 「そっちの掃除は後回しでいいよ。向こうのエリアを頼む」 優先順位を決めておかないと時間に追われる。 効率よく仕事を回すコツも咲さんに教わっていた。 「洗濯の物干しで失敗した? じゃあ、籠に入れてその場に置いといて」 後でオレがやることでフォローしておく。 妖精メイドたちが働いてくれるおかげでオレの自由時間が増えてきた。 昼寝の確保もできて、睡眠不足に悩まされることもない。 「咲さん、まだ怪我は治ってないんですか?」 「ええ、少しばかり長引いているのよ」 休憩時間になって咲さんと一緒に紅茶を楽しむ。 器用に左手で紅茶を味わう咲さんには隙がない。 「最近、落ち着いて仕事ができるようになりましたね」 「立派な指導者が目の前にいるんで」 「それは皮肉かしら? それとも褒め言葉?」 「両方」 「貴方はどこまでも正直な人ね。良くも悪くも」 仕事には厳しいけど、日常では気配り上手なメイド長。 リンさんに差し入れしているのを見たことがあるし。 妖精メイドたちの怪我を手当てしてたり。 パノの喘息に効く薬用の紅茶を用意したり。 とにかく、咲さんは裏方に徹してよく働いている。 「咲さん、片手でよく仕事しますね」 「いずれも簡単な作業のみです。複雑な作業が入った時には流石に困難を極めますわ」 ってか、あれならオレが代理しなくてもよくねぇ? なんて言っても無駄でしょうね、きっと。 「よく過労で倒れませんね」 「自己管理には自信がありますので。貴方も人の事は言えないわよ」 「どうやら病気になりにくい体質みたいで。記憶に残る限りでは風邪も引いたことがない」 「私としては楽ができるのでありがたい事です。そのままメイドとして働かれては?」 「さすがに遠慮するよ。早く怪我を治してくれ」 あー、そろそろレミレミのティータイムだな。 咲さん直伝の紅茶を淹れて運んでいく。 とりあえず扉のノックぐらいはしてやろう。 「おーい、入るぞ」 向こうからの返事はないのでOKとみなす。 ドーンと扉を蹴って開けるのがオレなりの挨拶だ。 すぐに危険を察知したのでしゃがみ避け。 レミレミの放つ弾がオレの頭の上を通っていく。 「茶を」 2連発の弾をひょいひょいと左右に避けて前進。 「持って」 今度は3連発の弾をしゃがみ、左避け、右避け。 「きたぞ」 最後の一発をジャンプ回転かつお茶をこぼさないように浮かせて。 レミレミの傍に着地して、なるべく音を立てないように紅茶を置く。 プロの咲さんみたいに無音はさすがに無理だけどな。 「ふっ」 鼻で笑うな、こんにゃろう。 なんか変な芸をしつけられた気分だ。 「中途半端な味ね。50点よ」 「そりゃどうも」 下がっていいと言われるまではその場で待機。 なんてオレが大人しくするはずもなく!! 「ぐぎゃあ!!」 咲さんの踵落としを真似したが片手であしらわれた。 腹部に強烈な弾をぶち込まれて顔を歪めてしまう。 もうちょっとで胃液を吐き出すところだった。 「あんたのせいで館の中がうるさくなったわ」 「マリマリには及ばないよ」 「その姿を良也や魔理沙に見せたらどう?」 「絶対に嫌だ。見られるのはスイスイだけで沢山だ」 あれは忘れないぞ。 スイスイに爆笑されまくって酒の肴になったことを。 くそぉ〜、また無性にレミレミを殴りたくなってきたぜ。 「すぅー、はぁー、すぅー、はぁー」 「なにをしてるの?」 「見てわからないか? 深呼吸だよ。お前の挑発には乗ってやらん」 「ムキになるような子どもが生意気なことをほざく」 「なんだと、お前だって小さいくせに威張るな」 「へぇ〜、そんなに死にたいの?」 「だったらオレと背比べ勝負だ!! 誇り高い吸血鬼が逃げたりしないよな!?」 「あ、当たり前じゃない!! 咲夜!!」 「はい。ではお二人とも背中を合わせて下さい」 ふっふっふ、この勝負なら勝てる。 なにしろオレには頼もしい相棒がいるんだ。 絶対に負けることはない。 「お嬢様」 「な、なによ?」 「背伸びはおやめになって下さいな」 「こらっ、レミレミ!! それはせこすぎるぞ!!」 「ち、違うわよ!! これは元からよ元から!!」 「嘘をつけ嘘を!! 潔く足をつけ――」 「鬼心様も」 「えっ? オレは背伸びなんてしてないぞ」 「いいえ、その厚底のブーツを脱いで下さい」 ギクリ!! 「な、なななんのことでしょうか!? こ、これは、ふ、普通の靴ですぞ!!」 「そんな普通の靴がありますか。さぁ、すぐに脱ぎなさい」 「やだやだ!! これはオレの宝だ相棒だ!! 咲さんだってP――」 はっ!? オレは何を口走ろうとしている!? ダメだ!! これ以上の発言は危険すぎる!! 能力を発動する以前に身体がそう訴えてきた。 「うふふふふふふふっ」 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」 涙目になりながら必死で咲さんに謝りまくる。 この悪魔メイドはレミレミよりも恐い。 あまりにも存在感がありすぎるって。 「お、オレの『厚底くん』が……」 「咲夜、それってなに? 底がやけに厚いけど?」 「身長が伸びたように見せる靴です」 「ふーん、つまりその靴で私を騙していたのね」 「では、お二人とも背中を合わせて下さいな」 オレは厚底くん無しで勝負をする羽目になった。 そして結果は……。 「……ば、バカな……こ、こんなはずでは……」 「ふっ、所詮はお子ちゃまね。貴方は全てにおいて私の前でひれ伏すのよ」 「鬼心ぐらいの年頃はまだまだ成長期です。そんなに落ち込まなくても良いかと」 うぅ〜、今まで相棒の厚底くんで誤魔化してきたのに。 オレは悔し涙をこらえて天井を見上げた。 「それにしても、外の世界にはこんな面白い靴があるのね」 「おい、レミレミ!! 勝手に厚底くんをはくな!!」 「咲夜、今度こういう靴があったら買っておいて」 「かしこまりました」 「無視するな!! オレの厚底くんを返しやがれ!!」 本当の身長がバレて恥をかいてしまった。 ふーんだ、今日はふて寝してやるもんね。 レミレミ、覚えてろぉおおおおおおおお!! ………………。 …………。 ……。 ある日の休憩時間。 オレはスイスイのいる酒蔵に足を運ぶ。 どれぐらい滞在するかを確認するためだ。 そこで意外な人物と会ってしまう。 「あれっ? 見慣れないメイドさんだね」 「ぷっくっくっく。こいつは咲夜の代わりだよ」 「そういえば、咲夜さんが怪我したって言ってたね」 「そう。こいつがその代理ってわけさ」 な、なんで土樹がここにいる!? お前は図書館で勉強だろうが!! どうやらスイスイが土樹を誘ったらしい。 土樹は酒好きだからすぐに乗ったんだろう。 たんまりと酒を飲み、顔を赤くして酔っ払っている。 「よーし、良也。こいつに酌をしてもらえ」 「そうだな。こんな可愛い子に酌をしてもらえたら酒がもっと美味しくなる」 か、可愛いだとこんにゃろう!! な、殴ってやりてぇ!! でも正体をバラす訳にはいかないので大人しくしよう。 「僕は土樹良也。君は?」 げぇっ!! ここで鬼心なんて名乗れないぞ!! な、なにか適当な名前を……。 「き、き……」 「き?」 「……きりんと言います」 「わかった。よろしく、きりんちゃん」 おいスイスイ、お前はニヤニヤと笑いすぎだ。 嘘が嫌いなくせに、こういう嘘は指摘しないのか? どうせ、スイスイのことだ。 楽しい嘘はついてもいいって言うんだろう。 少なくともオレは楽しくない。 バレないように冷や汗をかきまくりだ。 「きりんちゃんはお酌が上手いね。萃香だと入れ方が乱暴でな」 「言ってくれるじゃないか、良也」 酌の仕方も咲さんにビシビシ鍛えてもらったからな。 まさかこんな形で役に立つ時が来るとは思わなかったけど。 ホント、咲さんはどこまで完璧主義者なんだろう。 「良也、少しは強くなったかい?」 「全然。僕みたいな落ちこぼれ魔法使いに期待するなよ」 「だらしないこと言うねえ。誰かさんがガッカリするぞ」 「フランドールのことか?」 「約束したんだろ。強くなったら弾幕ごっこするって」 「いやいやいやいや、僕は嫌だと断ってるんだよ。約束なんてしてないって」 「約束は特別なものだ。ちゃんと守れよ」 「相変わらず人の話を聞かないな。僕なんかより鬼心君のほうがいいだろ」 こらっ、オレに振りかけるな。 蓬莱人の土樹ならいくら遊んでも大丈夫だろ。能力も無効化できるみたいだし。 ぶっちゃけ土樹が遊べば済む話だ。つーか、お前がやれ。 「ま、たしかに鬼心はお前より鍛え甲斐があるな」 「前にも言ったけど僕は熱血主人公じゃないから。スポコンはダメなんだって」 「なぁ、きりん」 「な、なんでしょう?」 「酒の肴に何か芸でもしてみな」 「芸ですか?」 「そうだよ。面白いことをしてこの場を盛り上げてくれ」 「おいおい、萃香。きりんちゃんを困らせてやるなよ」 「おっ、良也は優しいね。きりんに惚れたのかい?」 「いや、僕は子どもに興味ないか――うおぉ!?」 オレの投げたナイフが土樹の前髪をかすめていく。 頭に突き刺すつもりで投げたのにな。 まだまだ修業が足りないってことか。 「おぉ、このナイフは咲夜からもらったのか?」 「はい。その時に投げ方も教わりました。予備にもう一本あるので、よかったら投げナイフをご披露しようかと」 「ご、ごめん!! 子ども扱いしたことは謝るから!!」 「いいえ、これは芸ですから。べつに怒ってないですよ」 「な、なんかデジャブを感じるんだけど気のせいかな?」 「気のせいです。あっ、そろそろ時間が……」 咲さんから借りている懐中時計を見て残念に思う。 スイスイからナイフを返してもらって立ち上がった。 あの調子では1週間ぐらいは滞在してそうだな。 「あ、鬼心」 「フラちゃん、どうしたの?」 通路でフラちゃんとバッタリ会う。 誰かを探しているように見えるが? 「良也が来てるって聞いたの。でも図書館にいなくて」 「土樹なら酒蔵のほうにいたよ。あっちだね」 「あ、そうなの。ありがとう」 「いえいえ、思う存分に遊んでもらいなさい」 「うん。なんか、鬼心って咲夜に似てきたね」 「どこが?」 「腕を組むポーズとか」 「おっといかん。つい咲さんのクセが……」 「雰囲気も似てきたよ。やっぱり同じ人間だからかなぁ?」 「さぁー、オレには何とも言えん。おっと、オレはもう行かないと」 「お仕事がんばってねぇ」 労いの言葉をありがとう。 あとでフラちゃんにはサービスの紅茶でも淹れてあげよう。 さて、休憩後の仕事はパノのいる図書館で手伝いだな。 「あらっ、珍しいメイドね。新人かしら?」 「パノ、オレだよ。鬼心だよ」 オレは速攻で正体をバラしておく。 パノはスイスイみたいにからかうタイプじゃないし。 思った通り、顔色ひとつ変えずに淡々とした返事がかえって来る。 「貴方、いつからメイドに転職したの?」 「オレは代理だよ代理。レミレミから話を聞いてない?」 「あー、そうだったわね。興味がないから忘れていたわ」 「パノらしいね」 素っ気無いほうがこの場合はありがたい。 あそこにいるこあこあみたいに戸惑われてもオレが困る。 「え、えっと……鬼心さんですか?」 「こあこあ、そんなに唖然としなくてもいいじゃん」 「あ、いえ。可愛いメイドさんだと思って……ご、ごめんなさい」 「気にしてないよ。ほらっ、お手伝いに来たから早くやろう」 「は、はい。ではこちらで一緒にやりましょう」 目録作りと本の整理でお手伝いを始める。 ホコリが舞わないようにゆっくりと動くことが肝心だ。 なにしろパノが喘息を患っているからな。 「……んっ?」 「鬼心さん、どうかしましたか?」 「マリマリが来るぞ」 「そうね。そろそろ来るわ」 この豪快な危機感はマリマリ以外にありえない。 門番のリンさんが頑張ってくれるだろうけど勝てないだろうな。 だって相手があのマリマリだもん。マスパーの恐怖は決して忘れない。 「あわわっ、ま、またお仕事が増えちゃう」 「ご愁傷さま、こあこあ」 「えうぅ〜〜」 今度は図書館の壁でも壊してくるだろうか? ドアから派手にやって来ることもあるけど。 仕方がない。先回りして防衛に回ろう。 「ちょっと行ってくる。動符『移動方陣』」 門の近くにワープしたかったが。 「おっ? なんだお前?」 「し、しまった!!」 マリマリの後ろにワープしてしまった。 ホウキの後ろに跨ってで二人乗りになっている。 「ま、いっか。ほら、しっかり捕まってな」 「えっ? う、うわぁあああああああああ!!」 「来たわね、白黒!! 今日こそはここを通さない!!」 あ、今日のリンさんはちゃんと起きてるね。 って、感心してる場合じゃなぁーーーい!! 「彗星!! 『ブレイジング』ぅ!!」 風を切る音ばかりで周りがほとんど聞こえない。 この異常なまでの加速でしがみつく以外に術がない。 「こらっ!! 止まりなさ――」 「『スタァァァアーーーーー』!!」 「ひぃぃぃいいいいい!?」 魔理沙の魔力が箒ごとオレたちを包み込み、まさに彗星のように突撃する。 これに激突したリンさんが宙を舞っていった。 ああ、今日もリンさんがやられてしまったよぉ〜。 「へっ、今日はこっちで派手に入ってやるぜ!!」 「よ、よせ!! ぎぃやぁああああああ!!」 飛び出すな。マリマリは急に止まれない。 猛スピードで館の窓をぶち破り、図書館の壁を吹っ飛ばす。 あまりにも心臓に悪すぎる乱入であった。 「よっ、今日も借りにきたぜ」 「魔理沙さん、今日という今日は許しませんよ」 「おっ、小悪魔か。元気そうだな」 「貴方のせいでまた仕事が増えちゃいました。大人しく帰って下さい」 「そりゃあ大変だな。ま、いい運動になると思えばいいさ」 「ところで……鬼心さんはそこで何をしているんですか?」 オレはマリマリのスピード恐怖で女の子座りをしている。 完全に腰が抜けてまともに立てない。 くそぉ〜、防衛に回るはずだったのにぃ〜。 「なにぃ、お前があの鬼心か? ほほぉ〜、似合ってるじゃないか」 マリマリ、その楽しそうな笑みはやめてくれ。 あと、ガシャガシャと頭を撫でるのもやめろ。 こあこあに助けを求めて椅子に座らせてもらった。 「まったく、無茶をしないでくださいね」 こあこあがそう言われては何も言い返せない。 こうなってはパノとマリマリの弾幕ごっこを見届けるのみ。 お互いの余波で何度か吹っ飛ばされてしまったけど。 「おっ、パノが勝ったね」 裏をかいたパノの弾幕でマリマリがやられた。 頭脳プレイではパノのほうが一枚上手のようだ。 その後はマリマリに向けてパノが説教を始める。 ストレスが大分溜まってたせいだろうか。 もう30分以上も言葉を吐き続けている。 「こあこあ、そろそろパノが危ない。多分、咳き込むと思う」 「鬼心さんの能力って便利ですね」 「まぁ、相手の危機もある程度ならわかるから」 こあこあが喘息の薬と水を用意してパノの傍で待機しておく。 あ、やっぱり咳き込んだ。 マリマリが戸惑いながらパノの背中をさすっている。 いいタイミングでこあこあが入り込んでいく。 「ごほっ……ありがとう、小悪魔」 「いいえ、気にしないでください」 「マリマリ、パノを困らせたらダメだよ」 「べ、べつに、困らせてなんか……」 「とりあえず、マリマリは負けたんだし。大人しく帰ったほうがいいって」 「わかったよ。今日のところは引き下がるぜ」 マリマリがホウキに乗って去っていく。 おい、天井を壊すなよ!! ああ、全然反省の色がないな!! でも、マリマリって根が優しいんだよな。 それがわかってるだけに憎めないっていうか。 「とりあえず、咲さんに連絡して修理作業に入るか」 こあこあ一人だけにやらせるのはあまりにも可哀想だ。 咲さんはマリマリのことを聞くだけでため息をついた。 館の修理の手間や費用も決して安くはないだろう。 「鬼心、貴方はお嬢様のところへ行きなさい。修理の手配は私の方で行います」 「ティータイムだね。了解」 いつものように紅茶を淹れてレミレミの所へ向かう。 ノックして無反応ならOK……うん、いつも通りだな。 扉を蹴りで入っていくと……。 「むっ?」 ここからがいつもと違った。 能力を発動しても攻撃される危険性を感じない。 レミレミが窓際に立ってぼんやりと眺めている。 「……」 テーブルに紅茶を置いてからレミレミに近づいてみる。 レミレミが何を見ているのか? 同じように視線を向けてみたが、窓の景色ぐらいしかわからない。 ……放っておいたほうがいいかな。 何となくそう思って部屋に出ようとした時。 「待ちなさい。誰が下がっていいって言ったの?」 「これでも空気を読んだつもりだけど?」 「一方的に攻撃してくるあんたがどういう風の吹き回し?」 「今日は疲れてるんだよ。マリマリのこともあってな」 「ふーん、あの魔法使いに泣かされたのね」 「誰が泣くか!! ワープの位置さえ間違ってなければ!!」 「必死にしがみついてる姿は実に滑稽だったわ」 「み、見てたのかよ!? 今すぐに忘れやがれ!!」 頭を蹴ってやろうと足を上げた瞬間。 「うぎゃぁ!!」 レミレミが滑り足をかましてオレの態勢を崩す。 仰向けに倒れたオレの両手首をつかんで押さえ込んできた。 なんか、いつものレミレミとは雰囲気がちょっと違う。 「な、なにしやがる」 「貴方の血ってどんな味がするのかしらね」 「はぁっ? そういうのは土樹の役目だろ?」 土樹は吸血の日とかで定期的に血を提供しているらしい。 まぁ、彼は蓬莱人だからいくら血を抜いても平気だしな。 「たまには違った血を味わってみたくなるのよ」 「オレみたいな子どもの血なんて不味いんだろ?」 お前、夕食の時にフラちゃんにそう言っただろ? あん時は子ども扱いされてかなりムカついたぞ。 まぁ、咲さんの料理が美味しかったので聞き流したけどな。 「誰も不味いなんて言ってないわ」 「つーか、いい加減にどけよ。起き上がれないだろうが」 「……」 「無視かよ!! って、口を開くな!! 牙を見せるな!!」 ちょっと待て、冗談だろ? オレの血なんて興味もつなよ。 このまま血を吸われたら、出血多量で死ぬかもしれない。 「レミレミ!! オレを殺す気か!?」 「ちょっと血をもらうだけよ」 「なにを考えている!! オレの能力が今の危険を察知しているぞ!!」 「……ねぇ」 「なんだよ!?」 「人間って脆い生き物よね」 「そりゃあ、お前ら吸血鬼や妖怪と違って弱いだろうさ。蓬莱人でもないし」 咲さんやマリマリや巫女さんなどは例外な。 あれはどう考えても普通じゃない。 人間離れした別の種族だと思っている。 「年月が過ぎればやがて老いて朽ち果ててしまうわ」 「人間には寿命があるからな。それもお前らとは違う」 こいつらはずっと長生きしているらしいけどな。 そんだけ長生きしていたら色々なことが出来そうだ。 そういう意味ではちょっと羨ましかったりする。 「レミレミ、お前は何が言いたいんだ?」 その問いかけにレミレミは答えてくれない。 段々とオレの首筋に近づいてくる。 抵抗しようにも手首を押さえつけられて振りほどけない。 スペルカードも符術も使えない。 「これまでか」 死の覚悟を受け入れて目を閉じる。 加減を知らないレミレミに殺されるだろうと。 そう思った矢先。 「咲夜、どういうつもりかしら?」 「さ、咲さん?」 あれっ? さっきまで押さえ込まれていたのに? いつの間にか咲さんがオレの後ろに立っている。 ドアのところまで立ち位置が変わっていた。 「忠誠とはただ従うのみにあらず。主が間違っている時にはそれを正すのが真の忠誠です」 「へぇー、私が間違ってるって言いたいの?」 「お嬢様、私も彼も人間として一生を終えることが正しき姿です。 決して眷属を求めているわけではありません。 そして人間だからこそ、お嬢様は私たちを置いてくださっているのでしょう」 「咲さん、けんぞくってなに?」 オレの問いに咲さんがわかりやすく教えてくれた。 要するに人間をやめて吸血鬼になれってこと。 さっきの吸血未遂は眷属にするための手続きらしい。 「なんでそんなことすんの?」 「寿命でお別れすることをお嬢様が――」 「咲夜、もういいわ。そいつと一緒に下がりなさい」 「はい、かしこまりました」 なんて身勝手な……いつものことだけどさ。 咲さんの視線が黙って従えと言うので大人しく引き下がる。 あと助けてもらったのでちゃんとお礼も言っておいた。 「なぁ、咲さん。レミレミって寂しいのかな?」 「あらっ、貴方にはそう見えるの?」 「さっき、ぼんやりと窓を眺めるレミレミを見て何となくそう思った」 「そう……あっ、今日でメイド長の代理は終わりですよ」 「もしかして治ったんですか?」 そういえば、右腕に包帯とか巻いてないな。 なるほど、やっとこの地獄から解放されるって訳だ。 ところが、ここで思わぬ真実が――。 「実は最初から怪我をしていないのです」 「……へっ?」 「これはお嬢様からのご命令で。貴方をメイド長代理に仕立て上げよと」 「ま、マジで!?」 「マジです」 「な、なんでそんな事すんの!?」 オレがどれだけ苦労したかわかってるの!? やったことがない仕事をやらされて!! 容赦のない悪魔の教育でヒィヒィ言わされてさ!! 「一言で表すならお嬢様の我侭ですわ」 「レミレミの暇つぶしってこと?」 「さぁー、私は命令に従っただけなので」 「止めて下さいよ!! その忠誠とやらで!!」 「残念ながら、その時は聞き入れてもらえませんでした」 嘘だ!! そのニッコリ顔は絶対に嘘だと言ってる!! 咲さん、あんたも何だかんだで楽しんでたな!! 「もういいや。過ぎたことをグチグチ言うのは面倒くさい」 「そんな貴方だから、お嬢様は別れを惜しんだのかもしれませんね」 「大げさな。まだまだ先の話じゃん」 「あの鬼がそろそろここを出ます。貴方も一緒に行くのでしょ?」 「あ、そういう意味か。ま、付き添いだからついていくけど」 となると明日にはここを出るかもしれないな。 だったら悔いのないように最後のメイド長代理をやるか。 「色々と世話になったし、置き土産とかしたいんだけど」 「それでしたら、私に提案があります」 「ていあん?」 「お嬢様の料理に貴方の血を混ぜるのです」 「そんなことしていいの? 不味くならない?」 「おまじないみたいなものだと思えばいいのです。 お嬢様のことですから、貴方の置き土産に驚かれることでしょう」 それだと形に残らないから置き土産にならないぞ。 でもまぁ、意表を突く作戦としては悪くない。 上手くいけば不意打ちをするチャンスとなるし。 「よし、それでいこう」 仕込みの段階でかなり時間を取られる。 だから調理するならば早めにしたほうがいい。 最終段階になってオレの血を隠し味として混ぜるのだが。 「咲さん、ちょっと多すぎない?」 「いいえ、まだまだです」 「オレ、貧血で倒れそうなんだけど?」 「我慢してください。鬼に鍛えられているのでしょう」 「あんたはやっぱり悪魔だ。その笑みはやめて」 ごっそりと血を抜かれて死にかけ寸前。 レミレミに吸血されたほうがマシだったかも。 あとで鉄分の多い肉料理を食わせてもらったけどな。 「オレ、咲さんの後ろに隠れるから」 「無駄だと思いますけど」 咲さんが料理を運び、オレはその後ろに隠れる。 今日の夕飯ではレミレミがひとりで済ませるみたいだ。 まぁ、この時間帯ではリンさんはまだ仕事中だし。 「お食事をお持ちしました」 「ありがとう、咲夜……んっ?」 「どうなさいました?」 「この香り……いつもと違うわ」 「はい。今回は趣向を変えてみました」 オレは咲さんの後ろで隙を伺っている。 さぁー食え。今すぐに食え。 さんざん弄んだ恨みをここで晴らしてやるぞ。 レミレミがメインの肉料理を一口すると。 「……ちょっと咲夜」 「なんでしょう?」 「やけに甘い味ね」 「お気に召しませんか?」 「いいえ、気に入ったわ。好みの味だし」 オレの血ってそんなに甘いのか? そういえばレミレミって甘党だっけ? 「鬼心からの置き土産だそうです」 おい、咲さん。なんでそこでバラすの!? ほらっ、レミレミが目を点にして唖然としているじゃないか。 こらぁ、ナイフとフォークを落とすなつーの!! 「ちょっと咲夜、なに考えているの!? あいつの血を混ぜるなんて!!」 「お嬢様の考えは当たらずとも遠からずです」 「な、なに言ってるの!! あいつにとって私は敵なのよ!!」 あのぉ〜、話が見えないんだけど? レミレミがムキになってるのもよくわからん。 あまりに意外な反応をするから攻撃のタイミングを見失ったじゃないか。 「おい、そこの代理!! 出てきなさい!!」 「な、なんだよ――って、ちょっと顔が近いって!!」 そんなドアップで睨むやつがあるか。 なにをそんなに怒ってるんだ? 「意味わかっててやってるの!?」 「さっきからなんの話をしているんだ!?」 「あんたが今やったことは、古くから伝わる吸血鬼への『求愛の印』なのよ!!」 「きゅうあい? キュウリなら知ってるけど?」 「ふ、ふざけるな!!」 「ふざけてない!! オレに難しい言葉を使うな!! 咲さん、これは一体なに!? 全くわかんないんだけど!!」 咲さんが笑いを堪えながら説明をしてくれる。 吸血鬼に自分の血を混ぜて料理を差し出す行為。 これはレミレミに『これからもずっと仲良くして』という意味らしい。 「じょ、冗談じゃない!! 誰かお前みたいなチビ吸血鬼と!!」 「ち、チビだと……あんたのほうが小さいくせに!!」 「うっせぇ!! 相棒の厚底くんがあればオレのほうが高いんだよ!!」 「こいつ殺す!! 今すぐに殺すわ!!」 「人間をなめんな!! 今ここでお前をぶっ倒す!!」 オレは持てる限りの術を用いてレミレミと決闘する。 以前よりかは避けられるようになっていた。 レミレミに何度もやられてきたことが修業になっていたのか。 「くそったれ」 それでも致命打を避けるのが精一杯でダメージを負う。 反撃するチャンスを伺ってるが中々難しい。 「今日の夕飯はなんでしょ―ーひぃっ!?」 あ、リンさんが夕食にやって来た。 レミレミの流れ弾がリンさんに当たってしまう。 巻き込んでしまったことを心の中で詫びておく。 「鬼心、いけぇいけぇ!! やっちまえ!!」 「えっ? あ、あれって鬼心君なの?」 「おっ、良也。お前も見物に来たのか?」 「あ、いや。今日はこっちでご馳走になろうかと思ってさ」 スイスイがいるのはわかるが土樹までいたのかよ。 ちょうどいい。土樹を利用させてもらうぞ。 「ちょ、ちょっと!?」 「レミレミ!! これでも食らえ!!」 「うわぁあああああああああああ!!」 土樹を掴んでレミレミのほうへぶん投げた。 レミレミの弾幕が土樹に当たってズタボロになっていく。 まぁ、あれでくたばっても彼なら心配いらない。 「あーずるぅい!! わたしも遊びたい!!」 「おぉー、フラちゃん!! いいところに来た!!」 さすがにオレではレミレミの相手にならない。 スペルカードも符もほとんど使い果たしてしまった。 今こうして生き延びてるだけでも奇跡だ。 「逃がさんぞ、貴様!!」 「やなこった!! オレはもう限界だから後はフラちゃんとやれ!!」 「鬼心はもう遊ばないのぉ?」 「無理!! 頼むからレミレミの相手をしてやって!!」 「むぅ〜、じゃあ後で紅茶を作ってくれる?」 「お安いご用だ!!」 なんとかフラちゃんと交代して一息つく。 二人の弾幕ごっこに巻き込まれて土樹が消滅したけど気にしない。 あー、パノやこあこあが来て凄く呆れていたな。 「リンさんにはあとでサービス料理をつけておこう」 巻き込んだお詫びはちゃんとしないとな。 あっ、土樹はオレを子ども扱いした罰があるから何もしないぞ。 これにより食卓が派手に崩壊してしまう。 修理作業が増えたけどスイスイが手伝ってくれた。 スイスイは大工作業が得意だからな。 ………………。 …………。 ……。 「鬼心、メイド長代理として最後のお仕事です」 「はい、なんでしょう?」 「今晩、お嬢様に付き添って下さい」 「付き添う?」 「吸血鬼は夜にこそ活動する時間となります。ですから一晩中、お嬢様の相手をなさって下さい」 「徹夜であいつの暇つぶしをやれと?」 「そうです」 まぁいいだろう。どうせ一晩だけだし。 上手くすれば寝込みの一撃を当てられるかもしれない。 レミレミは寝室にいるらしいので、オレは戦闘準備を整えておく。 「レミレミ、入るぞ」 後ろ回し蹴りをかまして扉を開けてやった。 この乱暴な入り方に向こうはもう慣れたみたいで反応なし。 「随分と遅かったじゃない」 「戦闘準備に手間取った」 「ほぉー、私の寝込みを襲うつもり?」 「チャンスがあればな」 「……」 「……」 「……いつまで突っ立ってるの?」 「ふむ、ずっと立ってるのは疲れるな」 ここの寝室では広いベットはあるのに椅子がない。 本当に寝るための部屋って感じだ。 オレはベットの端を椅子代わりにして腰かける。 するとレミレミが堂々とオレの隣に移動してきた。 「これは挑戦状と受け取っていいのか?」 「あんたの力でやられるほど私は落ちぶれていないわ」 窓を見ると暗闇を照らす紅い満月が出ている。 たしか、吸血鬼はその時になると絶好調になるんだったか? 何とも嫌なタイミングだ。ますます勝ち目がなくなる。 「こんなに月も紅いから、今夜は楽しい夜になりそうね」 「オレにとっては苦しい夜になりそうだよ」 どうも出かける様子はないみたいだ。 外でレミレミが運動でもして疲れたところを狙う作戦は無理っぽい。 うーん、館を歩き回るような感じもないし。 こうなったら……。 「レミレミ、これで勝負しようぜ」 「なによ、トランプで私に勝つつもり?」 「まずはこれで勝ってみせる!!」 遊び疲れさせて寝たところを一撃する作戦。 まずはトランプで小手調べといった訳だ。 でも……。 「何故だぁあああああああああああ!?」 「フランから聞いていたけど、本当に弱いわね」 ババぬき・神経衰弱・スピード・大富豪・ポーカーなど。 色々なトランプ遊びで勝負を挑んだが負けてしまう。 「トランプではダメだ!! 別の勝負をしよう!!」 咲さんから教わったチェスで勝負を挑む。 5分もしないうちにチェックメイトを食らった。 20回もやったのに20敗ってなんですか!? 「全然ダメね。話にならないわ」 「オレは頭を使うゲームが苦手なんだよ」 「見苦しいわね。自分から挑んできたくせに」 「えーい、こうなったら気分転換だ!! 散歩しようぜ散歩!!」 「えっ、ちょっと――」 頭を使いすぎてこっちが眠くなってきた。 それを逃れるためには運動でもして気持ちを切り替えるしかない。 オレはレミレミの手を掴んで館の中を歩き回っていく。 「身勝手な人間ね」 「お前に言われたくない」 「どこに行くつもり?」 「とりあえず屋敷の案内でもしてくれ」 「私に指図するなんていい度胸してるわね」 「そんなの今更だろ。嫌なら聞き流せばいい」 レミレミは呆れていたが館の案内をしてくれる。 考えてみると他の場所をゆっくりと回ったことがない。 妖精メイドとすれ違うと、向こうがかしこまった様子を見せる。 ああ、そうか。レミレミがこの館の当主だからか。 すっかりこいつの立場を忘れていたぜ。 「あ、リンさんって夜でも門番してるんだ」 あれじゃあ居眠りするのも無理ないな。 あっ、咲さんが何気に差し入れしてるぞ。 ああいう所があるから咲さんって凄いんだよ。 「あらっ、レミィがこっちに来るなんて珍しいわね」 「ただの案内よ」 「ますます珍しいわ。貴方が案内役をするなんて」 「退屈していたからよ」 図書館でレミレミとパノが雑談を交わす。 オレはこあこあの淹れてくれた紅茶を味わっていた。 咲さんの紅茶もいいけど、こあこあの紅茶も美味しい。 「パノってずっと本ばかり見てるよね? 眠くならないのかな?」 「パチュリー様は睡眠よりも読書を優先されますので」 それって目が悪くならない? そんな心配を他所にレミレミがこっちに来た。 「次いくわよ」 「了解」 その後も館の中を案内してもらう。 レミレミがオレの手を引いて積極的に前に出ていた。 「お前、戦う時は絶対に前に出るタイプだな」 「後ろでコソコソと隠れるなんてガラじゃないわ」 「ふーん、でもこの館ってお化けでも出てきそうだ」 「っ!? お、お化けなんている訳ないでしょう!!」 お前だって吸血鬼だからお化けと似たようもんじゃん。 なんて言ったら殺される可能性が高いので黙っておく。 「まったく、これだからお子ちゃまは嫌なのよ」 「なんだと……おっ?」 「な、なによ!?」 「あっちから何か音がしたな。ちょっと見てくるよ」 「ま、待ちなさい!!」 「いててて!! 腕にしがみつくなって!! 折れる折れる!!」 霊力を腕にフルパワーしてなかったらやばかった。 なんとかレミレミに力を緩めてもらって一緒に行く。 「あー、これか」 床にモップが落ちていた。 おそらく妖精メイドが片付けるのを忘れたのだろう。 誰にだって失敗はある。ここは黙って片付けておくか。 「ふんっ、モップごときで怯えるなんて情けないわね」 「別に怯えたつもりはないが?」 「とにかくこれで案内は終わり。戻るわ」 案内を切り上げてオレたちは寝室に戻っていく。 レミレミがベットで横になった。 きっと歩き疲れたのだろう。これはオレの作戦通り。 内心でニヤッとしたのもつかの間。 「うぅ……」 オレの頭がこっくりを繰り返している。 ゲームで頭を使うわ、散歩で身体が動かすわ。 そりゃあ眠くなってしまって当然だろうと。 「ね、寝てはダメだ……寝たら死ぬぞ」 吸血鬼の目の前で寝るなんて自殺行為もいい所だ。 あー、ダメだダメだ!! こういう時は羊でも数えて眠気を取り払わねば!! 「羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹」 「なにしてるの?」 「やましい。お前はとっとと寝とけ」 レミレミなんて構ってやれん。オレは自分の睡魔と戦うのだ。 あぁ〜、やばいぞ。マジでダメだ。 ほ……本当に……ね……む……い……。 ………………。 …………。 ……。 吸血鬼の寝室で寝てしまったという事実。 レミレミにしがみついて添い寝という有様。 つくづく自分の未熟さを感じてしまった。 「勝負は貴様の勝ちだ」 「はっ?」 一緒に朝食をとっているといきなりそう言われた。 なんでも、オレが寝ぼけてレミレミの頭に空手チョップを当てたらしい。 オレ自身が覚えてないからそれは無効だと思う。 でもレミレミは頑なに譲らないので受け入れるしかない。 「素直には喜べないが、これでリンさんに武術を教えてもらえるな」 「……ふんっ」 なんかレミレミが拗ねてるっぽいけど関係ない。 オレは強くなるために修業してるんだからな。 「オレがレベルアップしたら今度こそお前を倒す」 「えっ?」 「なに変な顔してるんだ? お前に一撃を当てるってのはあくまでの目先の目的。 スイスイやレミレミのような強い者を倒すのがオレの本当の目的だぞ」 こいつ、これっきりになると思ったのか? 冗談じゃない。お前ほどの強いやつをオレが見逃すか。 「レミレミにはオレに負けて土下座をするという運命を与えてやる」 「くっくっく、身の程知らずの人間め。やれるものならやってみろ」 「言われなくてもやってやる。オレを生かしたことを後悔させてやるぜ」 表情が暗くなったり明るくなったり忙しい吸血鬼だな。 まぁ、こいつの気持ちなんてオレの知ったことじゃない。 オレはオレの思うがままに戦うだけだ。 さて、スイスイが朝食が終わったらここを出るとのことで。 「えっ、ちょっと待て。それじゃあ、リンさんとの修業はお預け?」 「次に紅魔館に訪れた時には教えますから落ち込まないで下さい」 「うぅ〜、今までの苦労が……」 涙目になりながら旅支度を整えていく。 そんなオレに紅魔館メンバーが餞別をくれた。 咲さんからは2本の銀色ナイフ・3日分の食料。 パノからは無属性魔法の教本・スペルカードの入門書・野草や果物に関する本。 リンさんからはサンドバック風のダッフルバッグ。 こあこあからは持ち運びができる傷薬だ。 「わたしはこれをあげるねぇ♪」 「えっと……折り紙で作ったお守りかな?」 「うん。強くなったらわたしと弾幕ごっこして」 「そうだな。マリマリを倒せるぐらいになったら戦おう」 本当に倒せる日が来るかどうか怪しいけどな。 マリマリってフラちゃんに弾幕ごっこで勝ってるらしいし。 まぁ、ここは諦めずに努力して強くなろう。 目標は高ければ高いほどにオレは燃えるからな。 「おーい行くぞ!! 鬼心!!」 「わかってるよ、スイスイ」 やっぱりレミレミはいないか。 ま、あいつが人を見送るようなことはしないもんな。 「もぉ〜、お姉様は素直じゃないなぁ〜」 「咲夜、レミィは客間のほうにいるから」 「ご協力感謝いたします」 まばたきをした直後。 オレの目の前にレミレミが姿を現した。 今は曇り空だからレミレミが外に出ても大丈夫だけど。 「ちょっと咲夜!! 今、時間を止めたわね!!」 「はて、何のことでしょう?」 「パチェも探索魔法を掛けたでしょ!?」 「私は本の知識以外に興味がないから覚えてないわ」 とぼけまくりだな二人とも。 誰が見てもバレバレだろうに。 「お嬢様、当主ともあろう御方が別れの挨拶をしないのはいかがなものでしょう? それではスカーレット家に傷がつくものと思いませんか?」 「こ、このぉ〜、従者のくせによくもぬけぬけと」 「これも忠誠の証だと思って下さいな」 咲さん、片目でウインクしてとっても楽しそうだね。 腕組みポーズは相変わらずだけど。 「ふんっ……とっとと出て行け」 「言われなくても出て行くぞ。次に会った時には覚悟しておけ」 「……」 「……」 オレとレミレミは真っ向から視線を交わす。 こいつが何を考えてるかはオレにはわからない。 ただ危ない気配はないので殺されることはない。 レミレミが何かを差し出してきたので黙って受け取る。 「貴様には危機管理が足りない。それでも付けて少しは危険な運命を避けることだ」 「なるほど、そういうマジックアイテムか。首にかければいいんだな?」 紅い満月をデザインした首飾りを装備する。 危険を察知する能力が冴え渡ったような気がした。 オレは無意識にもレミレミの頭に手を乗せてしまう。 「な、なにをする!?」 「すまん、何となく――って、お前まで手を乗せるな!!」 「うるさい!! 子どもの分際で生意気よ!!」 「お前に言われたくないわ!!」 くそぉ〜、オレの頭をグシャグシャにしやがって。 仕返しにレミレミの頭をグシャグシャにしてやったけどさ。 とにかくオレとスイスイはこうして紅魔館を出ていく。 相変わらずスイスイはひょうたんのお酒に夢中だ。 「鬼心、あの吸血鬼から一撃を当てたみたいだね」 「寝ぼけてたからオレは覚えてない」 「無意識でもいいさ。お前は私にも一撃を当てているからな」 「えっ? いつ?」 「おいおい、忘れたのか? 鬼の頭を踏みつけた人間はお前が初めてなのに」 「あ、あれはワープミスだって。無効だよ無効」 それでもスイスイは一撃だと言ってきかない。 こうなってしまっては否定しても無駄だとわかる。 大人しく受け入れるしかない。 「次は10発を目標にして当ててきな」 「それは無理だって!!」 「じゃあ、半額セールで5発にしてやるよ」 「おつまみを作ってあげるからせめて3発」 「情けないなぁ。まぁいいか、3発にしといてやるよ」 「おぉー、感謝するよスイスイ」 「約束だぞ。今度は3発当てなよ」 「鬼との約束は特別だもんな。指きりをしてやる」 鬼の子と指きりする時は気をつけないといけない。 向こうが加減を忘れて指折りになるから。 そんなスイスイと指きりをした後でオレは言う。 「スイスイ、古道具屋『香霖堂』に行きたいけどいい?」 「いいよ。あそこは掘り出し物の酒があるからね」 「ありがとう、案内よろしく」 森近霖之助こと通称こーりんがやっている店。 そこでどんなアイテムに出会うのか? それはまた別の話である。 |
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