紅魔館に戻った僕は、咲夜さんに紅茶をお願いして宛がわれた部屋でノンビリと寛いでいた。
眼の前には文が差し出した新商品、ういろうのカステラ化した甘味がある。
これがどれほどの美味しさなのかは知らないけれども、多分女性にしか分からない魅力があるんだろうなと思う。

「では、あの烏天狗も非を認めたと?」
「うん、そうなんだよね。こうなるともうレミリアに話を聞くほか道は無いし、それまでは待つしかないか……」
「あともう少しの御辛抱ですよ。良也様が出かけておられる間に時間もそれなりに経過しましたし、あと少しもしたら起きてこられるかと」
「そう願いたいね」

フランドールの事があってからか、咲夜さんの態度は少しばかり変わっている。
変わっているのは態度だけで、根っこの所は一切変わってないというのも笑える話しだけど。

「フランは?」
「フランお嬢様ならまだごゆっくり寝ておられます。
 先日は良也様の部屋へと向かうために妖精や私の目を掻い潜ったのでしょう、長時間起きていたのではないかと」
「……警備がざらなのか、妖精が使い物になってなかったのか、フランがいつの間にか破壊から潜入へと鞍替えしたかが気になるな」

そんなモノが幻想入りしただろうか?
むしろ未だにナンバリングされていて幻想入りするには程遠いとは思うが。
フランが潜入を本当に理解して会得したらどうなるか?
多分紅魔館を『効率よく』破壊する事を覚えるだろう。
そんな事になったら最終兵器妹等ではない、潜入のスペシャリストになってしまう。
とは言っても、幻想郷には鉄と歯車で出来た大きなメカは出てこないだろうが。
……いつかこの幻想郷にも現れるのだろうか? 巨大メカが。
その場合、東風谷と僕は興味を持って向かっていくだろうと思う。

「咲夜さんも要る? 新商品だとか言って売ってたやつだけど」
「いえ。残念ながらお嬢様のお言葉無しにそういった事をするのは控えておりますので」
「メイドの鏡っちゃあ鏡だよね。
 仕方ない、僕が一人で堪能す――」
「ふあ。ヒトが気持ちよく寝ている時に騒ぐなんて、何て躾のなってない人間かしら」

食べようかなと言うときに、待ちに待った当事者が現れる。
欠伸をし、少し手を天井に向けて伸ばしたりしながら寝起きをアピールしている。
それよりも軽く湯浴みでもしたのか髪も肌も少しばかり朱に染まっているように見られるのだが――

「朝っぱら、そして寝起きに悪いね。
 で、レミリア。あの新聞に寄せた記事はどういうつもりだよ」
「――どれの事かしら?」
「しらばっくれるなよ。僕とフランが熱愛発覚とか言う嘘っぱちだ。
 ――これだよ」

咲夜さんが持っていた新聞を、まるで証拠のように突き出す。
その新聞を受け取りながらもレミリアは僕と対峙する様に椅子へと座った、咲夜さんがちゃんと椅子を引いたり押していた。
眠そうな眼で新聞の記事を眺めるが、半ば笑いながら机の空いているスペースにポイと投げた。

「別に? ただの牽制よ」
「……牽制だ?」
「そ、牽制。貴方はこっちじゃ物凄く顔が利くじゃない。
 真っ赤な嘘かはさて置いて、事実としてフランが貴方に熱を上げていて貴方はこの紅魔館に入り浸っている。
 貴方からしてみれば嘘だろうけど、事情を知らない外部からして見たら疑うよりも思い当たる節があるでしょうね」
「だとしても! 何の牽制かは知らないけど、そんな下らない事の為に自分の妹を使うのか!
一番分かってる筈だろ! 恋を夢見ていて、今は少し浮ついているのと同じなんだ!
暫くしたら冷静になって、更に暫くしたらその時の自分が恥ずかしくなる。
そこにアンタが――レミリアが虚仮にするような事をして良い訳が無いだろ!」

フランの無邪気さと、それを利用したレミリア。
その二つがごっちゃになって、ついつい頭に血が上ってしまう。
レミリアは僕の事を万が一にも恐れはしないのだろうけど――
何故だろう、この一瞬だけは言葉に詰まっていたように見えた。

「っ……。簡単に考えても見て? 男性でありながらも今は微弱だとしても、まだまだ糊代――つまり可能性だけど――を見せている貴方を、名実供に紅魔館へと……私の所へと縛り付けるにはこういった事も必要なのよ」
「はあ〜、なるほどね。つまり外堀と供に内堀まで埋めて僕の居場所を限定させようって言う魂胆か」
「そ――う言う事」
「……けど残念だったね。さっきレミリアが起きるより前に里まで行って来たけど。魔理沙やそのネタを聞いた筈の文まで、僕が少し話をしただけであっさりと違うんじゃないかって思い込んだよ。
 つまりレミリアの思惑はもう既に破綻してるんだよ」
「――咲夜」
「ええ。流石に身内でも半信半疑でしかありませんでしたから。
 本人が外に出て『違うよ』とでも言ったなら、直ぐに瓦解するようなネタでした」

咲夜に言われ、レミリアは悔しそうに爪をかんだ。
――レミリアを言い負かせ、悔しそうな顔をさせるだなんてどれ位珍しい事なのだろうか?
少しばかり気分を良くしたので、小皿に乗せられたお菓子をレミリアの方へと押しやる。

「まあ、落ち着けって。
 糖分摂取して、紅茶でも飲んだら頭が働くだろ」
「……なんだか屈辱だわ。
 見透かされた上に情けまでかけて貰うなんて。
 けど、あげると言うからには遠慮なく貰っておくわ」
「どうぞ」

咲夜がすぐさま紅茶を準備し、レミリアは今屈辱だと言った割りには手をすり合わせて美味しそうなものを食べられると言う事で既に忘れてしまったかのようだった。
いや、多分もうはや忘れたつもりなのだろう。
僕が引っ掻き回さなければ、無駄に角も立たずに済みそうだ。

「――今回は直ぐに僕が否定出来て良かったけど、何か有ったらちゃんと謝っとけよ?
 今のフランは心が繊細なんだから、下手な事でこれからの生き方に捻れとか出来ても困るだろ」
「はいはい。そういう時こそ姉である私の出番よ――何がおかしいのかしら?」
「あ、あはは。いや〜……。
 なんだか素直に話が進んでくれたのが以外って言うか、カっとなったのが申し訳なく思えて。
 けどさ、何で今更僕が紅魔館にいる事を必要とするのさ。
 確かに最近じゃ――うぬぼれかもしれないけど――多少力はつけてきてはいるよ? それでも霊夢とか魔理沙、更には東風谷にも劣るし。チルノにだって負ける時だってあるんだ。
 僕自身、過信し過ぎない程度の判断でそう思うんだから何に対しての牽制なのかも分からないけどね」

そう言ってお菓子を取ろうと机に手を伸ばしたが――なるほど、そういえば皿ごとレミリアの方へと押しやったのだった。
仕方が無くまだ残っている方へと手を伸ばす、此方に関してはまだ包みの中だ。
しかし――レミリアが切れの良い返事と言うか、傍若無人のような返答を返してこないのがとても気になった。
気になって紅茶へと手を伸ばしてレミリアを見たが、そのレミリアを見て口に含んだ紅茶を噴きそうになった。
別にレミリアがおかしかった訳じゃない。いや、別の意味でおかしかったからそれで驚いたのだ。

「あ、う――ぐっ……」

言葉につまり、睨みつけているのだが――その睨み付け方がまるで子供のようだった。
上から目線ではなく上目遣いで、その顔は羞恥なのか思いっきり真っ赤に染まっている。
何がレミリアをそうさせているのか分からず、しかもそんな態度を取られるだなんて思っていなかったから紅茶を噴きそうになったのだ。
何かを言いたそうにはしているのだが、口が魚のように少しばかりパクパクと動くだけで言葉なんて出てはこなかった。

「え、なに? そんなに言いづらい事?」
「べべべべ、別にそんな事は無いわ!
 ただ――貴方の物分りの悪さに言葉が出ないだけ!」
「なんだよそれ……」

溜め息を吐く僕を見て、レミリアが机に手を叩きつけて立ち上がった。
一瞬ヒヤリとはしたけど、お菓子の乗ったお皿もレミリアの紅茶も零れる事無かったのでそっと胸をなでおろした。
と言うか咲夜さんがそんな惨事にならないようにしてくれたのかもしれないが。
そんな時に部屋の戸を開き、別の人物が更に現れた。
フランだ、どうやら僕の事を探しに来たらしい。
扉を開いて、彼女の目が僕を捉えると花が咲き誇るかのような笑顔となった。

「良也っ、りょ〜やっ!!!」

そしてパタパタと此方に走ってくるが、その走り方は小走りで可愛らしいものだった。
――いやいや、気をつけろって。つい少し前に咲夜さんと対応の仕方を考えるって言ったばかりじゃないか。
咲夜さんも僕をチラリと見て少しだけ頭を下げる、どうやら彼女も僕に気をつけろと言いたげだった。

「走ると危ないよ?」
「こっ、転んだりしないもん!」
「……フラン、ノックと挨拶ぐらいなさい。淑女としての嗜みを忘れたらダメでしょ」

レミリアはフランの登場で幾分落ち着きを取り戻したみたいだ。
再び座りなおして小さく咳払いをし、紅茶を落ち着き払って飲む。
砂糖を入れ忘れたのか、少し舌を出して苦そうにしていたが。

「あ、えっと。――おはよう、ございます」

フランは普段どおりの挨拶ではなく、態々スカートの端を持って恭しく挨拶をした。
今までとはやはり違う、違ってきている。
恋に恋しているとは言え、それでも恋愛には変わりが無い。
それでもやっぱり僕は、自分をしっかりと見てくれないのであれば互いにとって良くないと思う。
いつか破綻する。相手の良くない場所を見つけて冷めるか、もしくは僕じゃなくても良いのではないのかと疑いたくもなるからだ。

「いづっ!?」
「――……、」

机の下から脛を蹴られ、痛さと驚きで跳ねそうになる。
その蹴りをくれた本人はと言うと、少しばかり僕を睨みつけてからフランへと小さく顎をしゃくった。
どうしろと言うんだ。

「あ、えっと。おはよう……、よく眠れた?」
「うん! 良也も――お姉さまも御機嫌よう」
「……いっでぇ!?」
「え?」
「あ、いや! フランも元気そうで何より!」

沈黙しているとレミリアから蹴られる、何だって言うんだ一体!
咲夜さんは蹴られる僕を見ても何もしないし、四面楚歌にも程がある。
フランは挨拶をして儀礼は終わったとでも言わんばかりに此方へと来る。
そしてレミリアの前に置かれているお皿を見つけた。

「あれ、なにこれ?」
「ああ。さっき出かけた時に里で見つけた、新商品のお菓子なんだってさ。
 すごい行列が出来てて大変だったよ……」

大変だったと言うのは、主に踏まれて圧迫死した事に関してだけだけど。
それに買ったのは文だから実質タダで手に入れた事になる。

「……もらいっ!」
「あ!? フラン、これ私の!」
「いや、全部あげたつもりは無いんですけど!?」

フランが更に手を伸ばしてお菓子をさっさと口へと放り込んだ。
更にはレミリアに掴みかかられながらも彼女のカップを掴んで、無理矢理流し込むかのように紅茶を飲んでいた。
その有様、そして先ほどのお辞儀からは考えられないような光景に唖然とするほか無い。
レミリアはレミリアで机から離れてお菓子の皿まで奪った自分の妹へと掴みかかっている。
そういえばまだ一口も食べてなかったっけ? レミリアは。
僕も今咄嗟に残りの分を隠したが、まだ食べてないのにレミリアに奪われたりしたくは無かった。
そしてこの結果――

「ごちそうさま〜」
「あ゛〜っ!!!?」

業を煮やしたレミリアが本気になったところで、フランがお皿を傾けて全部食べてしまった。
大きな口を上げて悲鳴を上げるレミリア、その目からは振り子のような涙がブラブラと下がっていた。
それほどまでにショックだったのだろうか?
暫く呆然としたが、そのままレミリアは涙をかそれとも悔しさをか堪える様にフランを見つめ――

「ばかーっ!!!」

そう叫んで部屋から飛び出して行った。
そんなレミリアを見送って半ば呆然としながらも、僕はどうしたものかと思い――

「……死んでみますか?」

咲夜さんの冷たく鋭い声が耳元から聞こえてビックリした。
けれども咲夜さんは正面に居る訳で、フランには聞こえて無い様では有った。

「――さっさと追って下さい。
 フランお嬢様の相手はしますが、ちゃんと連れ戻してくださいよ?」
「え? あ、うん……」

とりあえず咲夜さんに言われたままレミリアを追ったのだが――
どういう訳だろう、一時間ほど館の中を探しても見つからなかった。
咲夜さんに溜め息を吐かれ、結局フランの相手をしながらその日を終えた。
夕餉の時にレミリアを見かけたが、どうやら機嫌が悪いのか話を出来るような状況ではなかった。
――明日になれば、多分話は出来るかもしれない。
食べずに隠してしまったお菓子を、そのままそっと部屋にしまって。



戻る?