魔理沙と良也と薬の話


 その日、魔理沙はいつものように幻想今日の空を飛んでいた。

 日課である宝探しをするためである。人によってはガラクタ集めと評するかも知れないが、その実たまに価値のあるものを拾ってくるから侮れない。

 そんな彼女だが、今日はそのテリトリーである魔法の森から飛び出して、迷いの竹林の方まで足を伸ばしていた。

 特に理由はないが、あえてつけるとすれば、こっちの方に面白そうな気配を感じたからだろうか。

 なんともあいまいな理由だが、その勘もあながち間違ってはいなかったらしい。彼女はそこで珍しいモノを見つけた。

「あれは妹紅と……
 確か伝助だったか?」

 彼女の眼科に広がる竹林。うっそうとしけるそれらの隙間に一組の男女の姿が見えた。

 片方は彼女の知り合いである藤原妹紅。この竹林を根城にしている不老不死の蓬莱人である。こちらはここに居るのが当然で別段珍しいことでもなんともない。

 問題はもう一人の人間である伝助の方である。

 彼は何の力も持たない人里の人間のはず。それが妖怪に襲われるかもしれない竹林をなぜ歩いているのだろうか? 妹紅と供にいる当たり、無計画に入ったというわけではないだろう。

「なんだか面白そうだな」
 魔理沙はそう呟くと、あっさり宝探しを中断し二人の後をつけることにした。

 付かず離れず飛ぶこと数十分。二人の後を追ってたどり着いたのは永遠亭であった。そこで伝助は妹紅と離れて屋敷の中に入っていく。彼の目的地がそこであることは間違いないようだ。

「永遠亭に入っていったということは薬か?」

 魔理沙は伝助がここまできた理由をそう推測した。
 永遠亭には月の民が二人住んでいる。その片方は月の頭脳とも呼ばれる程の賢者で、薬学にも精通している。最近では人里の方に置き薬を置いており、その薬の効き目からずいぶんとありがたがられているという話だ。

 逆に言えば普通の病気であるのなら、わざわざ危険を冒してここに来る必要などないのだから、もしかしたら里の方で急患が出たのかもしれない。

 しばらく空中で魔理沙は考えた後、伝助の後を追って永遠亭の中に入ることにした。箒の高度を下げて、ふわりと地面に降り立つ。彼女は次に玄関へと手を伸ばすのだが、そこでタイミングを合わせたかのように引き戸が内側から開けられた。

 敷居の向こうにいたのはウサ耳を頭から生やしたブレザー姿の少女。外の世界ではコスプレの一種と思われそうではあるが、ここは幻想郷。常識にとらわれてはいけない。彼女はれっきとしたウサギの妖怪である。

「よう、鈴仙」

 魔理沙は片手を上げながら気軽にその少女に挨拶をする。

「誰かと思えば魔理沙じゃない。
 珍しいわね、ここに来るなんて」

「ちょいと珍しいものを見かけてな。
 ここに人里の人間が来なかったか?」

「確かに師匠を訪ねて一人来たけど……
 まさかその人のことをつけて来たの?」

 鈴仙は呆れたと魔理沙を見た。だが彼女はその視線をあっさりと流すと「邪魔するぜ」と一言。そのまま永遠亭へと上がりこんでいってしまう。

「ちょ、ちょっと、勝手に上がって……」

 後ろの方で鈴仙の抗議する声が聞こえてくるが、魔理沙はまったく気にしない。鈴仙も某吸血鬼の館に盗みに入るような輩には今更何を言っても無駄であると分かっているのだろう。わざわざ追いかけてきて引き止めるようなことはしなかった。それをいい事に魔理沙は我が物顔で廊下を進んでいく。目指すは永琳の診察室だ。その部屋の襖の前まで来ると、魔理沙は耳を澄ませる。

「やー、先生悪いね。
 あの二人は本当にまどろっこしくてな」

「この程度ならかまいませんよ」

「お礼は後で持ってきますんで」

 中から聞こえてくるのは伝助と永琳の会話。何の話かはさっぱり分からなかったが、急患の類と言うわけではないらしい。いよいよ面白くなってきたなと魔理沙は顔に笑みを浮かべた。

 とそこで伝助がどうやら帰るらしい。中から物音がすると共に襖のすぐ向こうに人の気配を感じる。魔理沙は急いで宙へと浮き上がった。間髪いれずに襖が開き、中から伝助が外に出て行く。

 それを上から見送りながら、魔理沙はどうしたものかと考えた。

 面白そうなことには違いないらしい。しかし、その正体は今だ掴めないままだ。一番いいのは当事者に聞くことだが、盗み聞きをしていた手前、今更聞くのは罰が悪い。

 魔理沙は唸るが、そんなことなど悩むだけ無駄だったとすぐに知ることとなる。中から「そんなところに隠れてないで、入ってきたらどう?」という声が聞こえてきたためだ。どうやら永琳にはバレていたらしい。

「よう、邪魔してるぜ」

 だったらかまわないかと魔理沙は開き直り、堂々と診察室の中に入っていった。

「久しぶりね。
 あなたがこんな所に来るなんて珍しいじゃない。
 薬の入用かしら?」

「いや、散歩の途中で立ち寄っただけだぜ。
 それよりも珍しいと言ったら、さっき人里の人間がここまで来てたじゃないか」

「以前頼まれていた薬を渡したのよ」

「へえ、それはどんな薬だ」

 魔理沙の目の奥がキラリと光った。人はその光を好奇心と呼ぶ。

「そうね、あえて言うなら強くなれる薬かしら」

「へえ、強くね。
 そこに置いてあるのが?」

「ええ、少し作りすぎてね。
 まあ、強くなると言ってもその薬は……」

「えーりん、どこ?
 やって欲しいことがあるんだけど」

 彼女は薬の説明を続けようとするが、それは屋敷の奥から聞こえてきた声に遮られた。鈴のように軽やかのこの声は、永遠亭の主人であるもう一人の月の民、輝夜のものだろう。

「ちょっと、席を外させてもらうわ。
 うちのお姫様が呼んでいるみたいだから」

 永琳は立ち上がると屋敷の奥へと消えていく。恐らく輝夜の元へと向かったのだろう。後には薬と魔理沙が残された。ここで永琳がもう少しでも魔理沙の性格を考慮していれば、この話はここで終わっていただろう。

 そう、永琳は失念していた。魔理沙の手癖の悪さを。

「余ったっていうことは、いらないってことだよな。
 これはわたしが有効活用させてもらうぜ」

 魔理沙は言うが早いか永琳の残した薬を掴むとそのまま診療室から出て行った。





 さてさて、そんな訳で永遠亭から薬を盗み、もとい拝借してきた魔理沙は魔法の森まで戻ってくると、薬を手の平にのせて佇んでいた。その目的はずばり薬の効果を試すという事だ。

 本当は自分の家まで持って変えるつもりだったが、どうやら我慢し切れなかったらしい。

「確か、強くなる薬だって言ってたよな」

 好奇心に胸を躍らせて、魔理沙は確かめるように呟く。薬紙を開くと、そこに乗っているのは白い粉。別段特別な感じはしない。あまりにも普通すぎて、本当に効果があるのか疑わしくなるほどだ。

 口に含む直前、彼女は一瞬躊躇うが、彼女の中の天秤に好奇心以上に重い分銅は存在せず、あっさりと薬を飲み込んだ。

「これで強くなったのか?」

 薬を飲み干した彼女は確かめるように手を閉じたり開いたりするが、別段変わった感じはしない。魔力に関しても同様だった。偽者だったのかと彼女は首を捻る。

「よう、魔理沙じゃないか」

 そこに背後からかけられるのは男の声。この声には魔理沙は聞き覚えがある。彼女の数少ない男友達である良也のものだ。

「よう、りょう……や」

 彼女は振り向き、いつものように軽く挨拶をしようとするが、その言葉は何故か尻すぼみになってしまった。

「どうした?」

 その様子をいぶかしり良也は魔理沙にそう言うが、魔理沙はそれ所ではなかった。口では何でもないと返すものの、心の中は疑問で溢れかえっている。

(なんで? なんで? なんで?)

 まるで壊れたカセットテープのように心の中で呟くのはその言葉だ。

 というのも、

(なんで、良也の奴がこんなに格好良く見えるんだ)

 そう、なぜか魔理沙の目には良也の姿が格好良く映っていたからである。

 彼女の中の認識では土樹良也と言う人間は美形というカテゴリーには含まれている人間ではない。同じ男の知り合いならば、香霖堂の店主である霖之助の方がそのカテゴリーに含まれてしかる存在であろう。

 だというのに、どういうことだろうか。

 今日の良也はいつもと違って何故か格好よく見えた。

「りょ、良也。
 今日はなんだかいつもと違うな?」

 それをオブラートに包んで、魔理沙は良也に問いかける。

「そうか?
 あー、服を新しくしたからかな。
 普段おしゃれに気を使う方じゃないけど、気に入ったものがあってつい買っちゃったんだ」

 その服が余程気に入っているのか、良也は嬉しそうに話す。その笑顔が眩しくて直視で着そうにない。魔理沙は思わず顔をそらした。

(いやいや、冷静に考えるんだ私。
 良也が少し、いやちょっとだけ格好よく見えるのは、きっと新しい服のせいなんだ)

 適当な言葉を返しながら魔理沙は必死に心の中で言い訳を唱えていた。

「どうした?
 調子でも悪いのか?」

「い、いや、なんでもないぜ。
 それよりも、良也はなんで魔法の森に?」

「魔法の勉強の一環で、パチュリーが魔法薬の原料を集めてこいって」

「そ、そうか」

 心臓の様子がさっきからおかしい。別段激しい運動をしているわけではないのに、音が耳に聞こえそうなくらい心臓が激しく動いている。

(これじゃあ、まるで……)

「魔理沙、やっぱり調子がおかしいんじゃないのか。
 顔も少し赤いしもしかしたら熱があるんじゃ」

 良也は心配そうな顔で魔理沙に手を伸ばした。その手が触れようとしているのは彼女の額。

 魔理沙は何が起きようとしているのかが分からなかった。目の前にいるのは数少ない男友達で、その彼が何故か自分の額に手を伸ばしている。

 ああ、やっぱり良也は男なんだなと、その近づいてくる以外に大きなその掌を魔理沙は呆然と見つめながら思った。やがて冷たい感触が、そこに伝わる。

 パシッ

 その瞬間、訳が分からないまま、魔理沙はその手を払った。その掌の感触が否だったわけではない。ただ、その手に触れられてたらどうにかなってしまいそうな気がしたのだ。だが、どうして自分がそんな行動をとってしまったのかが分からない。

「あ、その、ごめん」

 良也の驚いた顔に、そしてすまなそうな顔に、魔理沙はなんだか居た堪れなくなる。

「ちょ、ちょっと急用が出来たから、これで失礼するぜ」

 普段の彼女には似つかわしくない行動。魔理沙は逃げるように後ずさり踵を返すとそのまま自分の家のある方に飛び去った。

 幻想郷の風を体に受けながら、彼女は自問自答を繰り返す。どうしてこんな行動をしてしまったのかを。簡単な答えは目の前に出ていたが、どうしてもそれをすぐには受け入れることが出来なかった。これが緩やかな変化の中でそうなったのなら、彼女はあっさりと受け入れたのだろう。

 だが、地震のような突如の激しい変化に彼女の理性はその結論を拒んだのだ。

「だって、良也は、良也は……
 友達のはずなんだ」

 自分に言い聞かせるように魔理沙は呟く。その瞳は僅かに潤んでいた。それが強風が当たることによる生理的な現象なのか、それとも感情の高ぶりによるものなのかは分からない。ただ魔理沙は家に帰るまで、同じ言葉を繰り返していた。
 自分が良也に恋をしているなんて嘘だと。





 翌日、魔理沙は疲れた顔で幻想郷の空を飛んでいた。寝不足によるものである。昨晩は自分の感情の変化に戸惑い、色々なことを考えすぎて、よく眠れなかったのだ。疲労した体が家でゆっくりとすべきだと訴えるが、彼女はその欲望を無視して良也の姿を探していた。

 その感情を認めた訳ではない。ただ、昨日の自分の態度をあんまりだと考え、彼に一言謝ろうと思ったのだ。彼と会ったときのことをシミュレーションしながら魔理沙は空を飛び続ける。この前までの自分なら彼にどうやって謝っただろうかと必死になって考えた。

「そうだよ。
 自然にすればいいんだ。自然に」

 その言葉を何回呟いたかは分からない。だが、そう呟いていないと不安だったのだ。

 不意に魔理沙の心臓が跳ね上がった。良也の姿を見つけたためだ。

 場所は人里近くの森。そこに入っていく姿が見える。いつもの彼女だったら、その後姿に大きな声で呼びかけたかもしれない。だが、今の彼女にはそれができなかった。高度を下げて地面に降りると、まるで怯えるかのようにこそこそと良也の入った森へと足を踏み入れていった。

 その姿が見つかることと見つからないこと。どちらを期待しているのかが分からない。周りを必死で探りながら不安げに歩くその姿は迷子の子供のようにも見えた。

 やがて彼女は人の気配を感じると、木陰からそっと顔を覗かせた。

 少し開けた森の一角。そこには人里の者であろう若い男女の姿が見える。

 ちょうどいい、あの二人に良也を見なかったか聞いてみようと彼女は一歩ふみ出て、口を開こうとするが、次の瞬間その口はふさがれ、草むらの中へと引き込まれた。

 あまりの事態に魔理沙はパニックに陥り、手足をばたばたと振り回すが、相手は若い男のようでびくともしない。幾分か冷静になり魔法を使えばいいと魔力を手に集めだしたところで、聞き覚えのある声が耳に届いた。

「し、魔理沙。
 静かにしてくれ」

 その声を聞いた瞬間、魔理沙の思考が真っ白になる。その声の持ち主が自分の探し人である良也だったからだ。彼に抱きかかえられ、口をふさがれているという事態に理解が追いつかない。だが、そんな魔理沙の様子に気づいていないのか、良也の視線は先ほど魔理沙が見つけた男女の方を見ていた。

 その男女がなにやら会話を交わした後、抱きしめあったところで魔理沙の側の茂みから「よし」という良也とは別の男の声が聞こえてきた。どうやらもう一人いたらしい。

「やりましたね。デンさん」

「ああ、苦労した甲斐があったってもんよ。
 そいつと良也、そろそろ霧雨の嬢ちゃんを離してやれ」

 そう言われて、良也は今の状況に気付いたのか、慌てて魔理沙を開放した。

 魔理沙はしばし呆然とした後、立ち上がり、服の汚れを払うと上ずった声で聞いた。その顔は赤い。

「良也、どういうことか説明してくれるよな」

「あー、いや、そのごめん」

 とりあえず良也は謝った。マスタースパークの一発位は覚悟をする。

「霧雨の嬢ちゃん。
 これには訳があるから許してやってくれ」

 そこに弁解をするのは隣に立っている男だった。どっかで見たことがあるなと思うと、魔理沙はそれが昨日永遠亭を訪れた人里の人間だと気付く。

「実はよ、あそこにいた二人なんだが、幼馴染なんだ。
 好きあっていることは間違いないんだが、いつまで経ってもくっつかなくてな。
 みんなヤキモキしていたのさ」

「それが、今日ようやくくっつきそうだったから、私に邪魔させないようにしたと?」

「ああ、ここまでくるのに苦労したからな。
 何せ薬師の先生に『惚れ薬』まで作ってもらったんだから」

「惚れ……薬」

「ああ、このために皆で薬代をカンパしてな。
 いやー、大変だったぜ」

 そのまま、伝助は自分の苦労話を始めるが、魔理沙はすでに聞いていなかった。自分の中ですべての物事が一本に繋がったためか。

(あぁぁぁぁぁ、永琳の奴。何が強くなる薬だぁぁぁぁぁぁ)

「良也、急用が出来た!
 これで失礼するぜ!」

 心の中で永琳を罵倒しながら、昨日とまったく同じ台詞を残して魔理沙はその場から飛び去った。相対速度による烈風を切りながら、今までの最大速度で永遠亭に向かうと、玄関から入るのも惜しいとばかりに、障子張りの窓を突っ切って診察室へと突入する。ちょうどそこにはカルテらしきものを読んでいる永琳の姿があった。

「なんの用かは知らないけど、せめて玄関から入ってくれないかしら」

「そんなことはどうでもいい。早く解毒剤をだせ!」

「解毒剤?」

 魔理沙の言葉に永琳は訳が分からないといった様子で首をかしげた。

「そうだ。お前の作った惚れ薬の解毒剤だよ!」

「ああ、薬の余りがないと思ったら、あなたが持っていってたのね」

「あれを飲んで私は大変なことになっているんだ。早くなんとかしろ!」

「なんとかしろと言われてもね」

 そこで永琳は含むような言い方をした。魔理沙はその声色に急に不安になってくる。

「おいおい、まさか解毒剤がないなんて言わないよな」

「解毒剤といっても……
 魔理沙、あなたがそれを服用したのは何時?」

「昨日の昼間だ」

「だったら、薬の効果は切れているはずだけど」

「そんなことあるもんか。現に私は……」

 そこで永琳はふうとため息をついた。その表情はやれやれと語っている。

「あなたが何を勘違いしているのかは分からないけど、あれはそもそも惚れ薬なんてものじゃないわよ。
 あれの効果は好きという感情を一時的に強くする薬。
 里の人間に頼まれてね。くっつきそうでくっつかない男女がいる。どうにかしてくれって。
 好きという気持ちが強くなれば、自然と相手にその意思を伝えようとする行動に出るでしょ。
 だからあえて言うならば、少し勇気が出て強くなれる薬。
 その薬を飲んで、あなたがどうなってのかは知らないけど、それは間違いなくあなたの気持ちよ」

「そんな、だったら私は……
 私はあいつのことが……」

 好きだったっていう事じゃないか。

 魔理沙はそれっきり黙りこんでしまう。その姿に永琳はしょうがないわねと口を開いた。

「だったら聞くけど、魔理沙はその人のことが嫌いなの?」

 そんな訳はない。良也はいい奴だし、なによりもやさしい。魔理沙にはそんな人間を嫌うことなんて出来ない。

「あなたにとってその人はどんな人かしら。
 別の身近な男と比べてみなさい」

 そう言われて魔理沙は頭に良也と霖之助の姿を浮かび上がせた。良也の方はどう言えばいいのか分からなかったが、霖之助の方はあっさりと自分にとってどんな人間かを言い表すことが出来た。

 霖之助は魔理沙にとっていわゆる兄のような存在だ。幼い頃からの知り合いで、今でも時々世話を焼いてくれる。いつも見守ってくれる優しい兄のような存在。それに対して良也は魔理沙にとってどんな人間だっただろうか。


 はじめて会ったとき、彼は生霊で変な奴だと思った。


 夜、ルーミアに襲われて、悲鳴を上げながら逃げ回っている姿を見て、情けない奴だと思った。


 外の世界に帰って、もう会えないはずだと思ったのに、ひょっこり戻ってきたときはうれしかった。


 彼の持ってくる外の世界のものは珍しくて、それをくれるように何度もせがんだ。


 紅魔館にパチュリーを紹介するために箒の後ろに乗せたときはなぜか少しドキドキした。


 射命丸に強い酒を飲まされて、倒れたときはしょうがない奴だなと笑ったが、その反面心配した。


 外の世界出身の巫女の世話を甲斐甲斐しくやくところを遠くから見ると、なぜか気持ちがモヤモヤした。


 そして、一緒に人里を歩くとき、なぜか分からないけど幸せで、満ち足りていた。


「鈍いな私。
 今まで気付いていなかったなんて」

 自分にとって良也はどんな存在なのだろうか。答えはとうに出ていた。

「私は」
――霧雨魔理沙は――

「あいつのことが」
――土樹良也のことが――

「いつのまにか」
――どうしようもなく――

『好きだったんだ』


「気持ちの整理はついたかしら」

「ああ、おかげさまで」

「そう、彼なら生活力もあるし、幸せにしてくれるでしょうね」

 魔理沙はその台詞に虚を疲れたかのような顔をすると、顔を赤らめた。

 その顔を隠すかのように三角帽子を深くかぶり直す。

「……知っていたのか?」

「医者は観察するのが仕事よ。
 他の人は知らないけど、分かっていたわ」

「そっか。
 今度改めてお礼に来るぜ」

 魔理沙はそのまま窓から外へと飛び出していく。その表情は何かが吹っ切れたような感じがした。

「はあ、だから玄関から出入りしてくれないかしら」

 その後姿を目で追いながら、永琳は今日三度目となるため息をついた。

 だけど、その顔には自然と笑顔が浮かんでいた。





 魔理沙は良くも悪くも実直な人間だ。心に決めたことは何が何でもやろうとするきらいがある。

 風を切り、鳥を追い越し、進む先にあるのは博麗神社。

 急がなければと心の中で彼女は叫ぶ。急がないと彼が帰ってしまうと。

 自分の気持ちを認識した瞬間。彼女はこの思いを良也に伝えずにはいられなかった。幻想郷を包む結界は彼女には越えることの出来ない壁。そこを超えられてしまったら。追う術はない。次に会うのは恐らく一週間後になってしまうだろう。

 そんな長い時間、彼女は自分が我慢できるとは思えなかった。

 神社の境内に見慣れた男の姿が見える。その姿を認めた瞬間、彼女の心に様々な気持ちが溢れかえった。

「良也!」

 彼が帰ってしまわないように、引き止めるために魔理沙は叫ぶ。その声が聞こえたのだろう。大きなリュックを背負った彼は彼女を見つけて立ち止まった。あと少しだと彼女はより一層魔力を込める。そのせいで着地を失敗し彼女はつんのめると前に倒れこんでしまった。

「おい、魔理沙大丈夫か?」

 彼女の上に影がかぶさる。そこには心配そうな顔をした良也の姿があった。魔理沙は差し出された手を握り締めると立ち上がり、彼の目をまっすぐ見つめる。

「良也」

「なんだ?」

「私は、良也のことが―――」


FIN


あとがき
 恋している魔理沙を書いてみたと思ってつい書いてしまいました。
 自分にはここら辺が限界です。
 こんなん魔理沙じゃないという方すみません。



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