早苗さん、勉強を見てもらうとの事
作者:蒼野 「先生ー!!」 その言葉は塾で何度も聞きなれていた。 建物に入り、授業が終わって帰るまでに何度も聞くその声。 一度はもう聞けないと覚悟をして、後で再会したときには物凄く安心したものだ。 ――とある箇所を除いて。 「国語?」 博麗神社でくつろぐ僕を訪ねてきた東風谷はそう言った。 縁側でお茶とお菓子を楽しく頂いているときである。 「ふ〜ん、早苗ってそう言うの気にする性質?」 傍に居た霊夢が羊羹を一切れ刺して呟く。 こうやってヒマな時は良く僕と一緒に休息をとる事が多い。 それに東風谷が答える。 「えっと……やっぱり長い間勉強を疎かにすると少し気になっちゃうんですよね。 平和なときこそ勉学に勤しんだ方が時間の有効活用ですから」 「へ〜……でも東風谷に僕が教えられる事って余り無いぞ?」 「そうでもないですよ。やっぱり教師と生徒として教わる方が単独で勉強するよりは 身が入りますから」 そうかな〜? 僕が思うには東風谷は独学で学んでいっても十分いけると思うけどな。 「諏訪子様や神奈子様も『ヒマだったら良也に勉強させてもらったら〜?』って 言ってました」 「珍しくまともだな……」 何か常識が非常識な幻想郷に居ると、そんな当たり前な言葉でさえ何か裏があるような気がしまう。 これは受けるか受けないかで悩むところだが―― 「とりあえず守屋神社でお二人の話を聞いてから決めてもらおうかと思って今日はやって来ました」 「ならここで判断するのは早計って事になるかな…… とりあえずお茶済んだら行くわ」 そう言って熱々のお茶を啜った。 あ〜……羊羹の甘さと、緑茶の味がマッチしていて味わい深い。 こういう時に生きてて良かった〜って思う。 「私の分は無いんですか?」 「いきなりやってきた分際で何言ってるのよ」 物欲しそうにこちらを見る東風谷に辛辣な霊夢の言葉。 まあ分からなくもないが、知り合いである人物に対してその言葉はどうなのだろうか? 「先生?」 「あ〜……大丈夫。今準備してくる」 東風谷の視線が一瞬だけ物凄く鋭く、冷たく感じたので即行で準備にまわる。 東風谷よ、常識に捕らわれてはいけないからって暴力的になるな。 先生悲しいぞ…… 東風谷を交えてのお茶会を済ませると早速守屋神社へと向かった。 道中低級妖怪や妖精が沸いてきたが全く問題なく移動することが出来た。 「うん。守屋神社までの道のりがここまで安全だった事は初めてかもしれない」 「余り離れないでくださいね。巻き添えにしちゃいますから」 ただし東風谷の庇護を受けての移動である。 僕が無傷で守屋神社に行く事は、火中の栗を火傷無しで拾うぐらい難しい。 僕の戦闘能力は実質そんな程度さ。 「では一気に行きますよ!」 「あぁ……東風谷がどんどん非常識に……」 道中、弾幕と言う名の一方的な暴力を振りまく東風谷を見てほろりと涙を胸中流したのはここだけのお話である。 「さて、着きました!」 「あ、うん……」 少しの放心の間にいつの間にか到着していたらしい。 どうやら傷一つ無いから大丈夫なのは確かなのだが…… 何を考えていたのかすら覚えていない。 「私は少しお掃除してきますので先生は神奈子様に諏訪子様からお話を窺ってください」 「分かった。道中有難うな」 そう言って僕は守屋神社に向かう。 ここに来るのも少し久しぶりと言う感じがする。 この玄関に賽銭箱、鳥居に造形そして―― 「ばぁ!」 「ぎゃああぁぁっ!!!?」 諏訪子の悪戯も。 ヒマなのは分かるけどいちいち僕をからかって反応で楽しまないで欲しい。 態々玄関の天井にぶら下がる形で待機していたのも、僕を脅かすためだけにと考えると、よく其処まで身体を張れるものだとかえって感心してしまう。 「ビックリした?」 「ビックリしたも何も、呼びつけておいてそれかい!?」 「こら諏訪子、そんなんじゃ通る話も通らなくなっちゃうよ? ――よく来たね。とりあえず入んな」 奥から現れたのは神奈子その人である。 守屋神社の神様の一人。 もう一人は今僕の目の前で宙吊りになっている諏訪子である。 諏訪子は神奈子に言われると「ケロケ〜ロケ〜ロ、ケロ、ケロ」と笑いながら先に奥に向かう。 「最近ヒマだったのは確かなんで許しておくれ。 日々神様として神社で待機してるのも退屈なもんさ」 「まあ祀られてるのに勝手に出歩いたら問題だよな〜。 東風谷も余り出歩かれても困るだろうし」 そう言いながらそうなったときの出来事を想像してみる。 諏訪子や神奈子が――レミリアみたいに我を通して勝手に出歩いた場合。 『か、神奈子様? 諏訪子様〜!!? 何処に行ったんですか〜!!』 机に上には地霊殿に飲み会に行ってくるとの書置きが置かれていたりして。 酔った二人を迎えに行く東風谷。 『ちょっと! 境内が凄く散らかってるのに皆逃げたのよ? ――最後に来たのが運の尽きと思って諦めなさい』 『そんな〜!?』 そして霊夢に捕まって境内を綺麗になるまで一人で掃除させられたり? ――いや、どうだろう? 幻想郷に来てから多少御淑やかさというか、何かのタガが外れてるからもしかすると…… 『まあ掃除と言っても綺麗になれば方法は何でも大丈夫ですよね? と言う事で風祝の力――少しばかり使っちゃいましょう』 そう言って暴風とも言える様な風でゴミを何処かへ吹き飛ばす。 そんな光景を想像してたら少し怖くなった。 「何一人で青ざめてるんだい? さて、さっさと座りな」 「座布団も敷いてあるから」 「んじゃ失礼して……」 神奈子と諏訪子に言われてゆっくりと腰を下ろす。 丸い卓袱台を囲うように三人が座り込む。 まあお茶が無くても後で東風谷が持ってくると思うので何時も通りかなと思っておく。 「で、東風谷から大体の話は聞いたけどアレは本当?」 「そうさ。まあ早苗なら独学でも大丈夫とは思うけど一応の保険さ」 「信仰の勧誘も良いけど、それをしてないときは紅白の巫女みたいに掃除してるかお茶を飲んでるかしかないからね〜。 だから別の意味での息抜きかな」 「なるほどね」 つまり、退屈そうだから勉強を見てやってくれと。 そう言う事だろうか? 「でも僕だって外界での生活があるし。 其処まで見てあげられないぞ?」 「それなら大丈夫さ。 週に二回見てくれるだけで良いんだ。 ちゃんと給金も払うし、その途中で差し入れもしてあげるから」 「これ以上の誉れって無いよ〜? だって神様から直々差し入れなんて神話レベルでありえないから」 それは非常識が常識な幻想郷得では、かなり在り来たりと言う事ではなかろうか? そう思いながらも給金――いわば給料の支払いもあるし、勉強を見ている間にお茶などの差し入れが来るのは結構ありがたいかもしれない。 それに週に二日だけなら土曜日と日曜日の休日に見てあげれば良いだろうし。 …… 「わかった。その話乗った」 「「本当?」」 僕の答えに驚いたような嬉しいような二人の声。 もしかして蹴られると思っていたのだろうか? 「二日と言っても午後から3時間だけって出来ないかな? 流石に外の方での教材集めもしなきゃならないし」 「それなら大丈夫さ。 “早苗の勉強を見てくれる”と言うところが重要なんだから」 なら大丈夫だろう。 まさか東風谷の勉強を見るのに必死で外の仕事を駄目にするなど合ってはならないからな…… それに、元教え子が再び学びたいと言うのであればそれを出来るだけサポートしたいと思うのが素の気持ちである。 「なら話は終わったと言う事で良いかな? とりあえずあまり必要は無いかもしれないけど学力テストを見繕ってくるから」 「あぁ、じゃあこっちも必要経費としてお金を準備するから授業の終わり際に取りに来るんだよ」 「出来れば外のお菓子や雑誌もよろしく〜」 二人の言葉を聞きながら僕は立ち上がった。 まあ私塾の時の最後に行なった授業の内容とかを再び出すのが良いかもしれない。 そう思いながら僕は玄関に向かうと靴を履いて外に出た。 外では東風谷が掃き掃除をしている最中である。 「あれ、もうお話は終わったんですか?」 「あぁ。とりあえず契約は結んだからこれから帰って東風谷の学力テストを作成してくる」 「なら私も少しばかり復習しておかないといけませんね…… それではお送りします」 「ありがとう」 僕の言葉に東風谷は「いえいえ」と言いながら先を歩いた。 そしてゆっくりと地を蹴ると宙に浮いて東風谷の後を追った。 向かうは外界に繋がっている博麗神社である―― 「さて、話は上手くいったね」 良也が去り、東風谷がそれを送るのを見てから神奈子がそう呟く。 それに諏訪子が嬉しそうに笑いながら言う。 「少し騙して悪いかなとは思うけどね〜。 でも守屋神社を維持するにはああするしかなかったもんね」 「そうだね。 これで少しは目論見が上手く行くと良いんだけどね」 神奈子はそう言いながら二人が去っていった方向をただ静かに見やる。 遠くで早苗が弾幕をばら撒きながら前進し、その後を頼り無さそうについてゆく良也。 彼らが浮かんでいる空は――少しばかり雲っていた。 勉強を教える初日、僕はいきなり自信を喪失しそうになっていた。 どうしてかと言うと、久しぶりに東風谷の秀才ぶりに僕の学力が所々追いつかなかったからだ。 「教える側は教わる側の三倍理解して無いといけないって言うのは本当だよな〜。 東風谷に尋ねられるたびにボロが出て、矛盾が出てきて……」 「いえ、やっぱり長い間教わっていたから学ぶ事も楽ですし、クセとかもなんとなく理解してますから」 畳の上に『全面降伏!』って感じで寝転がる僕に卓袱台で学力テストを終えて笑顔の東風谷。 満点! ――とまでは行かないまでも、9割がた正解していてしっかり応用問題も解けているので余り問題は無いだろう。 あとは少しずつ新しい問題を試してみたり、新しい事を教えて行くぐらいしか僕に出来る事はない。 「順調かい?」 「あ、神奈子様。はい、先生の教えが良いので物凄く分かりやすいです!」 「いやいや、東風谷の理解力や物覚えが良いからだって」 差し入れのお菓子とお茶を神奈子が運んできた。 ここで一時休憩である。 東風谷は嬉しそうに神奈子に言うが、僕は余り大した事をしていない。 理解しようと頭を働かせ、そしてそれを鵜呑みにするのではなく様々な方面から思考する能力を東風谷が持っているからだ。 もしこれを他の――外界の生徒にやらせようとしたら長い時間がかかるだろう。 「謙遜しなくて良いよ。 私塾に入ってから早苗の伸びは良くなったんだから良也もそこは誇って良い」 「入る前はちょっとしたミスでいきなり落ち零れたりしたからね〜」 神奈子の影から諏訪子がひょっこり現れる。 その言葉を聞いて東風谷が顔を赤らめて慌て始める。 「そ、それは昔の話じゃありませんか!」 「解答欄を一つずらしちゃったりして泣きついてきた事も、回答を消したり書いたりを繰り返してるうちに解答用紙をボロボロにしちゃって追試を受ける羽目になったりね」 「うわぁぁぁん!!言わない約束だったじゃないですか〜!!!!!」 諏訪子を追いかける東風谷にケロケロ言いながら逃げ回る諏訪子。 そのときの東風谷は半泣きで妙に可愛く、外界にずっと居たならこんな事を同じ学校の生徒とやっていたんだろうなと思うと少し朗らかな気分になる。 「う〜……今のは聞かなかった事にしてください!」 「無理。だって聞いちゃったものは急には忘れられないし、覆水盆に返らずとも言うだろ?」 「なら……忘れさせるまでです!」 えぇーっ!そういう展開!? そんな突込みをする暇も無く東風谷は構える。 さてどうする僕! こんな時こそ逃げ回らずにしっかりとした対応を見せねば! 逃げる? いつもどおり過ぎる! 闘う? 何と?と言うか東風谷と闘う時点で負けは確定だ。 アイテム? 役に立つものなんか無いだろ。 能力? 時間を遅くしても当たるだろうし、温度を変化させても意味は無い。 説得? ――いやいや、霊夢に『仕事しろ!』と言うようなもんだって。 止める? ……これが一番現実的かもしれない。 そう考えた僕はすぐさま東風谷が力を振るう前に両の手を掴む。 「きゃっ!」 「ふふふ……とりあえず、暴力は禁止だ」 手を使えなければ弾幕は出せないだろうし、レミリアみたいに足を使って弾幕を出すには巫女装束が邪魔だ。 これが正解に違いない! そう確信しながら先ほどのコマンドを選びなおす。 「東風谷、良く聞くんだ。 人は昔の出来事を無くす事は出来ないし、隠しても何れ暴かれるんだ。 なら恥ずかしがって俯いているよりは、向き合って乗り越えるんだ!」 「せ、先生……」 「言ってる事は合ってるけどシチュエーションが微妙」 諏訪子、やかましい。 こっちはどう被害にあわずにこの事態を乗り越えるかに精一杯だから、そんな茶々を入れないでくれ。 「深呼吸して心を落ち着かせるんだ。 昔を思い出せ、友人と楽しい日々を送ってきた毎日を」 「は、はい」 東風谷の顔が少しばかり潤んでいて、頬も紅潮しているのが美しい。 それほどまでに恥ずかしい事だったのだろうかと理解し、今度から気をつけるように肝に銘じる。 しかし―― 「あれ? でもさっきは向き合って乗り越えろとか言ってるのに急に『昔を思い出せ!』って、結局はさっきの恥ずかしい話にエンドレスループな気がするんだけど」 「――っ!」 「ばっ!?」 折角東風谷が落ち着いてきたと言うのに、何で思い出させるような事を言うのかこのケロケロ大明神ーっ!? しかも東風谷は更に顔を赤くして涙も瞳一杯に溜まって来たし―― 「やっぱり忘れてください、忘れさせます、忘れさせてください!!」 「それをやったら多分僕はミンチになるか頭部欠損しそうで嫌だーーっ!!!!!」 暴れる東風谷に抑える僕。 力量自体はやはり男性と女性で違うのだが、妖怪退治などで多少鍛えられている東風谷と僕は拮抗する。 気を抜いたら抜けられて『忘れちゃえ☆♪』と言わんばかりに殴打されまくってしまうに違いない。 そんな事はさせない! 何が何でも偶には無傷で話を終わらせたい―― ツルっ☆ 「「あ!?」」 「「あ……」」 前者は僕と東風谷の驚く声、後者は見ていた二人が突然の出来事に呆然として放った声。 音から分かるように暴れていた東風谷がバランスを崩し、僕の押す力がそれに追い討ちをかけてしまったのだ。 そして足がすべり―― ――僕は東風谷を押し倒していた―― 「おぉ!? 積極的なアプローチ!!」 「それじゃ、後は若いもんに任せて私らお邪魔虫は退散するとするかね」 そう言いながら諏訪子と神奈子はススス……と無音で襖を閉ざす。 しっかりと覗くための隙間を残してるあたり退散する気は無いらしい。 少しの静寂、混乱する僕と東風谷。 東風谷の顔は涙で少しぬれていて、紅潮しながらも驚きの表情でこちらを凝視している。 僕は僕でこの状態が理解できずに硬直するしかない。 さきに立ち直ったのは…… 「先生――言い残す事は?」 泣き声でありながらも凄みを思いっきり感じさせる東風谷に、僕は必至に思考する。 どうすれば安全に、且つ綺麗にこの状態を終わらせられるか。 考えに考えた結果―― 「……泣き顔も綺麗だな、東風谷」 「っ!?」 バチーン!! と、守屋神社を震わせるような激しい音と供に僕の意識は遠のく。 直前に見た東風谷の表情と、叩かれた事で折れんばかりに鳴り響いた首の骨の音が―― その日、僕が最後に見聞きしたものだった。 後書きと言う名の何か〜 蒼野「どうも、蒼野です。 この度は私が幻想入り及び、現代入り小説を書く切欠である久遠天鈴様のサイトに 何らかの形で恩返しと言うか……そういうものがしたかったので書きました。 今でも数多くの方が良也さんを使った三次作等を投稿されているのを私は毎日、 電車の中で楽しく拝見させていただいております。 因みに今回は早苗さんとの絡み話でしたが―― 前編です。終わってませんよ!? 携帯で見る方のことを考えると長すぎると見れないので考慮しました。 末席を汚すような形になるかもしれませんが、何卒よろしくお願いします。 意見や感想などは subaruaoyama@docomo.ne.jp まででも構いませんので書いてくれると嬉しいです。 それではまた次回」 |
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