「良也か? わしじゃ。
そちらが暇なときでいい。少々頼みたいことがあるんじゃが」
はじまりは爺ちゃんからの一本の電話だった。爺ちゃんには幻想郷のことでたまに相談に乗ってもらっているし、それならばとその週の土曜日に爺ちゃんの家に行ったのだ。
玄関で待ち構えていた爺ちゃんに通された居間には黒い箱が存在していた。箱といっても紙で出来たダンボールのような安物ではなく、プラスチックに金属で縁取りされたなにやら頑丈そうなものだった。
「爺ちゃん、なにこれ?」
「おお、頼みごととは他でもない。これをちょっと射命丸殿に届けて欲しいと思ってな」
「届け物?」
曰く、爺ちゃんはその昔、射命丸に出世払いを約束して弟子に入ったらしい。そのまま幻想郷から追い出され、お礼しようにもしようがなく、しょうがなかった(ダジャレ)のだが、そちらと連絡がとれる手段が出来たということで、遅まきながらもお礼をしようと思ったらしい。もちろん、その連絡手段とは僕のことだ。どうせ明日には向こうに行こうと思っていたところだし、すんなりと承諾した。
「ああ、あとこの手紙も一緒に渡しておいてくれんかの」
そう言って懐から手紙を出す爺ちゃん。手紙の一通くらい変わらないし、それも簡単に受け取ったのだが、このことを僕は後になって後悔するのだった。
弟子からの贈り物
「射命丸いる?」
翌日、幻想郷へとやってきた僕はさっそく妖怪の山へとやってきていた。語りかけた相手は椛。妖怪の山の哨戒役である。
「残念ながらあの人は今いない。届けものか?」
椛から返って来るのは予想道理の答え。うん、あのパパラッチはそう都合よくつかまらないよね。いなくてもいいときにはなぜかいるくせに。まあ、ここで椛に代わりに渡してもらってもかまわないだろう。そう重い、口を開こうとするのだが……
「おや?」
「ん?」
「文さんが帰って着たみたいだ」
その言葉に椛の見ている方向を見るが、晴れ渡る空があるだけで何も見えない。しかし、それもしばしのこと。やがて黒い点が現れ、それはものすごい勢いで大きくなっていく。
「おーい、射命丸!」
やがてこちらの上空を通り抜けようとする、その黒い点に対して、僕は大声で呼びかけた。
「あやや、良也さんじゃないですか。
どうしたんですか、こんなところで?」
急停止する黒い点こと射命丸。彼女はすぐさまポケットから手帳とペンを取り出すと、面白いネタがあるなら教えろといわんばかりに近づいてくる。
「ああ、お前に届けものだ」
「届け物ですか?
使い捨てカメラなら、先日届けてもらったばかりだと思いましたが」
「いや、こっちは別口。そうだな、灯夜って名前に覚えないか?
五十年位前に、弟子入りした人間がいたと思うんだけど」
「灯夜、灯夜……
ああ、そういえばいましたね、そんな格闘バカな人間が。
確か、暇潰しに稽古をつけたような気がしますが」
爺ちゃんの修行は射命丸の暇潰しだったらしい。いや、まあいいんだけどね。
「それ、僕の爺ちゃんなんだけど、その爺ちゃんからの届け物」
「あやや、灯夜って、良也さんのおじいさんだったんですか。
そう言われてみれば、どこか似ていますね」
どこかとは聞かない。そんなことを聞けば、こちらがダメージを食らうこと間違いないからだ。
「まあ、そんなわけで、五十年前のお礼って事で、はい、まず手紙」
そう言って爺ちゃんから預かってきた手紙を射命丸の奴に渡す。射命丸はさっそく封を切り、最初はにこやかに手紙を読んでいたのだが、途中その笑顔は固まった。あれ、手紙になんか変なものでも書かれていたのか?
「良也さん。はやく、はやくカメラを出してください」
一瞬の停止の後、射命丸は目をキラキラと輝かせながらそういった。いや、あれはギラギラと言ったほうがいいだろう。爺ちゃんからのお礼のしなとはどうやらカメラだったらしい。その迫力に気圧されて、肩にかかっていた箱を差し出した。有無も言わさず箱を開ける射命丸。そこには明らかに高そうなカメラが鎮座していた。
「こ、これは!」
射命丸はそれっきり言葉を失う。まあ、それもそうだろう。そのカメラは外の世界の写真屋が所有するようなものだったのだから。しかも、それだけじゃ飽き足らず、望遠レンズやらなにやら計五本のレンズがある。カメラのことはよく分からないが、へたすると七桁くらいするのではないだろうか。
「いやー、今まで忘れてましたが、灯夜はいい弟子でしたね」
そう言って目元をぬぐう動作をする射命丸。感極まって泣いているように見えるが、その実涙ところが目が潤んですらいない。だが、カメラを喜んでくれたのは確かなようだ。
しかし、僕は知らなかった。ここには射命丸と椛以外の第三の天狗がいたことを。
後日、僕は慧音さんから「良也くん。本気なのか」という言葉とともにこんな見出しの新聞を見せられた。
「外の世界のお菓子売り、射命丸文に告白」
文面には恋文や贈り物などのキーワードが並んでいる。
その後のことは思い出したくもない。