伊吹萃香ことスイスイの酒旅行。
 オレは武者修行としてスイスイに付き添っている。
 今回やって来たのは真っ赤な館をした紅魔館だ。

「豪勢な建物だな。真っ赤に染まっているのが不気味だけど」
「洋酒とくればここが一番さ」

 オレとスイスイは館の門まで足を運ぶ。
 そこに立ったまま寝ている中国服の女性がいた。
 ここの門番だと思われるが……仕事サボってない?

「こいつはいつもこんな感じだよ」
「なんか館のほうから危険な感じが――あっ」
「ぎゃあ!!」

 門番の頭にナイフが刺さり血がドクドクと噴き出る。
 この時点で彼女が妖怪だとわかった。
 普通の人間だったら致命傷になって人生終わりだし。

「美鈴、またサボっていたのね」
「うぅ〜、咲夜さん。許してくださぁ〜い」

 門番の頭に飛ばしたあのナイフ。
 スピード以外にも何か秘密がありそうだ。
 まるで時間を越えてきたかのような変な感じである。

「やっほー咲夜♪ 洋酒のフルコースを頼むよぉ♪」
「また貴方ですか。少しは遠慮して頂きたいのですが」

 うんうん、その点はオレも同感だ。
 スイスイはもうちょっと遠慮することを覚えたほうがいい。
 とりあえず、ここは礼儀としてちゃんと挨拶をしないとね。

「こんにちは、スイスイの付き添いをしている鬼心です」
「紅魔館のメイド長をしている十六夜咲夜です。以後お見知りおきを」
「はい、よろしくお願いします。サクサク」
「……今の呼び名は私のことでしょうか?」
「はい、咲夜だからサクサ――」
「却下です」
「さくっち」
「嫌です」
「さっちゃん」
「お断りします」

 腕を組んだまま拒否を続けるメイド長。
 だが、オレとて引き下がる訳にはいかない。

「普通に咲夜さんと呼んで頂けませんか?」
「ダメです」
「あだ名にこだわる必要はないかと思いますが?」
「オレは『あだ名をつける程度の能力』を持っているのでこだわります」
「なんとも迷惑な能力ですね」
「そう言われても能力は能力です。引く訳にはいきません」

 メイドさんは真面目ゆえに『ちゃん付け』を嫌がる。
 『さん付け』ならいいらしい。
 そこでオレは妥協策を提示することにした。

「わかりました。その呼び名で結構です」
「では改めてよろしく、咲さん」
「はぁ〜、貴方みたいな人間がこれ以上増えないことを祈りたいですわ」
「それはそれとして咲さん、オレたちは入ってもいいのかな?」
「貴方たちが来ることはお嬢様から聞いております。どうぞこちらへ」
「じゃあ行こう、鬼心」
「了解、スイスイ。あ、門番さんお仕事がんば――って」

 無数のナイフが刺さって倒れている門番さん。
 ……これは見なかったことにしよう。

「咲さん、ちょっといいですか?」
「はい、なんでしょう?」
「スイスイがいなくなったんだけど?」
「あの鬼なら酒蔵へお酒を飲みに行きましたわ。いつものことです」
「あはは、スイスイらしいね」
「そんな鬼と親しくする人間は少ないのですよ」
「そうなの?」

 でも土樹とは飲み仲間だってスイスイが言ってたぞ。
 ああ、彼は蓬莱人だから普通の人間じゃないな。

「こちらです」
「ありがとう、咲さん」
「その呼び名はどうにも慣れませんね」
「慣れて下さい。それにしても……」
「どうかなさいましたか?」
「いや、なんでもない」

 扉の向こうから危険な感じがする。
 この館の主が恐ろしい相手だという事だろう。
 オレひとりだと不安でたまらないな。

「お嬢様、客人を連れてきました」

 咲さんに導かれて部屋に入ってみる。
 真っ先に目についたのは豪華な椅子。
 そこに腰かけて足を組み、さらに頬杖をついている幼女。
 背中にコウモリの羽、真っ赤な瞳。
 吸血鬼だと思われる異様な姿を見せ付けている。

「来たか人間よ。この紅魔館に一人でノコノコやって来るとは」
 
 一歩間違えば殺される。危険度は、よくて五分五分といったところ。
 姐さんやスイスイと対峙した時の威圧感が思い出された。

「オレはスイスイの付き添いだ。文句ならスイスイに言ってくれ。
 あと、手ぶらで来るのは忍びなかったので手土産を持ってきた」

 ここに来る前、土樹から渡されたものがある。
 紅魔館に行く時はこれを持っていくといいと言われて。
 それは……。

「咲夜」
「はい」

 あれっ? 土産がなくなった?
 いや違う。レミレミの手に渡っている。
 ああ、門番の時と同じだ。
 スピードとは違う何かが隠されている。

「人間にしては気が利くほうね。名前を訊いておくわ」

 はむはむとチョコを食べる姿がなんとも子どもっぽい。
 さっきまでの緊張感が一気になくなってしまった。

「鬼心だ。鬼の心と書いてきしんと読む」
「ふんっ、弱い人間が随分と大げさな名前をつけたものね」
「これはスイスイがつけた名前だ。昔の記憶がないオレに本名はない」
「私はこの紅魔館の当主レミリア・スカーレット。見ての通りの吸血鬼よ」
「わかった。よろしく、レミレミ」
「……」

 この時点でオレは死を悟ってしまう。
 レミレミが眉を潜めて殺気を漂わせていたから。
 心の中で念仏を唱えていると咲さんが助け舟を出してくれた。

「お待ち下さいお嬢様。今のは彼の能力によるものです」
「能力? 今のふざけた呼び名が能力だと?」
「はい、彼の話によれば『あだ名をつける程度の能力』だそうです」
「くだらない。そんな能力で私を侮辱するなんて」

 それでもオレはあだ名にこだわり続ける。
 たとえ相手が紅魔館のボスであったとしても。
 でも能力という感じがしないのはオレの気のせいだろうか?

「レミレミというあだ名が嫌なら他にもあるぞ。レア、レス、レット、スカスカ、ミアミア」
「咲夜、こいつ殺すわ」
「殺されてたまるか!! あだ名だけは絶対に譲れない!!」

 レミレミの弾幕が一つずつ飛んでくる。
 リンチに等しい攻撃でオレは倒されてしまった。

「本当に弱いわね」
「く、くそぉ〜」

 逃げるにしても下手をすれば後ろから殺される。
 だったら引かずに戦ってやろうじゃないか!!
 身体の痛みを我慢してオレは立ち上がる。

「なぁ〜に、まだ私に歯向かうつもり?」
「お前がオレを殺すのなら堂々と戦ってやる」
「ふーん、じゃあやってみせてよ」

 オレは符術で気弾を乱射していく。
 レミレミが座ったままで睨みつける。
 それだけでオレの放った気弾を全てかき消した。

「つまらないわね。もっと強い術はないの?」
「オレは肉弾戦が中心でね。あまり術には頼らないのさ」
「これでは暇つぶしにもならないわ」
「そんなにヒマならスイスイとやればいい」
「誰よそれ?」
「鬼の子だよ。さっきも言ったけどオレは付き添いだからな。
 咲さんが言うには酒蔵で酒びたりだそうだ。行けば会えるだろう」

 スイスイは好戦的な性格だから戦いを歓迎する。
 この吸血鬼と充分な相手になるはずだ。
 悔しいけど今のオレではあまりにも無力すぎる。

「咲夜、こいつにあだ名で呼ばれているの?」
「不本意ですが、能力だからと何度も押し切られてしまうので」
「ふーん、まぁいいわ。あんたの好きなようにしなさい」
「では改めてよろしく、レミレミ」

 チョコや鬼の子が決め手だったのかな?
 とにかくあだ名で呼ぶことが許された。
 オレは誘われるままに席につき、出された紅茶を頂く。

「あ、美味い。これは咲さんが?」
「はい。ハーブティーを煎れてみました。旅のお疲れに良いかと」
「お気遣いありがとう」

 レミレミも紅茶を味わっている。
 さっきのチョコはもう食い終わったようだ。

「貴方の能力は『危険を察知する程度の能力』もあるわね」
「いかにも」
「それじゃあ、この現状をどう感じているのかしら?」
「例えるならトラップを仕掛けられている館だ。ちょっとでも間違えたらその時点で死ぬ」
「それにしては、やけに落ち着いているわね」
「怖さという意味ならスキマ妖怪の姐さんでお腹いっぱいだ。
 スイスイにも試練とか言ってフルボッコの恐怖を味わったし」

 レミレミもかなり恐かったけどな。
 でもチョコを食べる姿を見てそんな気が失せたというか。
 まぁ、ダブルショックで感覚が麻痺しているのも事実だし。
 あぁ〜、思い出すだけでもトラウマが――。

「よっ、レミリア久しぶり。鬼心君は無事みたいだね」
「土樹、何故ここに?」
「僕はここの図書館で魔法の勉強をしているからね。
 こっちに来たのは、君がここにいるって聞いたからだよ」
「心配してくれたことに感謝する」
「あのチョコは気に入ってもらえたみたいだね」

 確かに気に入ってたな。
 レミレミの好物はチョコであると覚えておこう。

「そうだ。せっかくだし、君も図書館に行ってみない?」
「断る理由はない。じゃあな、レミレミ」
「れ、れみれみ?」
「レミリアだからレミレミ。あだ名だよ」
「レミリア相手にあだ名って……命知らずだね」

 それでもオレは能力として譲れなかったので。
 あ、レミレミが殺気を放ってきたぞ。
 このままいると殺されそうなのでさっさと出ていく。

「で、でけぇよ!!」

 地下の奥深くにある無限の本棚。
 果てしなく続くような広さで圧倒されてしまう。
 一体どれだけの本が保管されていることか。

「おーいパチュリー、いるんだろ?」
「なによ良也、図書館では静かに――って、あら?」
「鬼心君、彼女が僕の師匠のパチュリーだ。あっちで本の整理をしているのが小悪魔さん」
「あ、こんにちは。小悪魔と言います。こあって呼んで下さい」
「はい、よろしくお願いします。こあこあ」
「こ、こあこあって……」
「こあこあって言ったほうがすぐにオレだとわかるかと思って」
「べ、別にいいですけど。ちょっと恥ずかしいですね」
「貴方、ちょっといい」
「あ、はい」

 パチュリーと呼ばれる魔法使いがオレの目の前に現れた。
 まるで品定めをするかのような視線を注いでくる。

「えっ?」

 軽く指先を切られて血液のしずくが流れる。
 それが彼女の差し出す小瓶に落ちた。
 切られた部分は魔法でやられたらしく特に痛みはない。

「ちょっと調べてくるわ」
「やれやれ、パチュリーの好奇心が始まったか」
「今のは何だ?」
「君が魔法を使えるからって興味を持っているのさ。
 大丈夫。これは最初だけで、あとになったら無関心になるよ」

 土樹が自分の席に座って大学ノートを開く。
 カリカリとペンを走らせる音がよく聞こえた。

「……」

 オレは土樹のお勧め本『初等魔術概論』を読み始める。
 特に属性に関する項目に興味を抱いた。
 属性というのは霊力にどんな色を塗るのが得意かということ。
 赤が得意であれば火、青であれば水。
 なるほど、わかりやすい例えだと思う。

「鬼心君、どう?」
「この属性に関する内容だけど、例えば火属性の人間が風の術を使うのは不可能か?」
「いや、全く問題ないよ。ただ使いにくくなるけどね。
 もともと魔法使いは非効率なことを嫌うから、生来の属性に合った魔法を使うことが多いんだ」
「なるほど。ちなみに土樹の属性はなに?」
「うっ……」
「な、なんだ?」

 聞いてはいけないことだったのか?

「ないんだよ。オレの得意な属性は」
「『無』という意味では?」
「いや無属性ではない。すべてが平坦で大成しない落ちこぼれって事さ」

 そんな落ち込みながら言わなくても。
 苦手なものがないだけでもいいじゃないか。
 良くいえば器用貧乏ってことだろ?

「僕の予想では鬼心君は赤色の『火』だと思うよ」
「それはないと思う。実際に符術で火を使う時は難しかったから」

 使えなくはないけど苦手の部類だろう。
 そもそも、オレには属性に従った符術はあまりないんだ。
 霊力の塊をぶつけるものがほとんどだからね。

「あっ、パチュリーどうだった?」
「彼は『無属性』だと判明したわ」
「おぉっ!! それって魔理沙と同じ属性じゃないか!?」
「同じ属性でも色合いがかなり異なっているけどね」

 無属性とは相手の耐性に左右されにくいのが特徴。
 相手を選ばないので誰にでも魔法の効果を与えられるという。
 しかし良いことばかりでもない。
 無属性は精霊の力を借りずに自分の力を使っていく。
 つまり魔法の燃費が悪くなるので霊力の消耗が激しくなる。

「なるほど、魔理沙がマスパーを使う時、必ず八卦炉を通じているのはそのためか」

 土樹が納得したように呟く。
 マスパーは見たことがあるけどあれは異常だ。
 とても防げるようなものじゃない。

「霊力はそこそこあるわね。良也ほどではないけど」

 そういえば移動方陣を使うとかなり減るんだよな。
 片道だけでも3分の1以上の霊力が奪われる。
 にしても土樹の霊力はそんなにも高いのか?

「鬼心君も魔理沙みたいにマジックアイテムを持ったほうがいいかも」
「気持ちは嬉しいがお金がない」
「心配しなくていいよ。香霖堂の店主で森近霖之助さんがいるんだけど。
 彼に頼めばマジックアイテムを譲ってくれる。ああ、紹介状を書いてあげるよ」

 随分とお節介だな。
 まぁ、生き残るために必要なことだから素直に甘えておくか。
 オレは土樹からの紹介状を受け取り、ふとした疑問を口にする。

「この世界にはスペルカードがあるらしいけど?」

 スイスイから大雑把に聞いた程度であまり詳しくはない。
 だから今のうちに知っておこうかと思う。

「小悪魔さん、初心者でもわかるスペルカードの本ってありますか?」
「あ、はい」
「ついでに無属性魔法の教本も持ってきなさい。あと紅茶もね」
「わかりました」
「パチュリー、平坦な魔法使いの教本とかってない?」
「欲しかったら自分で作りなさい」
「ないんだね。トホホ……」

 スペルカードの入門書と無属性魔法の教本。
 それらを受け取ってページをめくっていく。

「弾幕ごっこってなんだ?」

 淹れてくれた紅茶を飲みながら気になる所を質問する。
 土樹が教師のような振る舞いで丁寧に教えてくれた。
 オレは肉弾戦を好むのであまり興味が沸かないなぁ。

「んっ? ドーピングタイプのスペルカードか」

 自らの身体能力を飛躍的に上げて攻撃を仕掛けるタイプのスペルカード。
 オレの増幅符術と同じものだ。よし、これを作って試してみよう。

「ふむふむ、符名と技名か……じゃあ文字通りで」

 作ったスペルカードを実行してみる。
 まずは宣言しないとな。

「超符『身体超化』!!」

 おぉっ!! 増幅の符術よりも格段に上がった!?
 身体の負担を抑えてあることにも驚いてしまう。

「それで毛が立ってたらスーパー○イヤ人だね」
「それは知らんけど、ただ増幅符術よりも性能が良い」

 1分が経過すると自動的に解除された。
 どうやら今のオレでは1分が限界みたい。

「初めて作ったにしては上手く機能しているわね」
「理論的な術式は符のほうでたくさんやってきたから。
 あとはイメージとかアイデアとかで直感的に作るぐらいかな」
「ま、精進しなさい。少なくとも良也よりは大成する可能性があるわ」
「ありがとう、パチ」
「……はい?」
「パチュリーのパチですよ。オレはあだ名で呼ぶという能力を持ってまして」
「貴方、この本のページになってみる?」

 本を開いた先からドス黒い悪魔が出てくる。
 それが噛み付こうとしてきたので思わず引いた。

「ごめんなさい。フルネームを訊いてもいい?」
「パチュリー・ノーレッジよ」
「じゃあ頭文字を取って『パノ』ではダメ?」
「……はぁ〜、もういいわ。好きにしなさい」

 パノはそう言って自分の席に戻った。
 読書の邪魔をしないように下がっておくか。
 何にしても、これでスペルカードの使い方はわかった。
 オレとしては弾幕ごっこより実戦がいいんだけどね。

「良也ぁ〜」
「げふっ!! ふ、フランドールか」

 舌たらずな口調で乱入してくる幼女。
 土樹の腹に頭突きをかまして押し倒している。
 その女の子が顔を上げてオレの存在に気付いた。

「あれっ? この子だれぇ?」

 レミレミの妹であることは間違いない。
 羽は違うけど、顔や体格がよく似ているからな。
 とりあえず、初対面ということで挨拶しておこう。

「鬼心って言います。よろしくフラちゃん」

 土樹がフランドールと言ってたのでフラちゃんだ。
 フランだと他の人が使ってそうなのでパス。
 フラちゃんが無邪気な笑顔で挨拶を返してくる。

「えへへ、よろしく鬼心。ねぇねぇ、鬼心は弾幕ごっこするの?」
「今はじめて知ったばかりだよ」

 オレの能力がフラちゃんの危険性を感じ取る。
 弾幕ごっこをしてはいけない。
 戦うことはもっといけない。
 どうやらレミレミよりも危ない相手らしい。

「ダメだよ、フランドール。彼は人間だから弾幕ごっこはできないんだ」
「えぇ〜、でもでも良也より強そうだよ。さっきスペカ使ってたじゃない」
「あ、見てたんだ。でもね、フランドールと遊んだら彼は死んじゃうよ。
 フランドールは鬼心君が死んでもいいの? 人間を殺してまで遊びたい?」
「ううん、それはいや」
「だったら安全に遊べるものにしような。トランプとか鬼ごっことか」
「わかった」

 やれやれ、土樹のおかげで命拾いをした。
 紅魔館って本当に危険度の高い所だな。
 それでもオレは強くなるために修業を――。

「鬼心君、悪いけどフランドールと遊んでやってくれないか?」
「オレが?」
「僕はちょっと魔術の勉強がしたいからね」
「まぁ、さっき助けてもらったお礼だ。引き受けてやるよ」

 という訳でフラちゃんと遊ぶことになった。
 トランプでポーカーをやってみたけど……。

「鬼心、お姉様より弱いよぉ」

 なんか知らんけど全然勝てない。
 こういうギャンブル系でも最弱ってことか?
 だったら……。

「よし、今度は鬼ごっこで勝負だ。能力はなしで」
「うん、いいよ」

 能力を使われたら一瞬で終わってしまうからな。
 フラちゃんにハンデをもらって勝負をする。

「逃げ場はこの館の中のみ。タッチしたら交代な」
「うん、わかったぁ」
「じゃあ、今から10秒を数えてくれ」

 フラちゃんが鬼となってオレは逃げる。
 この館、メチャクチャ広いから迷子になるかもしれない。

「うわぁあ!! もう来やがった!!」
「まてぇ〜〜、つかまえるぞぉ〜〜」
「待てと言われて待つヤツはいない!!」

 いくら能力なしとはいえ、フラちゃんの速度は並外れている。
 こっちが全力疾走をしても平然と追いついてきた。

「こうなったら!!」

 足を止めて迎え撃ちの状態で構える。

「さぁ、かかってきやがれ!!」
「えいっ♪」
「なんの!!」
「あっ、よけたぁ!!」
「タッチしないと交代はなしだぞ」
「むむむっ」

 フラちゃんがムキになって連打してくる。
 オレは必死で距離をとりまくった。

「あ、やばっ」

 壁際まで追い詰められてしまう。
 フラちゃんは口元を歪ませて不気味に笑った。
 ちょっと恐いって!! その顔はやめてよ!!

「鬼心、もう逃げられないよぉ」
「ふんっ、面白い。オレは崖っぷち勝負が好きでな」

 オレの挑発にフラちゃんが突進してくる。
 すぐに地面を蹴り、壁を蹴ってフラちゃんの上を――。

「えへへっ」
「な、なにぃ!?」

 なんでフラちゃんが正面にいるの!?
 まさか、オレの動きを先読みしてジャンプしたのか!!

「たぁ〜ちぃ〜♪」
「どぷばぁ!!」

 相撲の張り手じゃないんだから手加減してくれよ。
 い、痛いって。口の中を切ってしまったじゃないか。
 まぁ、歯が折れていないだけマシだけどさ。

「次は鬼心がおにだよぉ。ちゃんと数えてね」
「お、おうっ」

 追いかけるほうはもっと大変だった。
 スタミナも向こうのほうがダントツに上だしな。
 とにかく汗だくになって走りまくったよ。

「お疲れ様です、鬼心様」

 咲さんがタオルと水を用意してくれる。
 さすがメイド長、グットタイミングだ。
 オレは乱雑に汗を拭いて水分補給をする。

「また遊ぼうね、鬼心」
「ああ、またな」

 フラちゃんは満足して立ち去ってくれた。
 ったく、こりゃあ本当にキツイって。

「咲さんが遊んであげたほうがいいと思う」
「生憎とお仕事がありますので」

 この人、ずっと働き詰めでは?
 過労で倒れなければいいけど。

「いやぁ〜、鬼心君がいてくれて本当に助かったよ。僕では運動系の遊びはとても出来ないからね」
「オレだって無理だ。せめて門番ぐらいの実力が――むっ!?」
「鬼心君、どうしたの?」
「門のほうから危ない気配を感じる」
「きっと魔理沙の仕業よ。まったく」

 パノが本を閉じながらため息をついている。
 魔理沙ことマリマリは図書館によく来ているらしい。
 目的は図書館の貴重な本を盗むためだとか。
 本人は死ぬまで借りるだけと言ってるそうだが。

「あれっ? こあこあがいない?」
「さっき急用が出来て魔界まで行ったそうよ」

 急用だって? 逃げたの間違いでは?
 うーん、オレも逃げたほうがいいかもしれない。
 マリマリは肉弾戦をやってくれないし。
 魔法という遠距離ではどう考えても勝てないから。

「あっ……」

 考えている間にドアが派手に開く。
 その先にはもちろん……。

「よっ、また借りにきたぜ」

 噂になっている泥棒さんとのご対面。
 今度から盗人マリマリと呼んであげようかな?

「おっ、良也がいるのか。鬼心は久しぶりだな」
「どうも、マリマリ」
「良也、やりなさい」
「パチュリー、そりゃないだろ。オレが魔理沙に勝てるわけ――」
「よしいくぜ!! 良也!!」
「待て魔理沙!! 僕はやるとは言ってな――うわぁああああああああああああ!!」

 マリマリから弾幕ごっこを仕掛けられる土樹。
 土樹がスペルカードで反撃しようとするが完全に見切られている。
 へぇ〜、土樹って火とか風とか使えるんだ。

「あ、死んだ」

 マリマリの弾幕で土樹がボロ雑巾になってしまう。
 ツンツンと突っついてみるが反応はなし。
 まぁ、彼は蓬莱人だからすぐに復活するだろう。

「さぁーて、残るは鬼心とパチュリーだけだぜ」
「鬼心、貴方もやりなさい」
「やっぱりやるしかないか……マリマリ、ちょっとだけ時間くれる?」
「いいぜ。少しなら待ってやるよ」

 時間の猶予をもらってオレはスペルカード3枚を作り出す。
 それを宣言してマリマリと弾幕ごっこだ。
 マリマリとまともに戦うのは今回が初めてになる。

「来いよ、鬼心」

 マリマリがホウキで飛びながら挑発してくる。
 それなら好都合ということで。

「超符『身体超化』!!」

 身体能力を格段にアップさせて一気に前に出る。

「おっ!?」

 よし、意表を突けた!!
 マリマリが後ろに下がろうとするけどオレのほうが早い。
 飛びながらの右の回し蹴りを放っていく。

「おりゃぁ!!」

 咄嗟にマリマリがホウキを落下させて避けた。
 オレは右足をピタッを止める。これはフェイントだ。
 本命はマリマリのホウキにある。

「でりゃあ!!」

 上げた右足をそのままに踵落としを放つ。
 それがホウキの先端に当たってマリマリの態勢が崩れた。

「いくぞ!! マリマリ!!」

 霊力を拳にこめてグローブみたいにする。
 あとはひたすら打つべし!! 打つべし!!
 しかしマリマリが魔法のシールドを張るから致命打がとれない。

「やってくれるじゃないか!!」
「な、なんだ!?」

 キノコ爆弾みたいなのが飛んできた!?
 おいおい、危険を察知してなかったら巻き込まれていたぞ。
 これでオレとマリマリは思い切り後ろに下がった。

「ふぅー、中国みたいなやつだな。もうお前の間合いには入らないぜ」
「だろうね」

 1分が経過して身体能力が平常に戻っている。
 マリマリが遠距離の魔法で攻撃したらもう絶望的。
 絶体絶命のピンチだ。

「お前はまだ初心者だから通常弾で勘弁してやるよ」

 マリマリの弾幕が一斉に襲ってくる。
 そこでオレは2枚目のスペルカードを使った。

「防符『専心防御』!!」

 X字ブロックの構えで防御力を高める。
 あとはひたすらにやせ我慢を続けるのみ。

「ぐぐぐぐっ!!」

 どんなに痛くても我慢しまくる。
 耐えて、耐えて、耐えまくる。
 そんな防戦一方のオレに向かって。

「げえぇっ!!」

 ちょっと待ってくれよ!!
 なんでミニ八卦炉なんて構えるんだ!?
 それはやり過ぎだろ!!

「いくぜ、鬼心!! 弾幕はパワーだぜ!!」

 危険を察知する能力が反応している。
 あれを食らってはさすがにヤバイと。
 オレは3枚目のスペルカードを使うことにした。

「恋符『マスタースパーク』!!」
「動符『移動方陣』!!」

 頼む!! 間に合ってくれぇ!!
 よっしゃあ!! 逃げられ――。

「ありゃ?」

 確かにワープはできた。うん、避けられた。
 それはいいんだけど……。

「やるじゃないか鬼心、この私に不意打ちするなんて」

 スイスイの頭を踏みつけているオレ。
 マリマリの時よりも危険度が上がってしまった。

「スイスイこんにちは、ここって酒蔵だったりする?」
「ああ、お前さんがいきなり上から踏んできてね。さぁ〜、楽しい鬼遊びの時間だ」
「いらないいらない。さっきマリマリで充分に――」

 ああ、聞く耳なしですか、そうですか。
 その後は思い出したくない。もうマジで勘弁して。

 ………………。
 …………。
 ……。

 紅魔館の広い食卓で夕飯となる。
 咲さんがオレやスイスイの分まで用意してくれた。
 素人目でもわかるぐらいに盛り付けや味付けが完璧である。

「門番さん、怪我は大丈夫ですか?」
「はい、いつものことですから」

 にこやかな笑顔は大いに結構。
 でもね、寝てるのがいつも通りというのはどうかと思うよ。
 まぁ、本人の問題だから何も言わないけど。

「貴方のお名前を訊かせてもらっていいですか?」
「あ、オレは鬼心と言います。そちらは?」
「失礼しました。私は紅美鈴です。中国ではないのでくれぐれも間違えないで下さいね」

 なんだ? 中国と呼ばれることにトラウマでもあるのか?
 まぁ、中国服を着ているから無理もないだろう。
 とりあえず……。

「リンさんと呼ばせてもらうよ」
「あ、あだ名ですか?」
「うん。オレはあだ名で呼ぶ能力を持っているからね。ダメかな?」
「いえ、構いませんよ」

 妖怪にも色々な個性があって面白いな。
 退治屋をやってた頃を思うと本当に想像がつかないや。

「咲夜、薬用のハーブを使ったわね」
「はい、パチュリー様のお体に良いかと」
「ありがとう、咲夜」

 パノさんを気遣う咲さんは素晴らしいな。
 それに比べてこっちは……。

「ぷはぁー、美味い。ここの酒とつまみはいい味してるね」

 ねぇ、スイスイ。もうちょっと遠慮しなよ。
 洋酒をガバガバ飲みすぎ。つまみもがっつき過ぎ。
 咲さんが呆れてるじゃないか。

「ねぇねぇ、鬼心の血ってどんな味?」
「フラン、人間の子どもなんて大した味じゃないわ」

 言ってくれるじゃないか、レミレミ。
 カチンと来たけど今は食事が優先である。
 それだけ咲さんの料理が美味しいということで。

「リンさんは武術をやってますか?」
「あ、はい。多少は」

 おっ、やっぱりそうか。
 リンさんを一目見たときから武道家だと感じていたし。
 達人だと思わせるほどの自然体はとにかく凄い。

「もし良ければ稽古をつけてくれませんか?
 オレ、自己流の体術だからちゃんとした師匠に教わりたくて」
「し、師匠なんてそんな……私なんてまだまだ未熟者ですよ」
「鬼心、私の指導だけでは不満なのか?」
「スイスイはパワーを鍛えるための教官。
 リンさんはテクニックを鍛えるための師匠。
 同じ指導でも修業の方向性が違うってことだよ」

 大体、スイスイの教えはパワーに偏りすぎだ。
 そりゃあ、体力を上げることが大事なのはわかるけどさ。

「お嬢様、鬼心様があのように仰ってますが?」
「このレミリア・スカーレットの許可なく勝手なことはさせないわ」
「なんだ、ダメなのか?」
「そうね。条件をクリアしたら許可してあげる」
「条件って?」
「そこにいる咲夜に勝てたら、美鈴の弟子入りを認めてあげるわ」

 紅魔館のメイド長を相手しろって?
 リンさんをグサグサにお仕置きするほどの強い人が?
 ……マジかよ。

「あー、ちょっといい?」
「ふっ、怖じ気づいたのかしら?」
「違う。咲さんの能力って、もしかして『時間』を止めたりできない?」
「よく見抜いたわね。咲夜は『時間を操る程度の能力』を持っているわ」
「門番の時といい、手土産の時いい。どうもおかしいと思ったんだ」

 タネも仕掛けもない手品を見せられた気分だ。
 そんな厄介な能力を持っているなんて。

「レミレミ、咲さんが時間を操るのなら勝負にならないよ」

 だってそうだろう。
 咲さんが時間を止めてナイフでグサリとすれば終わりだ。
 その時点でオレは死んでいる。

「そんなつまらない事はさせないわ。咲夜」
「はい」
「能力とナイフの使用は禁止。ナイフの代わりはこれにしなさい」
「2本の扇子……ですか?」
「そう、これは余興よ。それであいつを倒しなさい」
「弾幕用のナイフも禁止でしょうか?」
「くどい。その扇子以外の武器を使うことは許さない」
「かしこまりました」

 ハンデをもらうのって嫌な気分だな。
 明らかになめられているって思うから。
 でも、咲さんは接近戦でもかなり強いと思う。
 危険を察知できる能力を持つオレにはわかる。

「勝負はいつやるんだ?」
「食事が終わって2時間後ぐらいでどうかしら?」
「いいだろう」
「鬼心、咲夜は強いよぉ〜。本当に勝てるのぉ?」
「やめたほうがいいと思います。咲夜さんは本当に強いですから」
「私もやめたほうが……怪我しちゃいますよ」

 フラちゃん・リンさん・こあこあ。
 三人ともオレのことを心配してくれている。
 いやホント、この三人には和まされるなぁ。

「それでもオレはやる」

 とりあえず準備運動はしておかないとな。
 あとスイスイにこれらを預かってもらわないと。

「おっ、これ無しでやるのか?」
「向こうが能力なしだよ。だったらオレもそうしないと」

 スペカも符も無しで戦う。
 生身でマジ勝負ができる絶好のチャンスだ。
 これを逃したらオレは一生後悔すると思う。

「にゃははっ、鬼心らしいね。そういう所も好きだよ。
 でも、咲夜は本当に強いよ。思い切り覚悟して戦ってきな」
「望む所だ。オレは強いやつほど燃える」

 ホールのような広場でレミレミたちが観客となる。
 今は対決することに意識を集中しなければならない。
 オレはゆっくりと咲さんと対峙した。

「術を使わずに戦うつもりですか?」
「本当は危険を察知する能力も封じたいんだけどね。これは無意識にやっていることだから勘弁な」
「それで私を倒せると本気で思っていますか?」
「咲さんがどう思おうと咲さんの自由。オレは真っ向勝負をするのみだ」
「……わかりました。それでは覚悟して下さい」

 狩人のような鋭い目付きがオレを貫く。
 こりゃあ、相当な修羅場をくぐっているな。
 圧倒的なキャリアの差を感じさせる。
 それでもオレは戦うことに迷いはない!!

「先手必勝!!」

 というか先に攻撃しないと負ける。
 強く拳を握り真っ向から突進して乱打。
 繰り出すオレの拳を咲さんは軽やかにかわす。

「シュッ!!」

 拳で上に意識を向けさせて右の下段蹴り。
 咲さんが真上に飛んでかわした。

「おりゃぁ!!」

 オレも飛びながら左の後ろ回し蹴りで追撃。
 咲さんは顔をそらして避けてみせた。

「なるほど、その程度ですか」
「なに?」

 咲さんの右手にある扇子が動く。
 ビクッとしながらオレは後ろに下がった。
 返す刀で咲さんが接近しながら薙ぎ払ってくる。

「くっ!!」

 頭を引っ込めて逃げるが、左手の扇子で喉元を狙ってくる。
 オレは反射的に十字ブロックで構えた。
 すると――。

「ぐあぁ!!」

 咲さんが前方回転の踵落としを決めてくる。
 頭に食らって視界がグラッと揺れた。

「いてぇ〜。うぉっ!?」

 水平から襲ってくる扇子の連打が容赦なく迫る。
 下手にガードしたら足払いを食らうだろう。
 咄嗟の判断で後ろに下がるけど、右の扇子突きが腹部を狙ってきた。

「ぐぁぁ……っ」

 かろうじて急所を外すもわき腹に命中。
 ここで足を止めてはいけない。

「でりゃぁ!!」

 オレは中段の前蹴りで牽制する。
 咲さんは軽やかなフットワークでかわす。

「無駄です。貴方の動きは見切っています」

 タイミングを計ったように足払いを食らう。
 オレは後転をして勢いよく立ち上がった。

「なっ!?」

 目の前に咲さんが急接近している。
 扇子でこみかみを2発打たれ、腰に中段回し蹴りの衝撃を食らい。
 顎先を扇子で突き上げられて、さらに空中で水平蹴りを腹部に受けた。

「ふんっ、話にならないわね」
「そもそも魔法を使わずに戦うなんて愚の極みよ」
「ねぇねぇ、やっぱり咲夜が勝っちゃうのぉ?」
「美鈴はどう見る?」
「パチュリー様、どう見ても実力が違いすぎます。これでは鬼心さんが可哀想です」
「小悪魔、貴方はどう?」
「一方的に鬼心さんがやられているようにしか――」
「いけいけ鬼心!! 気合だ根性だぁ!!」

 あー、スイスイの声援は耳に響くなぁ。
 ここで無様に負けたら怒られるかもしれない。

「くそぉ〜!!」

 ダメだ。テクニックもスピードも敵わない。
 オレが勝っているとすればパワーと打たれ強さぐらいだ。
 反撃をしようとしても咲さんの動きについていけない。
 ダメージが蓄積してかなりヤバくなってきた。

「にゃろう!!」

 苦し紛れに拳を繰り出していくが。

「無駄だと言ったでしょう。貴方に私は倒せない」
「ぐあぁっ!! げふっ!!」

 左の突き上げから右の薙ぎ払い。
 扇子の二段攻撃で顎とこみかみに当たった。
 さらに――。

「ぎぃっ!!」

 間髪いれずに蹴り飛ばしてくる。
 咲さんってどんだけスタミナがあるんだよ?
 さっきから連続攻撃ばかりして止まる気配がないぞ。
 くそぉ〜、こうなったら!!

「おりゃぁ!!」

 咲さんに向かって肘打ちを放つ。
 その時のオレは足元が留守になっていたらしく。

 ……い、いつの間に!?

 足払いで体勢が崩れ、無数の連続突きをモロに食らう。
 扇子の先端で全身を打たれて感覚が麻痺していった。
 まるで無数のナイフを投げられたかのような感じ。
 オレは天井を見上げるようにして倒れてしまう。

「つ、つえぇ〜」

 同じ人間なのにまるっきり歯が立たないなんて。
 オレはもっともっと強くなりたいのに。
 これで終わるなんて……嫌だ!! 絶対に!!

「まだやりますか?」
「あ、当たり前だ!!」

 痛みに打ち震えながら立ち上がる。
 スイスイの時に比べたらこんなのは平気だ。

「まだ私に勝てると思っていますか?」
「し、勝負は……さ、最後までやらないと……わからないさ」
「私は客人を苦しませる趣味はありません。今ここで楽にしてさしあげます」

 咲さんは本当に容赦がないな。
 繰り出される扇子と蹴りによる猛攻。
 オレは耐え続けながら必死で考える。
 どうすれば打ち破れる? どうすれば反撃できる?

「……ふっ」

 オレの口元がニヤリと笑う。
 そう……このピンチを乗り越える方法を思いついた。
 あれならオレのパワーを活かせる。
 実際にやったことはないから不安はあるけど。
 それでも……やるしかない!!

「何を考えているかは知りませんが、これで終わりです」

 チャンスは一度っきり。失敗は許されない。
 危険を察知する能力でタイミングを探っていく。
 咲さんの右突きを放つ次の瞬間。

「うりゃあ!!」

 避けずに前に突っ込み、自分の額で扇子の攻撃を受け止める。
 ガシッと咲さんの腕を掴んでの一本背負い。
 そのまま一気に叩きつけようとしたが。

「ぐぁぁ……」

 もう片方の扇子で後ろ首を突かれた。
 両膝が崩れて掴んでいた手を離してしまう。

 ……ま、負けた。

 これが生身であるオレの全力だと悟った。
 間もなくオレは意識を失うだろう。
 その前にやりたいことがあるので立ち上がる。

「はぁはぁ……はぁはぁ……」

 呼吸が乱れてフラフラしているけど構わない。
 スイスイに手土産を渡そう。
 これがオレの全てだったということで。

「ボロボロだね、鬼心」

 悪いけど、眠たくてたまらない。
 これ渡したら……寝るよ、オレ。

「ま、お前にしてはよくやったほうかな」

 咲さんの右手にあった扇子。
 打たれる瞬間に奪っといたよ。
 これぐらいしないと……な。
 意識を失う直前、オレはスイスイに受け止められたような気がした。



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